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アメジストは夕暮れに神秘に煌めく  作者: 十六夜
第1章 旅立ち
16/21

第14話 故郷に別れを告げて

長らくお待たせいたしました更新します。

「その本持って行くのか? 重くないか?」


 ケビンが俺のカバンを覗き込み、疑問の声をあげた。

 視線の先には二冊の本がある。



「一つは、暇つぶし用の本。題名は『サーキュランダーののんびり道草の旅シリーズ7』」

「ああ、あれな。面白いよな。7はかなり、驚きの展開だったぞ。まず、ジークリンデが...」

「おい! 冒険小説の決まりその1!」



 なにか口走りそうになったケビンを慌てて遮る。

 うっかりか故意か知らないが、ネタばらしはやめてもらおうか。



 俺の非難する視線を受けてか、ケビンは口を噤み肩を竦ませた。



「結末を喋るべからず。悪い、態とじゃないんだ」

「おお、態とでたまるか。絶対に言うなよ」



 プンプン怒る俺を側目に、ケビンが何やら悪そうな笑みを浮かべる。



「そう言われると.....、言いたくなるな?」

「何!? そんな、ハインリッヒみたいな事を言.....」

「悪かったすまなかったこの通りだ」

「ムース、ケビンがまるでハインリ.....」

「キィィル!!! と、ところでそのもう一冊は何だ?! それも小説か?」



 俺はケビンと反対側にいるムースに、ケビンの横暴を訴えようとしたのだが、慌てた様子のケビンが話を逸らしてきた。


 いつも、ハインリッヒに弄られているミドを横目で見ていたケビンは、ハインリッヒの様だと言われることに抵抗を示す。尊敬はしているらしい。ただ、同じとは言われたくないのだそうだ。

 同族嫌悪と言うやつだろうか?

 ケビン以外の全員からしてみれば、二人はとてもよく似ているのだが。


 まぁいい。誤魔化されてやるとしよう。



「ん? ああ、これは日記をつける本さ。旅の間のことを書き留めて、いつかフィーリに見せようと思って」

「成程な、いいんじゃないか? まぁ、特出して書くようなことがないことを願うが...」

「どうかな。案外、波乱万丈な旅になるかもしれないけど?」

「噂に陰って言うだろ。平和が一番なんだぞ」

「そうは言っても、そもそも平和だったら一生故郷を出ることは無かっただろうなぁ。こうして馬に乗ることもなかっただろうし」


 そう言いつつ、自分の格好を改めて見てみる。

 服装はいつもと替わらないものの、その上から革製の防具一式とベルトで留めたポーチと短剣、風よけのマントを羽織り、肩からは養父が愛用していたマジックバッグを身につけている。

 その上なんと、馬に乗っているのだ。

 鞍の後ろには食料とか簡易毛布などを積んでいる為、出で立ちはさながら旅人である。

 俺の両隣で馬を進めるケビンとムースも同じような装いと荷物を持っている。

 違うことといえば、二人は剣と金属製防具一式(プレートアーマー)を装備していることくらいではなかろうか。

 勿論、辺境伯軍の正装として支給されているものとは違う。いくらか簡易的で一般的な売り物を身につけているにもかかわらず、なお騎士に見間違いそうな雰囲気なのはご愛嬌というものだろう。



「うーむ。何も、旅に危険やスリルを求めなくても。精々魔物との戦闘が頻繁に起こるだけだろうよ」

「それを波乱万丈と言うんだよ」



 俺の言葉にケビンが深く考え込んだ。

 波瀾万丈と冒険の定義なんて、そんなに悩むことだろうか。

 旅が危険でないなんて、むしろ有り得ないと思うけれど。

 そもそも、この旅の目的からしてそうだ。


 ***



「私たちが、ですか……?」


 ムースの戸惑う様な声に、俺とケビンは全力で同意した。

 多分、顔も分かりやすく困惑していると思う。


「そうだ。そなた達3名に密かに、そして速やかに、西の果てライレンシア聖霊国へと向かって欲しいのだ。引き受けて貰えるか?」


 じっちゃんが言う3人とは、ムースにケビン、そして何故か、俺だった。


 《2人はともかく、なぜ俺??》



 そんな問いが顔に出ていたのだろう、じっちゃんが説明を足してくれた。



「ライレンシア聖霊国は聖女について最も縁のある場所。

 異界に消えたというフィーリの消息を掴むならば、かの国へ向かうのが良かろう。

 三人とも、冒険者登録を行っているであろう? そのおかげで、国の密偵であると気付かれにくい。そして、キール。お主は、フィーリを1番よく知る人物だ。何か手がかりがあれば、一番最初に気付くのもお主じゃろう。

