第11話 フィーリの正体
明くる朝、俺達は辺境伯領主の館を訪れていた。
通された部屋は、会議室だった。
「皆、よく来た」
そう言って笑い皺を深め、厳かに、けれども優しげな言葉を掛けてくれたのは誰あろう、クウォーレンス辺境伯その人である。
俺が、辺境伯のじっちゃんと陰ながら呼んでいる方だ。
会議室にはじっちゃんの他、執事長と数人の側近、また、何度か見かけたことのある、別の騎士団の団長さんがいた。
「はっ。第3騎士団団長ダンケ・レイゾール及び副官カイル・レビアン、ハインリッヒ・レンガシュ・エメヌトゥレン両名。並びに第3騎士団員サメノー村駐屯部隊一同、昨日入領致しました事、ご報告申し上げます」
じっちゃんに跪き、ダンケ達は騎士の礼と共に挨拶をした。俺もカイルにならって、跪いている。
因みに、ダンケ以外で今日館に来ていたのは、カイルとハインリッヒ、ムースとケビンとミド、そして俺だけだった。
他のサメノー村から来た第3騎士団の皆は、辺境伯軍の騎士団で待機するとの事だ。
確かに、全員で行っても入れなかっただろう。
目線で続きを促すじっちゃんに、ダンケが更に報告を重ねる。
「サメノー村、北西にてスタンピード発生。砦が陥落し、村は壊滅状態です。被害は半数以上に上り、駐屯部隊も半数が死にました」
ダンケはグッと歯を食いしばり、更に頭を垂れた。
「全ては私の不徳の致すところです。如何様な罰も受ける所存です」と言って。
途端に騒がしくなった部屋で、じっちゃんは深く目をつぶり、黙り込んでしまった。
その後ろで、側近の一人がダンケに向かって質問する。
「レイゾール殿、真ですかな? 本当に砦が陥落したと?」
「事実です」
淡々と返すダンケに、別の側近が少し声を荒らげた。
「北西の砦ですと? あちらは確か、レビレイシャ渓谷とモンス山脈があったはず。とてもではないが、魔物が渡れるものでは無いと思うが?」
「その通りです。しかし、そう思っていた我々も、公道に面した南東の砦に大半の人員を割いておりました。あの日は祭りの警備があり、常時より更に砦の警備が手薄だったとはいえ、結果この様です」
隣でカイルが、ダンケに代わって答えた。
二人から望ましくない返答を受けた側近達は、黙り込んでしまう。
誰もが、辺境伯領始まって以来の異変に、気味悪く思っているのだ。
皆が口を噤み顔を見合せる中、ハインリッヒが思い出したように告げた。
「それに……陽動が、あったように思います」
「陽動?」
側近が訝しんだ声をあげる。
「はい。初め、我らが砦の櫓が鳴らす警鐘を聞いたのは、南東の砦の方でした。
だから、私達は祭りで外に出ていた村人を北西の砦へ誘導して避難させ、反対に騎士達は南東へ向かわせたのです。ですが……」
「実際に陥落したのは、北西。つまり、そちら側から魔物が侵入した。逃げた村人は侵入した魔物に襲われた、と。そう言いたいのか?」
ハインリッヒの言葉を続けたのは、じっちゃんだった。ハインリッヒが頷くと、その顔は険しさを増した。
側近達は更にダンケ達を質問攻めにし、会議室は混沌を窮めた。
そんな中、俺は部屋の隅で一人、ハインリッヒの言ったことについて考えていた。
《そう言えば、今回のスタンピードがおかしいって思ったのは、門で話を聞く前からだったような……》
門で守衛から話を聞いた時、何とも言えない嫌な予感がした。
でも、その時は何がそんな気分にさせたかは、分からなかった。でも──。
《そうか、あの時、俺達は陽動にあったんだ。違和感の正体はそれか!》
スタンピードの魔物は、一般に大厄災と呼ばれるだけのことはあり、手が付けられない。
何故なら、理性がないから。
よって、陽動なんていう、作戦時見た行動が取れる訳もなく───。
しかし、今回のサメノー村の大被害は、陽動無くして起きないレベルだ。
警備の厳重な方の砦に人員を割くよう仕向け、その上で比較的手薄な、村の皆が端から予想もしていなかった方の砦をさらに手薄にして侵入。
砦に向かって避難していた村人を、効率的に狩ることも出来ただろう。
なんとも合理的で、人間じみた考え方。
