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女の中で男が一人  作者: 零位雫記
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ぼくは家に二人を招き入れ、そのままリビングに通した。

二人は横に並んでソファーに座り、ぼくはお茶を出すためにキッチンへ。


(どうしよう……)


死角を利用してキッチンでうなだれる。

SOWさんが来てくれたことで灰我さんと二人きりになるという状況は回避できたが、それでも灰我さんが今この場にいるという現実は紛れもなく起きているのだ。

さっきの灰我さんの目つき。

まるでSOWさまがいたってわたくしはあのことについてお話しますからね、という固い意志が込められた目つきだった。

これからあのリビングではどのようなことが展開されていくのか? まさかいきなり灰我さんが「責任」について切り出してくるのか? いや、いやいややはりそれは考えにくい。SOWさまがいるのだ。第三者がいる空間でまさか性的な内容が含まれる話を持ち出してくるとは考えられないが、それもなきにしもあらずか。

はぁーとため息。

成り行きに任せるしかないのか。ずり落ちた眼鏡を中指でくいっと上げ、ぼくはお茶をグラスに入れそれをおぼんに乗せてリビングに向かった。


「お構い無く~アーロさん」


手を振ってSOWさんが迎えてくれる。


「はは」


ぼくはできうるかぎりの表情筋を駆使して笑みを作りSOWさんに返した。

やはり笑える状況ではない。

でもSOWさんは、ぼくと灰我さんを取り巻く二人だけの秘め事についてなにも知らないのだ。

ぼくは無理矢理にでも笑顔を作らなければならない。

暗い表情を見せ、どうしたのですかとSOWさんを心配な気持ちにさせてはいけない。そこをついて「実は――」と灰我さんに話の口実を与えてはいけないのだ。

リビングに入ると、まず手前にいる灰我さんが確認できた。

普通ならそのまま灰我さんの横に屈みお茶を各々の前に置いていけばいいのだが、ぼくはわざわざテーブルをぐるりと周り、SOWさんの横まで歩みを進めてそこで屈みお茶をテーブルに置いていった。なるべく灰我さんとは距離をあけたかった。


「どうぞ」


「ありがと~」


「……」


「あの、ほんと、遠路はるばるお越しいただいてありがとうございます」


「いいえ、いいえ~」


「……」


灰我さんは、やや視線を落として無表情に口をつぐんでいる。

はぁ、どうなるんだ今後。

ここでぼくは改めて二人を見た。二人の服装だが、SOWさんは、茶色いデニム生地のオーバーオール。その中は白いTシャツ。相変わらず可愛さが強調されたファッションだと言える。

灰我さんは、紺色のノースリーブに白いロングスカート。そのノースリーブだが、胸元が鋭く切れこんだV字で、胸の谷間が影として少しわかる。なんだか、真面目なイメージの灰我さんには似つかわしくない、らしくないといえばらしくないと感じる服装だった。

ちなみに今回は二人とも頭部を布で覆っていない。当然か。

あと玄関前でも気になっていたのが、灰我さんは大きめな手さげカバン、SOWさんは大きいリュックを持参しているということ。それらは、今各々の足元に置かれているのだが、SOWさんはたしかお弁当を作ってきたと言っていた。それが中に入っているのか? でも灰我さんの手さげカバンには、何が入っているのか? 


「ぼくの家ほんとなにもなくて、来て下さいって宣言したわりにろくなおもてなしもできなさそうで、ははは」


「そりゃ~男の人ひとりですもん。おもてなしなんてできないできな~い」


そう言うとSOWさんはお茶を口元へ。

灰我さんも続いて両手でグラスの底と側面を持って一口お茶を飲んだ。


「いえね、わたしそんなアーロさんが、お家でひとり寂しくごはん食べてるのかな~と思って、お弁当作ってきたんです~」


そう言うとSOWさんは、足元にあるリュックから花柄がプリントされた大きなきんちゃく袋を取りだしテーブルの上に置いた。そして袋のてっぺんで結ばれている紐を解き、中からハンカチで包まれた四角い物体を出した。どうやらそれがお弁当のようだ。