 帝国の噂が噂に終われば杞憂、事実ならば用心するに越したことはない。戦を防ぐ為にも、本物の聖女を何としても探し出さねばならない。やってくれるか?」



 俺達は顔を見合せ、跪いた。



「「「謹んで、拝命致します」」」



 ***


 それから始まる二日間の馬術の猛練習。

 あれはある意味、師匠の体術指南よりもキツかった。

 馬との友情が芽生えた今では、苦い思い出だが。



 そんなこんなで、俺たち三人はダンケ達に見送られながら、辺境伯領を旅立った。



「ま、いいよ。どちらにせよ、長い旅になるんだから気長にいこう」

「そうだな」



 話の決着を一先ず先延ばしにして頷きあった俺とケビンに、それまで地図と睨めっこしていたムースが、コホンと咳払いをしつつ顔を上げた。



「ああ、話し合いは済んだかな? よし。行先だが、まずロウレ市に行こうと思う」

「ロウレ市? それって、南の関所がある街だったかな」



 昨晩ダンケの家で地図を囲み、行き先と中継する宿のある町、街道の幾つかを叩き込んだ。それらの中に、ロウレ市の名前があったように記憶している。

「良く覚えているな、その通りだ」といいながら、ムースは地図を鞄にしまった。



「知っての通り、ヘルデ王国の西から北にかけては山脈と渓谷があるから、西の関所から行くのでは山を超える必要がある。少々遠回りをしても、南から海を渡って行く方が早く行けるだろう」

「成程。てことは、夕方には関所につく感じ?」

「今夜はまだ、ヘルデ国の宿に泊まれそうだな」

「ああ。明日からは()()()()な旅が始まるかもしれないが、な?」



 俺達はニカッと笑い合い、そして勇ましく叫んだ。



「「「ハイヤっ!」」」



 朝日を左手に浴びながら、三頭の馬が勢いよく駆け出していく。

 視界良好、天気は晴れ。旅立ちにふさわしい素晴らしい朝。

 きっと全てが順風満帆に行きそうだと感じさせてくれる、清々しい秋の初めの風が通り抜けた。


 どんなことが起ころうとも立ち向かっていこう。

 そんな思いを胸に馬を駆ける男三人の行く先は、西の最果て──ライレンシア聖霊国である。










 ………。

 ……。

 …。


 ──そんな風に思っていた時期が、俺にもありました。



 ピチョンピチョンと何かの滴が落ちる音が、その階にこだましている。

 俺は遠い目をしながら、哲学的なことをぼやいていた。


「……。何でこう、物事って上手くいかないんだろう」

「は、ははは。良かったじゃないかキール。波瀾万丈な旅になってさ」

「ケビン、そんなことを言っている場合か? 少々不謹慎だと思うが」

「すみませんでしたムース」



 ムースに叱られているケビンの横で、俺は明後日の方向を眺める。気の毒だが、こればかりはケビンのタイミングが悪かった。

 その時、ビリビリと空気が振動するような大音声が、広くもない部屋中に響き渡る。



「おいっ!! ここから出せっ! 俺を誰だと思っていやがるんだ、ええっ!!? 今すぐ出さねぇってんならひどい目に遭わすぞ!!」



 声の主は()()を短い足でガンガン蹴飛ばしながら、ずんぐりした体を振り乱して喚き続けている。その手足は短いものの、いかにも強そうなガチガチの筋肉で出来ていて、やもすると格子が折れはしないかという淡い期待を抱いてしまう程だった。けれど結果は見ての通り。かれこれ二刻(四時間)程同じ事を繰り返している。

 その様を、うんざりとした目や諦めを宿した目、じっと観察する目や同調する目で見つめる()()()()()()()()目が揃って見る方向は、同じだった。



 そう、()()()

 俺たちは今、鉄格子のはまった牢屋の中にいる。



 《何でこうなったんだっけ??》



 心の中で大いに呟いて見るも、今度は誰も返事をしなかった。

 当たり前と言えば当たり前なのだが。


 俺は何故こんな状況になったのかという自問自答と共に、ヘルデ国を出てからの旅を思い返していた。





 ***



「わ。なぁなぁムース、あれか? あれなのか!」



 俺は見えてきた関所らしき砦を指さしながら、もう片方の手でムースのマントを引っ張る。

 両手を手綱から離しているわけだが、興奮している俺はそのことに気が付いていなかった。良いように考えると、少しの間くらいならば手綱を放していても、馬から悪戯をされないほどの信頼関係を結べるようになったと解釈できよう。


