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03 結婚式は両家のためでもある

◇◇


――結婚式当日。


「この部屋は? 真ん中の仕切りは何かね?」


 私の父がしつこく聞いてくる。



「お父様、もう少し落ち着いてください。お母様を見習――お母様! ここへお座りください! どこにいかれるんです?」


「も、もう吐きそうです。こんな御誂おあつらえ品、見たことありません……」


 私の親族は殆どが中流貴族で傍流の家が多く、前室の段階で緊張しまくっていた。



 ジョナサンがベルと共にやってきて、時間を告げた。



「お時間となりました、それでは皆様、一度ご着席ください」



 動きが完璧に揃った使用人たちが着席を案内し椅子を引く。


 中央の仕切りが取り除かれ、中会場におおよそ40人ほどの人々が介した。

 お互いの姿を見て驚く者も、笑い出す者、ねめつける者もいたが、ジョナサンの声に耳を傾けた。



「本日は新郎ジュバルツブルグ家ルドルフ卿と新婦ミッターマイヤー家メアリ嬢のご婚礼に際し、遠路お集まりいただき誠にありがとうございます。これよりわたくしジョナサンが皆様のご芳名をお呼びいたしますので、お手数ですがご起立の上、一言お言葉を賜りたく存じます。また、このご婚儀にあたり、両家の皆様に於かれましては何卒、ベルツ草原やゴルド海のような広―い、御心とお2人の門出を童のような心持と屈託のない笑顔で送って頂きますよう、よろしくお願いたします」


 私はおもいっきり拍手をし、周りの使用人にも言い聞かせてあったので全員が拍手をしてくれた。



「幾分緊張気味な方もいらっしゃるので、お口を果実酒で湿らせてください。あっ、お子様はフルーツジュースでございます。ご安心ください」


 さすがジョナサン。殿下の家令スチュワートを務めているだけあって、皇帝を前にしてもまったく緊張してないナイスミドルだ。



「では早速新郎のルドルフ卿、お願いします」


 わぁ! ジョナサン、忖度ない! 最高。あの皇帝を後回しにした。

 次に私も挨拶し、上皇と、私の父を先に言わせた。

 皆が皇帝の顔色を窺っていたが、誰よりも笑顔のオジサンだった。



「――ルドルフ卿の兄君、ハロルド卿、お願いします」


 皇帝はゆっくりと立ち上がり、一呼吸置いて話始めた。



「ルドルフよ。本当におめでとう。生誕祭での話を覚えているか? 幸せにな。それとメアリ。君とは今日から家族だ。君の親類は私の親族となる。だから遠慮せず弟と同じようにここにいる私の家族にも甘えなさい。――ミッターマイヤー家の諸君。今日は無礼講だ。慇懃な礼は必要ない。一緒に楽しもうではないか!」



 震えた。私も家族も親戚全員、皇帝の言葉に心打たれてしまった。

 私は笑い合うルドルフ様とハロルド様のお姿を瞼に焼き付けた。

 私の兄の番になり、皇帝の後の挨拶は誰一人の耳にも残らなかった。気にしないで兄貴!



