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アメジストは夕暮れに神秘に煌めく  作者: 十六夜
第1章 旅立ち
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閑話 とある男の呟き 【ムース視点】

「でぇぇぇぇぇぇええええやああぁぁぁぁあああっっっ!!!!」

「ブルルルッ! ヒィィィイイン!!」

「のわっ!?」



 ドシンという地響きとともに、土ぼこりを舞い上げながら落馬した少年。「いてて……」と臀部()をさする彼の隣で、彼を滑り落した張本人が鼻息荒く地面を蹴飛ばしていた。



「ブルル。フルルルル」

「おい。これで二十七回目だぞ? いい加減、ご主人様と認めてくれてもいいんじゃないのか?」

「フンッ!」

「あ、こら待て! でやっ!」

「ブルルンブルルン!! ヒヒィィイン!!!」



 逃げようとする馬の手綱をヒシと掴み、華麗に跨る様はなんとも身軽だ。

 けれどもしばらく格闘して後、やはり滑り落される。


 そんな彼らの様子を見守っていると、後方から馬の樋爪が軽やかにかけてくるのに気が付く。

 視線をやると、同じ第三騎士団の後輩であることが分かった。

 彼も今現在馬と格闘中の少年と同じく、今日が初めての訓練だったはずだが……。



 《ケビンの方がいくらか上達が早いな。なかなか様になっているし、もしや乗馬の経験でもあったのだろうか》



「ムース様! キールの具合はどうですか? もう早駆けは出来るようになったので……。まだみたいですね」

「ああ。もう少しかかりそうだな」



 やれやれという顔をしつつ、鞍からおりてくるケビン。やはり様になっている。

 彼は自分の立っている横までくると、馬から鞍と手綱をはずし、ブラッシングを始めた。


 今いるここは騎士団訓練場横の馬小屋である。

 ここで乗馬の練習をし、旅に連れて行く自分達の馬はダンケの家に連れて帰るのだ。



「ケビンは乗馬の経験があるのか?」



 気になっていたことを聞いてみると、彼はブラッシングの手を休めることなく返した。



「家が地主だったものでして。馬はその時に」

「成程」



 言われてみれば、彼の実家はそれなりに名の知れた農家である。馬に乗る機会もあったのだろう。

 そのことを思い返すと、自然に人懐こい彼の従弟の顔が脳裏に浮かんだ。



「ミドは、元気にやっているようだな」

「……はい。マーシャと家業の傍ら、趣味の手芸を始めたようです。近所のご婦人や王都の商人に流行り始めたと自慢されましたよ。まったく、すぐ調子に乗るんだから」




 言い方はあれだが、顔はにやけている。

 恐らく私の顔も同じ様に緩んでいると思う。


 彼からは、時折風の便りが送られてきた。

 結婚した今では、ケビンの実家で元気に暮らしているとのこと。

 お館様――もとい辺境伯様からの勅命を受けた数日前にも、彼からの手紙が届いた。


 それによると、ミドの暮らす近域でも高ランクの魔物が頻繁に確認されるようになってきたそうだ。

 ヘルデ王国の穀倉地帯は比較的国の中心に多く、常駐の警備兵や巡回の騎士が多いため、普通であれば平民が魔物を目視する事は滅多にないはずなのだが……。



 《やはり、お館様のおっしゃられるように魔物の活性化が進んでいるのだ。今(かろ)うじて保たれている平穏な日々が終わるのも、そう先の事では無いかもしれない》




 ふと頭に()ぎるのは、キールが何より大事に守ってきた少女の事。二年前のあの日、神獣と共に異界へと姿を消したフィーリはなんと今代の聖女と考えられている。


 不穏の帝国と召喚された異世界人、魔物の活性化……。

 数千年続いていたはずの平穏は今や不確かなものとなり、戦乱の気配が再び首を擡げ始めた。魔物と人間との争いが始まれば、人間たちの希望となりうるのは聖女のみである。

 しかし裏を返せば、世界の命運がたった一人の少女の肩にのしかかっているとも言えた。




「うわっ?! ……っと! ふん、そう何度も振り落とされないからな! はあぁっ!」



 勇ましい声に意識を戻せば、竿立ちになった馬にキールがしがみ付いていた。

 再び振り落とされそうになったようだが、今度は難を逃れたらしい。



 出会った頃は小さく、か弱く、何処にでもいる孤児の一人だったキール。自分よりも更に弱い存在である少女を守ろうとする様は健気でもあり、いつか崩れてしまいそうな脆さでもあると──そう思っていた。



 《──いつの間にか、こんなに大きくなった》




「何か仰いました?」



 キョトンとした顔のケビンが、ブラシを休めて問い掛けてきた。

 首を振って「何でもない」と告げると、彼は首を傾げながら再び馬に向き合う。



 干し草の匂いを纏った風が吹き抜ける。

 二対の木の葉が舞いながら空へ昇って行った。

 けれど、さらに強い風が横から押し寄せて二つは引き離されてしまう。


 まるで、キールとフィーリのように。



 《思えば、キールがフィーリを守ってやっていなければ、今頃どうなっていたかも分からないんだな》




 この村の閉鎖的な住人達は、極度にフィーリを恐れていた。

 私達とて、初めて見た時はその瞳の色の珍しさに驚いたものだが、怪我の回復の速さ等彼女の普通の人と異なる部分でさえ、聖女だと知った今では寧ろ納得のいく事ばかりである。


 紅い色を忌み嫌う習慣が地方に残っている事は知っていた。けれど、相手をよく知れば自分達と何ら変わらないと分かるはずだ。

 殴られれば血を流し、罵倒されれば傷付く。

 同じ人間をよくもそこまで嫌悪できると感心する程に、彼女はただの人間だった。


 それを、キールはたった一人で守ってきたのだ。

 その事が今、道をつくる。



「ムース! ケビン! 見てくれやったぞ!」

「おお! 遂にやったか!」




 ハッとして意識を戻すと、先程までと打って変わって驚く程素直な様子の馬を操りながら手を振るキールが、此方に向かって早駆けてくる様子が見えた。

 ヒラリと降り立ち、慣れた手つきで馬に人参をやる彼は、得意そうに笑う。

 ケビンがキールの頭をくしゃくしゃと撫で回しながら褒めた。



「キールも上手に乗れるようになったし、準備は万全だな」

「ああ。いつでも出発できるぞ」



 ニヤリと誇らしげに笑うキールの顔や体は、何度も振り落とされた事により泥と埃で薄汚れ、あちこち擦り傷が出来ていた。


 けれど、決して諦めない彼は見事に馬の信頼を勝ち取り、その背に乗ることを許された。





 この旅で、何かが変わる。ふと、そんな予感がした。


 キールならばきっと、フィーリと共に成し遂げることが出来るだろう。



 《私達は彼の傍で、彼が行く末を見守り支えてやればいい》



 私は頷いて微笑む。



「よくやったな、キール。

 二人とも今日は帰って荷造りし、早めに休んで身体を(いと)うように。明朝出発だからな。私は御館様達と隊長に報告してから行く」

「分かりましたムース様。お先に失礼します」

「夕飯作って待ってるから、ダンケ達にもよろしく」



 馬を連れて歩き出した二人を見送り、私は領主の館へと歩き出した。



 乾いた風が頬をかすめた。

 太陽が傾き、道を橙色に照らしている。


 気が付けばもう、夕暮れ時であった。






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