 そんな俺を微笑ましげに見ながら、ムースが「ああ」と肯定した。


「おおおっ!」と大興奮している俺の後ろにいたケビンからも、感心したような声が漏れた。



「へぇ―、大したものですね。クウォーレンス辺境伯領の砦もなかなかだと思っていましたが、やはり国境の関所を担う砦と言うべきでしょうか。規模もそうですし、人の往来が盛んですね」

「そうだな、ケビン。さて、ここからは馬を下りなければ。二人も馬から下りて、手綱をもつんだ。冒険者証を出しておくといいぞ」



 俺とケビンは言われたとおりにして、三人並んで関所の門へと進んだ。

 程なくして、門の中の兵士が通行者に行き先と目的を尋ねているのが見えてくる。



「な、ムース。あれって何のために聞いてるんだ?」


 小声でムースに聞いてみると、少し頭をかがめたムースが落ち着いた小さな声で返してくれた。



「普通の通行人に意味があるわけじゃないんだ。例えば貴族や国同士の使者が通る際や、反対に国から指示のあった重罪人や監視対象の出入りを見張っているんだよ。ほら、ギルドで見たのと同じ水晶玉があるだろう? あれでそういう人物かどうかのチェックをしているのさ」



 ムースが見ている視線の先に、成程見覚えのある水晶がある。

 どういう仕組みなのか納得して、俺は体を正面に戻した。



 少し待っていると、俺たちの順番が来た。

 三人いる兵士の一人が水晶の置いてあるテーブルに座り、帳簿をつけていて、その脇に二人の兵士が立っていた。立っている兵士の一人がハキハキとした声で言う。



「一人ずつ順番に水晶に手をかざしながら、名前と行き先、町での目的と滞在日数を述べてくれ。身分証になるものがあればそれも提示するように」

「ムース・レイゾット、ランクB冒険者だ。街で一泊後、オースティアで船に乗りたい。この二人は連れだ」

「ケビン・トーツ、ランクB冒険者。行き先と目的、滞在時間は同じです。」

「名前はキールでランクDの冒険者。二人と同じ」



 カード型の冒険者証を確認した兵士が、頷いてカードを返してくれる。手をかざしていた水晶に特に変化はなかった。座っている兵士はそれを確認するとふっと表情を緩めた。



「異常なし。三人とも、バハルシュ国にようこそ。オースティアは最近潮が荒れているようだ。気をつけて行きたまえ」

「ありがとう。…そうだ、おすすめの宿はあるかな? 今晩泊まりたいんだ。出来れば旅の思い出になるような所が望ましいが」



 冒険者証をしまいながら、ムースがにこやかに質問する。三人の兵士は少しの間目配せし合っていたが、ニヤリとした笑みを浮かべた。

 座っている兵士が答える。



「そういうことなら、【白樺亭】がおすすめだ。三人ともこの街は初めてなんだろう? なら、ここで決まりだな」

「重ね重ねありがとう。そこに行ってみることにしようか、二人とも」

「ああ」

「はい」



 兵士達にお礼を言って、俺たちは砦の中へと歩き出した。



「【白樺亭】ってどこにあるんだろう?」


 歩きながら、俺は疑問をこぼした。

 門をくぐった先は大通りで、野菜や果物、肉等の食べ物をを売っている店が入り口に多く並んでいる。更に奥の方には宿場町が広がり、大勢の人が行き交っていた。

 もうすぐ日暮れというこのときに、まだこれだけの往来があるのかといささか驚くレベルだ。



「さあ? おすすめって言うからには、そこそこ名の知れた場所だと思うが。それよりキール、見てみろ。ホーンラビットの串焼き」

「うわ! 旨そうだな、一つ買ってこようか」

「待て待て、二人とも。旅費はしっかり貯めておかないとだろう? ほら、先に宿を探すぞ。あ、もし。すみませんが、宿を教えていただきたく…」



 あちこちを見回してはしゃいでいる俺とケビンを苦笑いで窘めるムースは、丁度通りかかった中年の男に宿の所在を聞いた。



「【白樺亭】? ああ、それならこの通りの先に十字路があるから、そこから数えて四つ目の建物だよ。花の看板が目印だから、直ぐ分かるだろう」

「どうもありがとうございます。二人とも、後にしなさい」



 困った顔しつつもはっきりとした物言いになったムースに、俺たちは慌てて従った。


 ムースは何というか、本気で怒らせてはならない。それはもう、カイル以上に、絶対に怒らせてはいけない。カイルやハインリッヒ、ダンケでさえ、本当にムースを怒らせることはしないようにしている。

