第10話 責任は誰に?
腕がないのでは日常生活を送る上で相当不便だ。なので、ミドは魔道士に義手を作ってもらうこととなった。
魔道士の作る義手義足は、何らかの事故で腕や足が無い者へ、その代わりの機能を果たす手足を補填する為のものだ。
使用する本人の体内にある魔素を消費して稼働する為、魔道士が介助せずとも日常生活が送れる。
しかし、魔法で神経と繋いでいる為、感覚がない者や元から器官が無い者には使えないし、スプーンを握ったり歩行をしたり(走ったりは出来ない)と、簡単な動作しか出来ない。
これは魔道士の腕にもよるのだと思う。
ただ、問題はこの後の事だった。
村は壊滅状態。騎士たちも含め、生き残りが半数以下にまで減ってしまったこの村では、少なくとも今このまま人が住むことは難しいだろう。
ということで、皆で1度、領主様の判断を仰ぐことになった。
村人が半数まで減ってしまったことに関しても、報告しなければならないそうだ。
が、半数に減ってしまった騎士をさらに減らすと、魔物達が活性化している現在は生き残りもやられてしまう可能性が高いとの事で、村人総出での大移動と相成った。
近くの村に親戚などがいて、そちらに身を寄せるという者もかなり居て、そういう人々はすぐに村を離れていった。
残りの三家族と、俺、ダンケ達騎士が一隊となって、辺境伯領領都へと向かう。
このように考えると大分減った様に思うが、寧ろ、ダンケ達はよく頑張った方だと思う。
半分も生きていたのだから。
あの魔物の大群は、明らかに異常だった。
そもそも、種類の違う魔物が群れで行動など、普通はしない。
これはスタンピードと呼ばれる異常現象だと思われる。発生条件は解明されていないが、普通の魔物の三倍から七倍の獰猛さと、生命力を有する群れになるという厄介極まりないものだ。
通常であれば手こずらない様な魔物でも、苦戦し、無傷ではいられない。
それがスタンピードである。
兎も角、そんなこんなで俺は、14年間苦楽を共にした思い出の我が家に別れを告げることになった。
魔物によって荒らされた家の中から(ほぼ壊れかかって中と外の区別もつかなかったが)、家具以外の衣類・日用品、薬草の本等全てを、養父が冒険者時代に愛用していたという一見ただの肩掛け鞄に見えるマジックバックに詰め込み、ナイフや傷薬、財布などをすぐに取り出せるようポーチに仕舞って、旅支度を終えた。
「養父さん、フィーリ。……行ってきます」
家を出て感傷に浸っていると、ケビンがやって来て、何やら渡してくれた。
見ると、祭りの時フィーリにあげた、ウサのぬいぐるみだった。
「これ、泉ん所に落ちてたから」
「……ありがとな、ケビン」
フィーリの思い出のものが何かあれば良かったのだが、生憎と渡して直ぐに戻ってきたこのぬいぐるみしか、形に残るものがなかった。
脳裏に浮かぶフィーリの笑顔を振り払い、俺は今一度我が家に一瞥をやると、ぬいぐるみを収納鞄に仕舞ってから、ダンケ達に合流した。
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村を出て丸二日歩き続け(途中何度か休憩を挟み)、遂に領都についた俺達は、辺境伯のじっちゃんの館へ向かおうとして驚く事になる。
