第9話 掴めなかった手
続けて投稿します。
本話は少々暗い描写が含まれています。
───声が聞こえた。
「キール」
フィーリが、こちらを向いて笑っている。
自分のすぐ側にいた事に安堵して、近くへ行こうとしたが、何故か体が動かない。
「……っ?!」
必死に手を伸ばそうとしても、遠ざかっていくフィーリに焦りが募る。
彼女の体が光となって、徐々に消え始めた。
「キール」と名を呼んで、その手が伸ばされ続けているのに──。
「フィーリ、行くな!!!」
そう、叫んだはずだった。
けれど、声は喉の奥に張り付いたままで──。
フィーリが消えて、世界が闇に染る。
喪失感と絶望が胸に広がってゆく。
フィーリが消えた途端、金縛りが解けたように動くようになった体が、地面に崩れ落ちた。
「あああぁぁぁぁア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ッッツッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
消えてしまった、世界から。
この世のどこにもいない。
守れなかった。
守ると誓ったのに。
泣いていた。
恐怖で? ────違う。
「オマエガナカセタンダ」
酷く耳障りな声が、耳に木霊する。
お前は、誰だ──────?
顔を上げ目にしたのは、真紅と黄金の、炎────。
深淵を覗き込んだ様な虚の───。
﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎
「キール!!!!!!!」
﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎
「……ッッ!!」
「キール! 気が付いたか、良かった!」
ゼイゼイという嫌な呼気が、肺から聞こえている。
耳鳴りが止まず、周囲の状況を理解するのに暫く時間を要した。
落ち着いてくると、何処か室内に横たわっているのが分かる。
そして、心配そうな顔をしてこちらを見つめる、見知った顔。
「……ム……ス……、ハイ……ン……リヒ……」
自分の有り得ないほどガラガラに涸れた声に驚いていると、ムースが安堵のため息を零した。
「本当に良かった。ヘンデルの鎌を免れた様だな」
ヘンデルと言うのは、神話に出てくる死者の魂を刈り取る神の俗名である。
なんと、俺は死の淵をさまよっていたらしい。
道理で、身体が全く動かない訳である。
そもそも、何故そんなことになっているのかと思案し、思い出した。
他人から見ても分かる程血相が変わった俺は、飛び起きる前にハインリッヒによって、寝台に押さえつけられる。
暴れる俺を、ムースも必死の表情で止めようとした。
「フィーリ!!! フィーリが!!!」
「落ち着け、キール! 傷が開いたらどうするんだ!!」
「離せっ! フィーリが攫われたんだ!」
「キールっっ…………いい加減にしろっ!」
ガツンという衝撃と共に、視界が弾けた。
殴られたのだと理解するうち、頭の中が冷えていく。
「っ………痛ってぇ……」
「冷静になったかよぉ、キール」
「……ああ。悪かった、ハインリッヒ……取り乱した。
ムースも……ごめん」
「いや……。気持ちは分かるが、キール。本当に危なかったんだ。
お願いだから、無茶しないでくれ」
「…………ごめん…なさい」
殴らせてしまったことをハインリッヒに謝り、心配をかけたことをムースに詫びた。
ああ、俺は何をやっているんだろう。
情けなくて、痛くて、悔しくて……、涙が零れた。
《フィーリを守れなくて、泣かせて。ハインリッヒやムースにまで心配かけて、俺は何をやってんだ》
最低最悪の気分。
冷静になると、今度は羞恥心で死にたくなった。
《ああ、ホント。何やってんだろ俺。本当に役に立たない……》
自己嫌悪で壁とかに頭をぶつけたくなってくる。
体が動かなくて出来ないけど。
さっきのは火事場の馬鹿力だったのだなと、頭の隅で理解する。
みっともなく泣く俺に、二人は何も言わずにただ、傍に居てくれた。
暫くして落ち着くと、ハインリッヒが濡れたハンカチを差し出してきたので、ありがたく使わせてもらった。
どんな時でも余裕のあるハインリッヒにしては珍しく、心配したような声色で語りかけてくる。
「落ち着いたか」
「…………うん」
「そぉか……。なら、話しても大丈夫か?」
頷く俺に、ハインリッヒは話してくれた。
「村は……壊滅状態。
北西の砦側と、南東の砦の二方向からなだれ込んできやがった。夜明け前になんとか粗方討伐し終えたんだが、逃げたのも多いと確認している。
あの後何度か小さい襲撃があったから、ダンケ達と交替で駆逐しているところだぜ。
南東は囮で、砦に逃げた連中の半数が死んだ。
丘の方……キール達の家がある方も、かなり荒らされてるなぁ…。
騎士団も、半数やられちまった…………」
そこで、ハインリッヒは言葉を切った。
ハインリッヒの顔が、くしゃくしゃに歪められる。