 怖いとかそういうことではなくて、淡々と困り顔で説教をされるのである。

 聞き分けのない我が子に言い聞かせるような感じといえばいいのか。いや、ムースは独身だから我が子というのは不適切かもしれないが。


 兎も角、母親がいればこんな感じだろうと言われている。

 いっそ怒鳴られたほうがまし。

 辺境伯軍第三騎士団で、影の実力者とも言われる――本人の与り知らぬところの話である――男であった。

 困り顔になったムースには、絶対服従である。




 そんなやりとりを脳内で行なっていると、【白樺亭】とやらに到着した。


「ここがそうみたいだな」



 ケビンの言葉に改めて宿をじっくり眺めてみる。


 外から見た感じでは、他の宿と何ら変わりがないように思える。

 取り分け綺麗だとか、そういうこともない。



 《おすすめっていうからには、何か特別な宿なのかとおもったけどな。どこがおすすめなんだろう?》



 少し疑問に思いながらも、宿の外にいた馬子に馬を預け、一泊分の世話を頼んだ。



「一泊ですね。蹄鉄の交換はご入用ですか?」

「いや、それは大丈夫だ。飼葉と水をやっておいてもらえるかな。明日の朝には発つから」

「分かりました。それまでお預かりしますね」



 俺とそう年の変わらなさそうな馬子は、ムースの指示に一つ頷くと、素直な様子で三頭の馬を引っ張っていった。



 ムースは馬を渡してさっさと宿に入って行ってしまったが、俺とケビンは暫く、馬子の働きぶりを眺めていた。一番年上のムースにだけ丁寧な受け答えをするのではなく、同い年くらいの俺にもしっかりと敬語で話していたので、少し感心したのだ。



