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02 打合せに参加しない男ほど見て欲しい

◇◇


 打合せから半月後に急報がもたらされ、官吏たちが練り上げた生誕祭のスケジュールすべてが皇帝、弟帝共々異論なく通ったそうだ。


 私は大きなため息を吐き、その使者とともに声を出して喜んでしまった。



「よかった! これで次の打合せに進める! 申し訳ないですが進行役や関係者の皆さんに連絡をお願いします!」


◇◇


「お嬢様、それはなりません。神の聖名の詠唱と祝詞は必要です」


 祭礼司教との打ち合わせは一進一退の攻防が続いていた。



「結婚に関わる聖人の聖名だけでよくありませんか? ペルギウス様は戦いの聖人ですよね?」


「教会の定めた儀式を簡略化なさるのは冒涜以外にありませんぞ!」


 朝から議論は続いていたが、正直議論にすらならなかった。

 最後は全部神様を持ち出され、反論の余地がまるでない。

 祭礼司教は勝ち誇ったように腕を組んでいたが、本来の目的を忘れているようだった。


 私は途方に暮れたが、神に挑む強者は現れない。仕方なく私は宮廷画家の方を見て促した。



「あの~例えば、御言葉と聖人のお姿を描いた冊子を御礼状として使ったらどうでしょう?」


 一同はこの発言の意図が分からず、画家を見る。ちゃんとうまく説明してくれるかしら。


「すまんが詳しく教えてくれぬか?」


 儀式官吏が問うと画家は懐から一束のカードを取り出した。



「これは今、巷で流行っている方法です。他の貴族様も商人たちもこの方法で時間を大幅に削り、なお且つ教会への寄付が増えたと喜んでおります。司教様はご存じですよね?」


 水を向けられた祭礼司教は慌て、当然のように頷いた。画家は続ける。



「私が聖人のお姿を描きました。その後ろを見てください……そうです。そこにはお名前を始め、御言葉や生誕日、その他様々な情報が書かれています。聖人様は60名おりますので、60枚のカードを一組として参加いただいた方々に配るのです」



「ほう」


 思わず司教は口にでてしまった。

 周りは見て見ぬふりをしてあげる大人しかいない。



「参加者は約1,000名だとします。6,000枚描くことになり、1枚1万ディールで引き受け、教会へはそのうち半分の5千ディールを寄付致します。かかる時間が5時間以上短くなり、教会は3000万の寄付をわずか1時間ほどで集めることができるのです」



「「「おおお!」」」



「話は消えてなくなってしまいますが、そのカードは半永久的に残ります。家に飾る者や、同じものが欲しいと注文が来るぐらい人気が出ています」



 経理と会計を担当する主任調税官は目まぐるしい計算を行っている。



「すでに英雄の儀が生誕祭と同日に移ったために、3600万ほどの予算が浮いています。また儀式を大衆に周知した効果も上がり、帝都の市場経済も潤うと踏んでいます。この提案は一見6,000万ディールの捻出と思えますが、時間が短くなりゲストの宿泊代や3食分の食事が浮き、差し引きでは画家の提案のほうが節約になると思います」



 この言葉はトドメとなり、祭礼司教も納得し、意気揚々と教主様への元へ帰っていった。

 画家は安堵のため息を漏らすと、疲れた顔で私を少しだけ見て、受注した絵を他の画家に割振りに行った。



「と、とりあえず、これで2日の工程が1日になりましたな。おめでとうございます」



 官吏や進行役は素直に喜びを伝えてくれた。



「ありがとう! これで半分達成しました!」


 皆は苦笑しつつも私を支え、手を尽くしてくれる。――画家は予め仕込んだけどね!



◇◇



 当然教会もこの案に乗り、思い通りの結婚の儀式になるようだった。

 2・3修正を教会側から受け、イメージよりも荘厳で慎ましい、いい式になりそうな予感があった。



「お嬢様残るは披露宴ですか?」


「ええ、ここがもっとも重要で肝心なところです」



 再度関係者が集まったが、神官達や儀式官吏などの儀礼関係者は来ておらず、装飾担当や料理、そして(かなめ)家令スチュワートが顔を揃えた。


 疲労社交場、踊れない舞踏会、最後の試練、我慢大会などと揶揄されない方法を散々議論してきたが、意見は真っ二つに割れてしまっていた。



「お2人以上にここは上級貴族様の社交場……というよりマウンティングの場としての役割がございます。流行のドレス、髪型、宝飾品などを着飾ることがステータスで、披露宴の目的です」


「はっ⁉ 本来の目的はひとつしかない。新郎と新婦を祝うことだ。貴族の建前なんかどうでもいい」



「それこそ現実を分かっていない。お2人には悪いがその建前だけで貴族様は生きている」



 それは私たち貴族側がもっとも分かっていることだった。整髪師の彼の言う通りだ。

 折角時間が短くなっても楽しんで笑ってもらえない。



 そのとき士爵の娘で侍女のベルがなにやら言いたげだった。


「ベル、どうしたの? 遠慮せず言っていいわよ」


 私に言われビクッとなったが彼女は他のメンバーにも笑顔で促され、オドオドしていたが話始めた。


「わ、私はお嬢様の侍女として日は浅いですが……いつでもお嬢様の企画するパーティはそれはもう言い表せないほどいつでも楽しいものでした!」



「ほう、聞きましょう、ベル殿、落ち着いて」


 進行役の本領を発揮して通るいい声でベルを促してくれる。



「例えば、この間はご学友たちの卒業記念パーティでした。もちろんお嬢様が企画からすべてなさいましたが、全員が笑顔で帰られました。それこそご年配の先生方やご両親から、若いご兄弟、お孫さんまでいました」


「それで? どんなパーティだったのですか?」



「はい、ごく普通のパーティでした。……ただ……暖かくて、楽しくて、時間を忘れて――ご、ごめんなさい、説明になっていませんでした! 最初からお話しします、――」



 彼女は私の思いや方法を代弁してくれた。これがそのままお高い貴族たちに通じるか分からない。でもここまで来たらやり遂げたかった。



「お、おもしろそう、ですね……ただ、斬新すぎて……」



 進行役は他のメンバーの顔を見た。



「私は、逆に実力が試せるいい機会だとおもいます。あとは会場や設備、それと……」



 料理長は頷きながら楽しそうに応じる。その目は先ほどから考え込んでいる男に止まった。



「私ですね? 成否に掛かっているのは」



 スチュワートのジョナサンが鋭い目で私を見ている。これからのすべては彼の双肩にかかっていた。


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