辺境伯領領都の入口が、俺達のように避難してきた他の村の奴らでごった返していたからである。
尋常ではない様子に、ダンケが忙しなく行き交う守衛の1人を捕まえて、事情を聞いた。
「おい、これは一体どうしたんだ? この人達は一体?」
「ああ? 見て分からないか、これは……は? あっ! 第3騎士団団長のダンケ殿! これは大変失礼致しましたっ!!! 彼らはイズ村とザダル村のスタンピード避難民であります!」
「なんだと?!」
守衛の言葉は俺たちを大層驚かせた。
イズ村とザダル村といえば、俺たちの村よりも大きくて、辺境伯領の観光地としても有名な村である。
そんな場所でもスタンピードが起こっただなんて、にわかには信じがたい。
「一体全体、何処から発生したんだ?!」
ダンケの叫びに、皆が暗い顔をした。
全く同感だった。
サメノー村は辺境伯領の最北部にあり、イズ村とザダル村は最南部に位置する。
つまり、まるきり正反対だ。
ついでに言うと、サメノー村は南東側を残しレビレイシャという渡ることの出来ない巨大な渓谷と広大なモンス山脈で囲われている。
砦は渓谷側と南東側に位置し、今回被害が大きかったのは渓谷側の砦だ。
そこからして、今回のスタンピードの発生には疑問点が多かった。
《本当に……。一体何処から来たってんだろう》
守衛が仕事が残っているからと離れていった後も暫く、俺達は黙ったままだった。
が、カイルが沈黙を破った。
「兎も角。ここでこうして突っ立って居たって、何も始まりませんね。一緒に来た村の方々を避難民として受け入れてもらってから、お館様の館へ急ぎましょう」
皆が頷く。
数時間待って領都へ入れた俺達は、三家族を領都の避難民を一時的に保護する場所に託した。
俺も彼らと一緒に行くべきだと思っていたのだが、何やら思案げな顔をしたカイルに引き留められた。
「ちょっと、気になる事があります。キールは私達と一緒に、お館様の所へ行って貰えますか?」
「え? …分かった」
直ぐに館へ向かうのかと思ったが、避難民や各地の状況を伝えに来た使者やらで一杯で、今日中にじっちゃんと会うのは無理だと言われてしまった。
火急の知らせで領主の判断が必要であると、怖い顔で言うダンケとカイルとハインリッヒに気圧された館の執事が、何とか明日の予定を確認して貰えるように窺うと請け合った。
じっちゃんから直ぐに伝言が届き、明日の朝二の鐘 の刻に来る様にと伝えられる。
そうして、俺たちは宿屋に向かった。
「すまないね、騎士さん方。今夜はどの宿も満室なんだ。避難民が多くってね。
え? 雑魚寝でもいいって?
騎士さんあなた、とっくに雑魚寝でも満室なんですって!」
「どうしたらいい?! 今晩泊まる場所がない!!
野宿か?!」
「出来るわけねぇでしょ。常時よりさらに治安が悪くなってるって時に、襲ってくれって言ってるようなもんだろよ」
「じゃあどうするんだ!」
「知るか! 訓練生だった時の寄宿舎は使えねぇのか?!」
「何年前の話だそれは?!」
パニックになったダンケとハインリッヒがやいのやいの言い合いを始める。
が、ケビンが何やら思い出したように告げた言葉に、ピタリと止まった。
「ダンケ隊長。あの、忘れているとお思いなので言うんですけど。ダンケ隊長って、騎士団団長だから領都に家ありますよね?