聞きたくないことを言われる気がして、でも、耳を塞ぐことは出来なかった。
「ミドが…………ミドの手が…………」
「喰われた」と、そう、聞こえた。
﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎
「ほぉらぁ、そんな顔しないのぉ」
ベッドの上で、上半身をケビンに支えられながら、ミドがそう笑った。
ハインリッヒに教えて貰った後また意識を失って、ミドを見舞うことが出来たのは、三日も後の事だった。初めに目覚めるまでにも四日かかったことを踏まえると、七日ぶりである。
それ以前に医者から、背中と首の傷の出血が多くて、絶対安静と言われた俺が動くのを、ハインリッヒもムースも許さなかったというのもあった。
確かに、位置が少しでもズレていたら、そのまま助からなかったと言われると、少し、恐怖ではあるが。
でも、それだけ。
「キールまでそんな暗い顔、しないでよぅ……。僕なら、大丈夫だからさ、ね?」
笑ってはいるが、絶対、大丈夫なんかじゃないと思う。
俺なら発狂する。
ミドは右手が肩から、左手は肘から下が無くなっていた。上半身をぐるぐる巻きにされた包帯が、小柄なミドを更に小さく見せていた。
子供を、助けようとしたそうだ。
魔物に襲われそうになった子供を三人、助けようとして、背面から襲ってきた魔物に喰われたそうだ。
駆けつけたカイルがミドに群がっていた魔物を倒した時、ミドは子供達に覆い被さるようにして守っていたと聞いた。
ミドは、子供を守り切った。
でも、大切な腕を両方、失った。
あんなに、誰よりも訓練を頑張っていたのに。
もう、剣を振ることが出来ないだなんて、そんなの───。
《あんまりだろ……》
分かってる。ミドが凄く立派だった事なんか。
騎士仲間が、ミドを誇りに思うと言っても、騎士の鏡だと賞賛する事も、正しいことだってわかってる。
でも、───。
《出来る事なら、失いたくなかったはずだろ? 人を助けるのが、騎士の役目なのは分かってるでも──》
もう助けることが出来ないって、その事に傷付いているんじゃないのか?
誰よりも優しくて、少し子供っぽい所もあるけど、前向きで……。
女々しいと馬鹿にされても、自分が剣を振るうことで助かる命があるなら救いたいと、そう言って、誰より努力していたミドだから───。
「ね、キール。僕はね、確かにもぅ……剣は振れないかもしれない。でも、後悔は……してないよ」
「……ミド」
「お馬鹿さんだねぇ、キール。忘れたの?」
見上げると、ミドが額に頭突きしてきた。
かなり痛い。
「……ッミド?! 何すんだよ?!」
「わぁぉ! キールまで引っかかるだなんてびっくりだぁ……」
「俺がびっくりだよ?!」
ふふふ、と笑うミドを俺は呆然と見つめた。
「皆引っかかるんだもん。驚いちゃうよぅ、まったく。暗い顔しちゃってさ、もぉぉ」
「……」
「これからは、剣は振れない。騎士はもう、続けられない。それはまぁ、うん。非常に残念だぁ〜」
「本当に残念がってるのか?」
「いや、あんまりぃ?」
ズッコケるぞ全く。本当に残念じゃなさそうに見えるから、戸惑いが隠せないし。
「残念だけど、しょうがないよぅ。
でもさ、無いものは無いんだから、ああだこうだ言ってても、どうしようもなくなぁい?」
驚いた。
何に驚いたかと言うと、まるでミドがハインリッヒのような考え方をしているから、とても驚いてしまった。
終わった事をグダグダ考えても、どうしようも無いから気にしないだなんて。
ミドの口から聞くと、まぁ確かに、と思えてくるのがまた不思議で。
「寧ろねぇ、僕なんかが三人も助けられた事に、驚きだよぅ。上出来だよぅ、なんにも悔いはないよぅ?」
両腕を失ったのに?
思いは声に出てしまっていたようで、けれど、それを聞いてもミドはケラケラと笑うだけだった。
「腕がないなら、両足があるよ。
話しかけられる、声もあるよ。
目で見て感じて、聞くことも出来るよ。
僕はまだ、生きてるよ。
まだ、人の為に、出来ることがあるよ。
何を憂う事があるの? ほら、何も無いでしょう?」
《この上更に、まだ人の為に出来ることを探そうと言うのか……ミド。お前…………本当に…………》
「「お人好しすぎだろ……って……」」
俺とケビンの呆れたような声が重なった。
ケビンが泣き笑いのような顔で、優しく従弟を見つめている。
俺は心の底から、このお人好しで優しい騎士の幸せを、願わずにはいられなかった。
困難に直面した時、そこで打ちのめされて進めなくなってしまうのは悪いことではありません。
けれど、自分に出来ることは無いかどうか、探す事はできるかもしれません。
もしかしたら、まだ前を向いて進むことが出来るかもしれない。
その可能性を捨てるかどうかは、他人ではなく、自分が決めることですよね。
ミドさんに幸あれ!
***
読んで下さり、ありがとうございます!
いいね・高評価☆☆☆☆☆して下さると、作者のやる気が倍増致します(*¯꒳¯*)