 親戚の挨拶が終わると、ジョナサンは一同を大広間の階段前に案内し、ひとり1人立ち位置を示した。

 手を叩くと袖から40名ほどのキャンパスを持った画家が現れ、それぞれ速記デッサンを始める。

 隣に座るルドルフ様が眉を潜めて聞いてきた。



「あ……メアリ? あれは何をしているんだ?」


「もうすぐですよ、お待ちください」



 それから数分後には宮廷画家が各画家を巡り、一つ一つ何やら修正している。

 横を見るとうちの家族は挙動不審で、皇家の皆様はキリリとポーズをしていた。



「はい! 力を抜いていただいて結構です! 今皆さんの集合画を描かせていただきました。……そう、こっち、順番に並んで――描いた絵のデッサンはこちらです」



 画家たちは一斉にキャンパスをひっくり返し、順番に並べた。

 多少大小はあるものの、見事な一枚絵で集合画が出来上がっている。



「このあと大きなキャンパスに書き写し、仕上げ、お2人とご両家にお渡ししますので2ヵ月ほどお待ちになってください。ありがとうございました」



 思わず短気なルドルフが手を叩き、私も嬉しくて拍手をした。

 宮廷画家はお辞儀をし、袖にはける。



「私は肖像画が苦手でな。何時間も同じポーズをしないといけないのが耐えられない」


「私もなんです。ところが……実は時間を掛けることも報酬に入っているそうです。本当はもっと早く、今位で描けちゃうそうですよ」


「そ、そうなのか! フィリップ(宮廷画家)め」



 私たち2人はジョナサンに控室に案内され、教会の儀式の準備にかかった。

 親族たちは休憩後教会へ移動となったが、恐らく客人たちは着席していることだろう。


 ジョナサンにはあまり流れ作業的にならないようにうまく誘導して欲しいと頼んであったが、私が見る限り、強くも弱くもなく上手に全員を誘導させていた。

 何より親戚同士で互いに話したり、笑いあったりしている。

 子どもたちはとっくに仲良くなっており、追いかけっこをしているそうだ。


◇◇



「新郎ルドルフは、メアリ、あなたを健やかなる時も、病める時も、豊かな時も、貧しき時も、あなたを愛し、あなたをなぐさめ命のある限り真心を尽くすことを誓いますか?」



「ああ、誓う」


「新婦メアリは、ルドルフ、あなたを健やかなる時も、病める時も、豊かな時も、貧しき時も、あなたを愛し、あなたをなぐさめ命のある限り真心を尽くすことを誓いますか?」



「はい、誓います」



 教主は希望通り、長い説教や祝詞を大幅に短くしてくれ、教典の一節も結婚に結び付く分かりやすいものに変えてくれた。

 誓約をした私たちは、お互いの手の甲にキスを交わし、皆の前に向き直った。



「さぁ、皆さん、これで2人は神の御前で永遠の愛を誓いました。祝福を捧げましょう!」



 盛大な音楽が鳴り響き、神々しく光が私たちを包んだ。

 ゆっくりと祭壇を降りるころには父も母も号泣し、ルドルフ様のご両親も目頭を押さえている。

 下品な兄がかけ声をあげ、皆に笑われていた。

 それにつられ皇帝夫妻も声を掛けてくれ、親戚も続いて大声と拍手で見送ってくれる。

 ルドルフ様は私の手を取りながら皆の間をゆっくり笑顔で歩いてくれた。



 ◇◇



 いよいよ披露宴。

 既に盛大な拍手や喝采が漏れている。


 上手く行っているのか不安で、連日の打合せや調整で寝不足と相まって、少しふら付いてしまった。

 咄嗟に隣にいたルドルフ様が腰を支え、心配げな顔で私の顔を覗く。



「大丈夫か? 少し休もう。ジョナサン、時間をくれ。あと水を頼む」


「はっ!」


「だ、大丈夫です、すみません、ご心配かけて――」



 私はソファーに案内され、彼の力強い腕で寝かされた。


「ベル! 彼女をあおげ」


 彼は上着を脱ぎ、一呼吸入れると私の額に触れた。



「顔は赤いが熱は無いようだ。……風を入れよう」


 自ら窓を開けにいき、緩やかで優し気な表情で私を見ている。

 突然噴き出す彼を見て私は驚いた。



「さっきから会場の笑い声が気になってな。こういうことが嫌いな私が楽しんでいる。こんな自分自身に驚き、笑ってしまったのだ」


 それを聞いてさらに私が驚く番だった。

 ただ、今はまだ途中で最後に私に微笑んで欲しい。

 水を飲み、回復した私は、元気よく立ち上がり、ベルに衣装を手直ししてもらう。



「ルドルフ様、お待たせを致しました!」



◇◇


 会場は完璧にコントロールされていた。

 入った途端、ルドルフ様は驚き、狼狽していたが、ジョナサンの案内で拍手の中、正面のマントルピースの前のひな壇に席についた。



「お、おい、ビュッフェじゃないのか?」