サメノー村居た時も家の維持費仕送りしてましたし……」
「「…………あっ」」
ケビンは流石である。後ろでカイルが何度も深く頷いていた。
訪れたダンケの領都の家は、こじんまりとしているものの、7人が泊まるには十分な広さがあった。
ダンケが机の上の紙切れを拾って読み上げる。
「何何……? ええー、家の維持費は兎も角、有事の際に必要かと思って保存食を買って放り込んでおいた? 役に立ったと思うなら今度酒奢れよ、辺境伯領都騎士団一同。追伸、彼女はできたのか……アイツらっ!」
置き手紙を握り潰そうとして思い留まり、ダンケはプルプルと震えた。
「恋人云々はともかく、食料は有難いですね。きっと宿屋同様、ほぼ店仕舞いでしょうし……」
カイルの発言にこっくりと頷くところを見ると、からかわれたことに憤るというより、いつ頃お礼をすべきかとでも考えているのだろうと検討をつける。
ダンケはかなり気の良い奴なので。
「兎も角よお。腹ごしらえしたら、さっさと寝ようぜ? 屋根付きの睡眠は久方振りすぎて、流石に眠みぃ……」
「腹ごしらえには賛成します。ですが、まだ寝かせられませんよ」
ハインリッヒが心底不機嫌という顔でカイルを睨みつける。その手がしっかり塩漬けのハムを一切れつまんでいるのはご愛嬌だろう。
「ア”ア”? 俺は男とヤル趣味はねェぞ」
「アナタの頭には藁でも詰まってんじゃねぇかと思いますよかなりの頻度でね! 事実の確認が急務だと言ってるんです!」
「カイル様。それはもしや、キールと関係があるのでしょうか?」
火花を散らして言い合いを始めたカイルとハインリッヒに割って入ったのは、今まで黙していたムースだった。
《俺……?》
カイルは緩く結んだ髪をサッと後ろに払ってから、眼鏡を掛け直した。
「ええその通りです。しかし、取り敢えず夕食を食べてからにしましょう。話はそれからです」
「ミドはその身体ですから、部屋で先に休んでいてください。ケビンは残るように」
魔道士に造ってもらった義手のお陰で、何とか一人でも食事ができるミドだったが、体内の魔素と体力の消耗が著しい。
カイルはミドを気遣ったのだ。
手早く腹ごしらえをした俺達は、カイルの言う事実確認を行った。
「キール。あの時、キールはあの魔物の言葉を理解しているように感じました。相違ありませんか?」
「あの時って.....祭でフィーリが泉に現れた大きい毛玉と会話した時か? 確かに分かったけど...」
それを聞いたカイル達が僅かに驚き、顔を見合わせた。
質問をされた時から、何となく、理解していた。
「もしかしなくても、皆には聞こえてなかったんだな?」
「ええ。私達には、まったく。ですから、私達は魔物だと思ったのです。村人達は、精霊だと思ったようですが、あれは違います」
「俺、あいつがフィーリに話している事を聞いた時、驚いたんだ。自分が聖なる御遣いって言ってたからさ。あと、神の世の獣とも言ってた」
「聖なる御遣い.....神の世の獣.....。神獣か?」
ダンケが腕を組みながら、珍しく険しい顔をしてカイルを見た。
「そうなのでしょうね……。ともすると、その神獣に選ばれたフィーリは何者なのでしょうか?」
「それは分かんねぇけど、一つだけ気になってんだよな、キール。」
頭の後ろで手を組んだハインリッヒが、昏い光を放つ眼光で俺を射すくめた。
「お前、あの時叫んでたよな? 魔物の大群とはどういう事だって。つまり、そういう事だよな?」
ハインリッヒが言いたいことは分かる。
神獣がスタンピードについて予知していたのかどうかを聞いているのだ。
「ああ、それについても話してた。もう時期この地が焦土と化すって。まさか、そのすぐ後だとは、思わなかったけど……」
「.....そっか。...悪いな、聞いて。キールも驚いたろうに」
「いや……」
「なんで、俺達には神獣の言葉が分かんなかったんだろうな。分かってたら、もう少し、違う結果が……」
少しでも、逃げられる人が増えたかもしれない。
仲間も、助かった者がいたかもしれない。
きっと、そう考えてしまうのだろう。
悔しさに顔を歪めたハインリッヒを、ムースが止めた。
「ハインリッヒ様、それ以上は...」
「分かってる.....考えてもどうしようもねぇ事くらい……。……悪ぃ、俺、頭冷やしてくる」
「私も付き合います」
「………」
「付き合います」
「分かったよ...」
カイルがハインリッヒと連れ立って、家の外に出ていった。二人とも、一言も喋らない。
居間に残った俺達の間にも、重い沈黙が落ちる。