「素直そうな子だな」

「だな」

「誰かさんとは違ってな」

「ああ。……ん? ちょっと待て、誰かって誰のことだよ」

「さあな。あ、ムース様をお待たせしてしまうぞ。早くしろよ?」

「自分だって待たせてんだろうに」



 軽口を叩き合いながら宿に入ると、宿泊の手続きを済ませたムースが手を振って待っていた。



「部屋は二階で、全部屋に風呂とトイレが備え付けられているらしい。夕食も摂れるようだが、どうする?」

「ここでとればいいんじゃないか?」

「そうですね。荷物を置いてから、食堂で夕食をとる形にしましょう」

「分かった。ご主人に伝えてくるから、二人は先に荷物を置いてくるといい。これが部屋のカギだ」

「ん。あ、ムースの荷物もかして。一緒に置いてくるから」

「ありがとう。それじゃあ頼もう。食堂で待ってるよ」



 ムースと別れた俺とケビンは、受け取ったカギと荷物を持って部屋に向かう。

 一部屋三人で泊まるということで心配だったが、ちゃんと三人分のベッドが備わっていた。しかも、部屋の中の風呂とトイレも清潔で、掃除が行き届いている様子が分かった。

 俺は宿に泊まるのは生れてはじめてだったが、それでもこの宿はきれいな部類に入るのではないか。



「おお。ここまで清潔な宿ってすごいな。しかも部屋に風呂が備わっているとは」

「へぇ、やっぱりすごいんだな。シーツも干された匂いがするし。おすすめって言われたわけだな」



 ケビンの感心した声に納得する。


 あまり遅くなってしまうとムースに悪いので、最低限の財布と冒険者証だけ身に着けると、部屋を出た。

 鍵をかけて歩き出そうとすると、少し急いでいたのが悪かったのだろうか、曲がり角を歩いて来た何かにぶつかってしまった。



「うおぅっ?!!!」

「キール!?」

「わっ、ごめ…ん?」



 ぶつかった相手に謝ろうと相手を見、俺は固まった。



 何か、生えている。

 モフモフしている。

 モフモフのそれがしゃべった。



「っ()て…。あ、悪い…どっか痛くないか? ぶつかっちまって悪かったな!」



 底抜けに明るい声が、モフモフから発せられた。



「ありゃ? 坊主、大丈夫か?」



 いや、違った。

 目線を上げると、日に焼けた肌の男が心配そうにこちらを見下ろしていた。

 目の前のモフモフは、男の()()だったようだ。



「やっぱ、どっか痛いのか? 本当にごめんな、驚かせちまって…」



 シュンとした様子の男に合わせて、()()()()が垂れ下がる。

 それを見て、慌てて何か言わなければならない気がしてきた。



「いや、大丈夫! 怪我とかないから! 俺の方こそ、ぶつかってごめん」



 俺が謝ると、男はまたニカっと人好きのする笑みを浮かべた。



「おう! そりゃ良かった! 俺はラッセロっていうんだ、よろしくな! そっちの兄ちゃんもよろしく!」

「よろしく、ラッセロ。俺はキールで、こっちはケビン」

「キールにケビンか、よろしく! いい名前だな!」



 俺の後ろで目を白黒させていたケビンだったが、ラッセロの人畜無害そうな気持の良い笑顔にほっとしたようだ。

 握手していると、怪訝そうな顔になったラッセロが質問した。



「ところで二人とも、なんか急いでたんじゃないか?」

「「あっ!」」



 すっかり忘れていた。

 ラッセロにもう一度謝り、お礼を言ってから慌てて食堂に向かう。

 ムースの座っているテーブルを見つけて向かうと、ムースは誰かと話しているようだった。


 俺たちが来たことに気が付くと、ムースが相手にお礼を言い、席に着くよう促した。相手は隣のテーブルに座りなおしている。



「ごめん。待ったかな?」

「いや、大丈夫だ。二人とも、荷物ありがとう。これがメニュー表だ」

「良いって良いって。あ、俺はポークステーキとキノコスープとパン。ケビンは?」

「俺もポークステーキとキノコスープ。あとリゾットとビールかな。ムース様はどうしますか?」

「私も同じものにしようか。リゾットではなくパンで。飲み物は赤ワインにしよう」

「オーケー頼もう。すみません!」



 俺が食堂の人を呼んでいると、ケビンが疑問の声を上げた。



「キール、飲み物は? 十六歳こえてるんだから、酒も飲めるだろ?」

「うーん。強いて言うなら、酒をおいしいと思わない」

「あらっ! そんなことはないわよ!」



 いつの間にかテーブルの近くに来ていたフィーリくらいの年頃の娘が、会話に割り込んできた。

 恐らく宿の従業員なのだろうが、いささか勝気そうな眼をしている。

 顔はそこそこ可愛いかなというレベルの、普通の娘だった。



「可哀そうね()()! お酒のおいしさも分からないなんて。うちの黒ビールは最高なのよ? そこら辺のビールと一緒にしないでほしいわ」



 前言撤回。

 顔は可愛いかもしれないが、言動は可愛くない。


 小馬鹿にした視線で、椅子に座っている俺を見下ろしてくるのが気に食わない。

 ツンと澄ました顔で偉そうに言っているが、どう見ても俺より年下だろう。

 現に、娘の様子を周りの大人たちは微笑ましげやら苦笑いやらで見ている。


 俺は内心呆れかえったのを隠さずに、少女に聞き返した。



「そうなのか。ここは黒ビールが有名なんだな。だけど、それって経験談なのか?」



 娘はさらに馬鹿にしたような顔で見てくる。



「そんなわけないでしょ? 私は()()()よ? でもうちが出してる黒ビールは他のどこよりおいしいって断言できるわ!」



 あんまり自信満々な態度に、俺はもうそれ以上聞き返すのをやめた。

 これ以上は時間の無駄だと思う。



「そうか、分かった。それじゃ、黒ビール()()とワインの赤。ポークステーキ三つとキノコスープ三つ。パン二つとリゾット一つ、頼めるかな?」

「いいわよ。 でも無理はしないようにね! ()()()()()人はひっくり返っちゃうから!」



 くるりと踵を返して調理場に向かう娘を、俺はぽかんとした顔で見送っていた。

 それまで明後日の方向を見ながら沈黙していたケビンが、何やら笑いをこらえた様子で言う。



「ひ、ひっくり返るってさ、キール。くくく、な、慣れてないと…わはは!」

「は? 下戸だと思われてんの、俺?」

「ぶひゃひゃひゃひゃ!! わははははっ、はっ、腹が痛い!!!」



 耐え切れずに腹を抱えて笑い出したケビンを皮切りに、周りで俺たちの会話に耳を聳てていたらしき男たちが一斉に笑い出した。

 中には机をたたきまくっている者や、笑いすぎて椅子から転げ落ちたものまでいる。

 ムースですら顔を背けて小刻みに肩を震わせていた。


 思わず「ムゥゥスゥゥゥ」と低い声で呼んでしまったのは仕方ないと思う。












遂に故郷を旅発ったキール。

旅の行く末には何が待ち受けているのか?

第一章これにて閉幕です!

そして新たな章の始まり!



***


読んで下さり、ありがとうございます!

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