 まだ驚いている彼にウインクし、注がれたワインを持って立ち上がる。

 その動きにつられ、進行役が一同を立たせる。



 席次はあまり覚えていないが、どのテーブルもそれなりに話が弾んでいたようだ。

 嫌がっていた宰相が乾杯の音頭をとり、再度料理が再開される。


 となりでルドルフはその料理に感嘆し、こんな場面でも嬉しそうに口に運んでいた。

 私は緊張で殆ど喉を通らなかったが、この手際の良さと絶妙な料理だしのタイミング、テーブルの使用人の動きがここから一望でき、料理以上に満足していた。



「メアリ、すばらしい! こんなに美味い宴会料理は初めてだ」



 ……宴会料理と言われると少し違う気もするが、態々我が家からデシャップのリチャードを連れて来た甲斐があった。

 彼は厨房とホール両方を完全に支配し、鷹のような鋭さと動きですべてのテーブルから賛辞の言葉をもらっていた。


 彼は私たちの視線に気づくと軽く礼をして応えてくれた。

 ここからはデシャップ、スチュワート、進行役の3者の腕に掛かっている。


 料理が進み、デザートが欲しくなりかけたとき、テラスのカーテンが引かれ、進行役からデザートビュッフェの案内があった。


 女性陣はデザートを食べに来た方も多く、我先に100種類以上のスイーツに群がる。

 リチャードはこのタイミングも完璧で、私とルドルフ様はいつの間にか料理長と同じ格好をして、女性陣にデザート振舞った。

 最初、嫌がっていた彼も子供たちのおねだりに気を良くし、笑顔でお皿に乗せてくれている。

 テラスは涼し気な風と差し込む夕日が一層興を増し、誰もがこの時間を名残惜しんだ。



 女性陣の胃が収まると、それぞれ広間バンケットに戻った。

 余興は私の友人たちの下手くそなコーラスに始まり、親戚の子どもたちの作文、最後はプロの歌手に締めてもらう。


 宰相が酔っぱらって参戦した時はお腹がよじれるほど笑ってしまった。



 そして最後、一言来場者にお礼を言うはずだったが、言えず嗚咽が止まらなかった。

 ルドルフ様に肩をさすってもらい代わりに彼が皆に話してくれた。



「――私の父母。そして兄弟よ。メアリの父母、兄弟たちよ。……私たちの門出を祝福してくれて本当に感謝する。ここの使用人、職人、関係者の皆、メアリを支えてくれてありがとう。私は皆さんに喜んでもらい、本当に幸せ者だ」



 彼は泣き続ける私を抱きしめ、目を見て言ってくれた。



「だが、私が最も感謝を伝えたいのはメアリ、お前だ。私と結婚してくれてありがとう」



 私は声を出し、物凄い顔になっているだろうが構わず泣き続けた。

 その声は拍手でかき消され、かけ声に包まれ、ルドルフ様の笑顔で満たされる。


 私と彼はそのまま皆のテーブルに寄り、お礼を伝えて回る。

 拍手が鳴り止まない中、会場を後にした。



「本日はご両家の結婚式、並びに披露宴にお越しいただきまして誠にありがとうございました。――会場の皆様、お知らせがございます。……お帰りの際はお土産をお持ち帰り頂きます。聖人たちの御言葉が書かれたカード、本日のデザート、会場内で使用した装飾花をお渡ししておりますので忘れずにお受け取りください」



 会場の女性たちは一気に歓声を上げる。



「それと……この後、隣の間で独身者だけの立食パーティーを行います。えー新婦様より、独身者・・・と念を押されていますので、ご参加いただく皆様は客間にてお待ちください」



 今度は男女とも歓声が上がる。


◇◇


 私は疲れ果てたが、皆の笑顔と主人となった人のやさしさに触れて、それだけで誰よりも幸せになれた。

 二次会と名付けてくれた、ドレスを着たベルを客間に送る。

 隣にいる主人との夜を想像し、今度は私が噴き出した。




◇◇


 

 メアリが産んだ結婚式のスタイルは大いに流行り、貴族から商人、大衆へ大小に拘わらず時代を超え広がっていった。

 彼女はその後も数々のパーティーや結婚式を手掛けることになり、ウェディングプランナーとして歴史に名を残す。


 自由に恋愛し、結婚に至る貴族がこの夜がきっかけで生まれた。

 色恋は数々の喜劇や悲劇、感動や愛を生み、価値観の変貌を伴いながら芸術、文学を生み出した。



END

何も苦しまず、落とし穴にも落ちず

悩まないことはありませんが、世の中一人ぐらい

ポジティブで前向きな人がいてもいいかもしれません。


次回作のモチベになりますので批判もふくめ

ブクマや評価をいただけたら嬉しいです。


何卒よろしくお願いします。




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