06
「――どうしたの横手くん?」
書店では、まず朝一に配送会社から送られてきた書籍や雑誌が入っている荷物の開封作業をする。荷物の数は日によって違うのだが、だいたい大小の段ボール箱三つか四つぐらいで、開封前に荷物の送り状と照らし合わせ入荷された物か確認する。それが終われば荷物を開け書籍と雑誌を取り出し、本の題名、価格、数を確認し、それが終われば店頭や店内に陳列するのだ。ぼくは、大学構内にある二つの書店のうち小さい方の書店で働いている。店員は、前述した無口な初老の店長と中年女性の長谷川さん、それにぼくの三人だけだ。大学に入学した新入生のための教科書販売の準備のため、三月はとても忙しく、三人だけでは仕事にならない。よってその期間は、短期アルバイトの募集をかけ、繁忙期を乗り切るのが毎年の慣例となっている。ぼくは大学二回生のときにこの短期アルバイトに応募し、期間満了後も店長にこれからもバイトを続けないかと声をかけてもらいそれから今までこの書店でお世話になっているのだ。
もう五月に入ったこの時期教科書販売も一段落ついていて、短期アルバイトの人たちは契約期間満了につき店にはおらず、いつもの三人でいつも通り誰も喋らず黙々と静かに朝の開封作業をしていた。
そんなとき連休直前のこの日、長谷川さんが不意に声をかけてきたのだ。
「えっ?」
「なんかうれしそう」
「そうですか? いつもと一緒ですよ」
「連休どこか行くの?」
「ええ、まあ・・・・・・」
「あら、デート?」
「いいえ、そんなんじゃありません。ぼく相変わらず彼女いませんし」
「ふぅぅん、そっか。わたしの気のせいか」
そう言うと長谷川さんは雑誌を胸元に抱え、よっこいしょと立ち上がり店頭に陳列しに行った。
(うれしそう・・・・・・)
顔に出ていたのか?
たしかにぼくは、日和見部隊の人たちと逢うことが決まってから、ウキウキワクワクしていた。
みんなと逢う日が近づくにつれそのウキウキワクワクはぼくの内なかで増大していき、いよいよみんなと逢うこの前日の日には、表情を抑えようにも勝手に笑みがこぼれていてのかもしれない。
ぼくはこの日、いつも以上に書店内をキビキビ動いて働き仕事を終えた。
仕事中は、明日のことを思うといても立ってもいられず、ぼくはお客さんがいないときには、整然と本棚に並ぶ書籍を別にやる必要がないのに並べ直したり、お客さんが本を買おうとすれば、積極的にレジを打ち、またお客さんがいなくなれば本棚を整頓するということをしていた。
「――やっぱり連休中なにかいいことあるんでしょう?」
と、いつもとは何か違うぼくの挙動にやはり感じることがあるのか、その日長谷川さんはのぞき込むように何度も尋ねてきた。
まっ、自分でも自身の行動がおかしいことは分かっていたから傍はたから見ればそれがさらに際立ち、勘ぐられるのも仕方ないと思った。
仕事が終わるとぼくは駆け足で駐輪場まで行き、停めてあった自転車にまたがり強くペダルを踏み込んだ。
明日、オフ会でみんなと逢える喜びをペダルにぶつけるように何回も何回も踏み込んでいると、やがて自転車はトップスピードに到達した。安全に配慮をしつつそのスピードをできる限り維持し、いつもより7、8分ほど早い時間で家に着くと自転車を敷地内に置いて、ポケットから家の鍵を取り出しながら玄関まで移動し、それを開けると中に入り風呂場に直行した。
今日一日の仕事の疲れをシャワーで洗い流すと、さっぱりとした体で夕食の準備をし始めた。
ぼくは、明日あす、念願のオフ会が開催されるのを祝して、前夜祭を独りで執り行おこなおうとしていた。
もう食材や飲み物は、昨日の仕事の帰り道、スーパーに寄って買いこんでいる。
いつもの夕食は、自作のカレーやインスタント味噌汁が主だが今日は違う。
今日の夕食はイタリアン。ピザは冷凍ピザだが、スパゲティは自分でつくることにした。
ぼくはカレーが大好物で、毎日食べても飽きないのだが、それでもたまぁに違うモノも食べなきゃとカレーとは別の主食を作ることがある。それがスパゲティで、種類はミートスパゲティ。今回もこれを作る。まずにんにくをすりおろし、次に玉葱、人参、トマトをみじん切りにして下準備をする。フライパンをコンロに乗せ、そこに油を適量たらして点火し、油にポコポコと気泡が現れてきたら擦ったにんにくをそこへ入れる。しばらくするとにんにく特有の良い香りが漂ってくるので、そのタイミングで玉葱と人参とトマトを加える。玉葱の色が少し変わり火が通ったら、挽き肉を入れさらに炒め、挽き肉に火が通ればそこへトマト缶を入れて味見しながらケチャップで味を整え、最後に粉チーズをふりかけて出来上がり。
レンジでチンしたピザ、手製のミートスパゲティを鼻歌交じりにリビングテーブルに置くと(ぼくは独りで暮らすようになってからダイニングでは食事をせず、リビングでソファに座ってテレビを見ながらごはんを食べるようにしている)、ぼくは冷蔵庫に向かいそこからボトル一本を取り出した。
それは容量750ミリリットルの白のワイン。
やはりイタリアンにあう飲み物はワインだろう。
ぼくには飲酒の習慣はなかったが、お酒を飲むときは、ワインを口にする。ぼくは炭酸飲料が苦手で、よってビールはあまり好まない。
「日和見部隊のオフ会の前夜に乾杯!」
ぼくはだれもいないダイニングでそう言い、ワインが入ったグラスを掲げるとそれを一気に飲み干した。
前夜祭が始まった。