まるで、どうすれば一番打撃を与えられるか計算し尽くしたような──。
《じゃあ、あの魔物達には、理性があった? もしくは、誰かが意図的に誘導した?》
俺は、自分で考えて、その考えにゾッとした。
スタンピード級の魔物の大群が理性を持つ、もしくは操られるとしたら、悪用される可能性がある。というか、今回の件は、その初手に過ぎないかもしれないのだから。
「今回、領内で起こったスタンピードは三件。
内二つは、比較的普通のスタンピードだ。被害こそ小さくはないが、かといって、想像を超えるほどではない。が、サメノー村のスタンピードには、何か奇妙な点が多い。やもすると、他二つも更に陽動であった可能性がある」
じっちゃんも、恐らく人為的なものだと考えているらしい。
すると、それまで一言も話をしていなかった、別の騎士団長が口を開いた。
「おう、ダンケよ。御館様の言う事が、正しいとすればな。俺には一つ、分からねぇ事があるぜ」
なんと、あのダンケやハインリッヒさえ丁寧口調で話していたのに、この人物はぞんざいな口調(恐らく素の口調なのだと思うが)のままである。
俺はその騎士団長を、じっと観察した。
ダンケよりも歳上の中年よりかは若いといった老け顔。ガタイの良い屈強な体つきに、滲み出た猛者の風格。ぞんざいな口調だが、決してじっちゃんを貶めている訳ではなく、けれどそれが許されている人物。
《誰なんだろう? ただの騎士団長じゃなさそうだし》
その問いはすぐに明らかになった。
「ね、ムース。あの人は誰? ダンケと同じ、騎士団長なんだよな?」
「いや、あの人の場合、ダンケとは違う。第2騎士団長でもあり、御館様の次女様に婿入りされた第4王子ルシェル様だ」
「王子?!」
《成程、それは、態度も違うわけだ》
「なんか、ワイルドな人だな。王族って皆あんな感じなのか?」
「辺境伯軍は荒っぽいからな。性に合ってらしたんだろう」
「へぇ……」
第2騎士団長(結局そう呼ぶことにした)は、長い足を尊大に組み替えながら続けた。
「サメノー村は、言っちゃ悪いが、この辺境の更に果ての地にある。防衛の要でもねぇ。狙われるようなものがあるとも思えねぇんだ。なんか、心当たりはあるかい?」
「……一つだけ、あります」
ダンケが、一瞬だけ、俺を見た気がした。
「ほお? それは、ズバリなんだ?」
「聖女です」
「聖女だぁ?」
「「「「聖女ですと?!」」」だと?!」
じっちゃんと第2騎士団長が驚いた顔で顔を見合せる。第2騎士団長は、頭を抱え、片手を前に突き出して唸っている。
「ちょおっと待てや。聖女ってぇと、14年前に失踪したっていう、ライレンシア聖霊国の聖女か? まさか、サメノー村にいたのか?!」
「ルシェル殿下…」
「もう殿下じゃねぇつってんだろ、名前で呼べや」
妙な所で訂正が入る。
ダンケは律儀に言い直した。
「ルシェル殿、違います。失踪された聖女ではありません。恐らく、関係者かと」
「何故分かる? 今まで報告に挙がってねぇって事は、つまり知らなかったってこったろ? ですよね、御館様?」
「儂は聞いておらんな」
じっちゃん達は、鋭い眼光でダンケを見下ろした。
「はっ。恐れながら、その報告を受けたのは領門の前でして。そして、その事実に気が付いたのは、ここにいるキールなのです」
「どういう事か、説明せよ」
「はっ」
ダンケは、俺から聞いた話と、カイルの推測を交えた話とを、じっちゃん達に説明した。
話を聞き終わったじっちゃんは、俺にも話を聞いた。
「つまりはキール。神獣様が、確かに、フィーリを聖女と呼んだのだな?」
「正確には、聖なる乙女って呼んでた。自分が神の遣いだとも、一緒に精霊界へ行かないといけないことも、スタンピードのことも……」
「ふむ。聖女というのは、我々人間の呼び方であって、本来の呼び方は違う。神獣様が仰られた事が正しい」
「てことは、つまり?」
「フィーリが次期、それも神獣に認められた正統な聖女である……そういう事であるな」
これで、フィーリが聖女だと確定した。
フィーリは、魔物ではなく、神獣に連れ去られたのだ。幸か不幸か、嘆くべきなのか分からない。