どのくらい、そうしていたかは分からない。
不意に、ダンケの声が零れた。
「自分を責めるなよ、キール」
「……え...??」
ダンケが俺を見つめていた。
「その顔、何を考えているか当ててやろうか?」
「………」
「自分がもっと、注意を配っていたら。自分にもっと、力があったら。そんなところか?」
「……っっ!!!! だって、本当の事だろう?!?!?! 俺がもっとしっかりしていれば、あんな事にはならなかったかもしれないじゃないか!!!!!」
自分がもっと注意を配っていたら。
神獣の言葉を理解しているのが俺とフィーリだけだってことにもっと早く気がついていたら、皆に知らせることが出来たかもしれない。
そうすれば、ダンケ達も陣形を立て直す事が出来て、正しい方の砦の奇襲に耐えられたかもしれない。
自分にもっと力があったら。
逃げそびれた人や、ダンケ達の力になれたかもしれない。何より──。
《フィーリを泣かせずに済んだかもしれないのに……》
自分にもっと、もっと、もっと─────。
そう思わずには、いられないではないか。
でも────。
「自惚れるなッ!!!!!!」
「?!」
鼓膜がビリビリと振動した。
自分の目が信じられない。
あれだけ温厚なダンケが、今、俺に怒っていた。
全身を憤怒に染め上げ、今まで見たどんな顔とも違う、射殺すような眼で、俺を見ていた。
急に、空気が無くなった気がした。
全身を押し潰すかのごとき大岩に、のしかかられているかのようだった。
それでも、俺はダンケから目を逸らせずにいた。
「お前のせいで? 笑わせるな。騎士でもないお前に、何が出来たというんだ?」
「そうだ……俺にもっと力があれば...」
「違うッ!!!!! キール、それは違う。お前がいてもいなくても、力があろうがなかろうが関係ない。
お前はスタンピードを甘く見ている。
あれは、騎士一人の有無によって結果が左右するものでは無い。そういう次元の話では、ないんだ。
騎士でさえないお前に何が出来た?
お前に罪があるというのならば、まずは私達こそ、罪があるはずだ。騎士であったのに、お前達を守りきれなかった。
すまない。許されることではない。私達の.....騎士団団長としての、私の咎だ」
「あっ………ダンケ……。ごめん…そんなつもりじゃ………」
ダンケは、俺に向かって頭を下げた。
先程までの怒気は少しも残っていなかった。
俺は、初めてこの気持ちがダンケ達に対してどんなにか失礼だったかを思い知った。
俺だけが、自分の無力を嘆いているはずなどなかった。
騎士であった彼らの方が、もっと、より一層自責の念に駆られていたはずなのに...。
彼らに、どんな罪があるというのだろう。
人を救ったダンケに、頭を下げさせてしまった。
自分のせいと言いながら俺は、両手を失ってまで子供を守りきったミドの事をも侮辱していた。
なんて、なんて傲慢な、罪───。
「キールの気持ちは、分かる。フィーリの事もあるだろうけど……それでも、お前一人のせいなんかじゃ、ないから...」
ひたすら黙っていたケビンが、ポツリと、そう言った。
「……うん...。ごめん……ケビン...」
耐えられなくて、涙が一粒、零れる。
「自分の弱さに……打ちのめされても……。キール、お前はまだ、どうしたって、子供なんだ。泣く事だって、甘えることだって、許されるべきだろう?」
ムースの大きな手がそっと、背中に添えられた。
「……ッ...ごめん……ムース...」
その手の温かさにまた、涙が一粒、零れる。
ゆっくりと顔を上げたダンケが、泣き笑いの様に笑うのを見て、涙が溢れるのを止められなかった。
「お前の責任は、俺たちの責任だ。だから──、」
────"自分を責めるな"────
その晩。
小さな灯りの灯る家に、少年の慟哭が響き渡った。
程なくして止んだそれは、その家の住人を除き、誰一人気が付く者はいなかったそうだ。
そしてその時以降、少年は決して、涙を流すことは無かったと、後の人は語る。
"子供"は、庇護されるべき存在。
どんな時でも"大人で"あり続けるダンケ達は、キールを支える、キールにとって大切な、大切な仲間です。
そんな彼らの元で、キールはいつか、"大人"になることが出来るでしょうか?
作者は信じております!
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読んで下さり、ありがとうございます!
いいね・高評価☆☆☆☆☆して下さると、作者のやる気が倍増致しますムフッ(*¨*)