けれど、一つだけ俺の胸の内にある感情で確かなものがあるとすれば、それは喜びだった。
フィーリは、悪魔の子などではなく、伝説の英雄と同じ、聖女だったのだから。
「フィーリはやっぱり、悪魔の子なんかじゃなかったんだな……」
こんな時に笑ってる場合じゃないのは分かっているが、嬉しさで口角がニヨニヨと動くのを、止められそうにない。
すると、じっちゃんが優しく俺の肩に手を置き、話しかけた。思わず顔をあげれば、優しげな緑の瞳が、俺を見下ろしている。
「キールよ。
神獣様がフィーリを連れて精霊界へ行ったのは、運命だろう。
じゃが、その時までフィーリを傍で守り抜いたのは、他ならぬ、其方だ。自分を誇れ、キール」
「じっちゃん……。でも、フィーリを泣かせちまったよ、俺」
あの瞬間の、悲痛な叫びと泣き顔が忘れられない。
俺は思わず俯きそうになったが、じっちゃんは「ふぉっふぉっふぉ」と笑いながら、豪快に肩を叩いてきた。
「なに、ちと間が悪かっただけじゃろ。ま、目の前でお前が死ぬやもしれんと思えばな。
しかし、フィーリは少なくとも無事じゃし、其方も生きとる。きっと、また会える日は来るはずじゃ。
しゃんとせい、キール」
「……うん」
《そうだ。俺も、フィーリもまだ、生きてる。きっとまた会える。いつまでもメソメソしてたら、フィーリに笑われちまうな》
心の何処かに巣食っていた黒い靄が、少しだけ、晴れたような気がした。
俺は、一礼して皆のところに戻ろうとした。が、第2騎士団長が、「ちょっと待て」と声を上げ、呼び止められた。
「お前さん、キールとかいったか? 何モンだ?」
「え?」
第2騎士団長は、目を光らせ、鋭い眼差しで俺を見据えていた。
直接睨まれた俺は、一瞬だけその威圧に呑まれそうになったが、踏みとどまった。正直、じっちゃんの側近のクロード様の方が、俺からすると怖い。
稽古をつけてもらう時、いつも文字通り、死にそうな目にあっているからだと思う。
クロード様のは威圧を通り越して、もはや殺気だ。なんと言えば良いだろう、若干痛ぶるのを楽しんでいそうな、そんな感じでの鍛錬なのだ。
それに比べれば、俺を値踏みする為の威圧だろうが、怖くはない。
「俺は…孤児です」
「ほお、俺の威圧に耐えるか。やるな、小僧」
「ふぉっふぉっふぉ。ルシェル、キールはのぅ、クロードの弟子じゃよ」
「クロードの?!?! それは、納得だな。お前、よくあんなのの弟子になったなぁ」
疑念から一転、あっという間に感心する様な、若干呆れた様な視線に変わった。
ポカンとする俺に、第2騎士団長が説明してくれる。
「あのな、クロードは辺境伯軍参謀にして、第1騎士団長なんだよ。御館様に次ぐ、実力の持ち主だ」
「第1騎士団長?!」
驚きすぎて、二の句が告げなくなる。
《今まで誰もそんな事言わな……。あ、でも、ムースとか、カイルとか、やたら気にしてたな。カイルにいたっては、羨ましそうにしてた気もするな。ダンケとハインリッヒは青ざめてたし……》
納得すると同時に、そんな凄い人物が、何故孤児なんかの自分を相手にしてくれたのかが分からない。
「あいつは、竜族のクォーターだかんな。余っ程、武道の素質があんのな、お前。弟子にまでするとか、相当気に入られてるなあ…」
第2騎士団長が、頭を掻きながらボヤく。
《竜族?》
「あの、竜族というのは?」
「あ? 聞いてねぇのか? 竜族っつうのは、まぁ、戦闘狂民族だな。力こそ全ての弱肉強食社会だ。獣人族と違うのは、えらく選民意識が強い点だな。
特に、滅多に人間の里には降りてこねぇ。
ま、あいつの家系は物好きみたいだな。それでも、血は争えねぇってわけだ」
色々と、俺が知らない事はまたまだ世の中に沢山あると分かった。
フィーリが悪魔の子じゃないと分かり、ホットした様子のキール。
良かったですね!
作者も早くここが書きたかった(⇐自業自得( ̄▽ ̄;))
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読んで下さり、ありがとうございます!
いいね・高評価☆☆☆☆☆して下さると、作者のやる気が倍増致します(*¯꒳¯*)