「アーロさん、お昼まだですか~?」


「はい」


「灰我さんは~?」


「わたくしも食べておりません」

「じゃ~今からお昼にしませんか~?」


「そ、そうですね」


とぼくは返事した。

灰我さんもコクリと頷いた。


「いっぱい作ってきたんで、三人で食べましょ~」


「奇遇なのですが――」


灰我さんはそう言うと、これまた足元にある手さげカバンから銀色のクーラーバックのようなものを取りだしそれをテーブルに置いた。それはかなりの高さがある。


「わたくしもお弁当を作ってきました。アーロさま、食事が喉を通らない、ということにでもなっていないかと心配しまして、しかし食事が喉を通らない人でも食欲がわく、なおかつ、精がつくものを試行錯誤して作り上げ、お持ちいたしました」


「い~、アーロさん、元気なかったの~?」


「いいえ、そんなことありません、ありませんよー」


意識的に笑顔をつくる。

が、意識だけではコントロールできない器官――全身に広がる汗腺から分泌液が体中にパッと吹き出た。

な、なにを言ってくれているのだ、灰我さんは……。


「でもどうしてアーロさんがごはん食べてないって灰我さんにはわかったの~?」


SOWさん、そこは掘り下げなくていいよ。しれーとスルーしようよ、しれーと。


「女の勘とでもいいましょうか、なんとなくそう思っただけです」

「ふ~ん」


「アーロさま、お手数ですが、取り皿を人数分用意していただけませんか? わたくしどもはこのテーブルに持参したお弁当をひろげておきますので」


「じゃ、じゃあ、あっちのダイニングテーブルに移動します? 結構な量をお二人とも作ってきてくれたみたいなので、このテーブルでは小さいかも」


「そうですね、そうすることにしましょう」


ぼくはおぼんを持ってキッチンに移動し、割りばし三人分と取り皿四、五枚を適当に選んでおぼんに置きダイニングに向かおうとした。が、中々足が出ない。お弁当食べても灰我さんからのプレッシャーで緊張して味もなにも感じないだろうなぁ。でも向こう側に行かなければならない。

ぼくは皿が乗ったおぼんをキッチンの作業台? (まな板を置くとこ)に置いて、目だけをキッチンから出してダイニングの様子を見た。ちなみにぼくの家のキッチンとダイニングは、対面式――カウンターキッチン――となっており、キッチンからダイニングは容易に見ることができる。

二人はぼくの視線にまったく気付かずこちらにお尻を向けてせっせとお弁当の準備をしてくれている。

すごいぞ。

多分、すごい量のお弁当を二人は作ってきてくれている。

ダイニングにあるテーブルの広さは、畳で言えば一畳強はあると思う。

それを覆い尽くすほどのお弁当が並べられつつあるのだ。

と、ぼくが驚いている間に、お弁当のセッティングが完了したようだ。

ぼくは首を引っ込め腕だけを伸ばしておぼんを掴むと、立ち上がり意を決してダイニングへと移動しようとした。


(ぎょ!)


ぼくは心の中で悲鳴を上げた。

なぜなら、灰我さんがキッチンに入ってきたからだ。


「あ――」


ぼくが口を開こうとしたとき、彼女の人差し指がぼくの唇を制した。そして、


「アーロさま、良いですか、今からSOWさまの発言でご自分ではご理解できない言葉が出てくると思いますが、わたくしに合わせて適当に相槌や返事をして下さい」

と小声でぼくに言った。

それから指をぼくの唇から離し、

「お箸は用意しています」


と言って、ぼくの持つおぼんから割りばしを取りそれを作業台に置き、続いてぼくの両手からおぼんを取るとそれを持ってダイニングの方へと身を移した。

どういう意味だ、今灰我さんが言ったことは?

適当に相槌? 適当に返事?

意味不明。灰我さんの言葉の真意がまったくわからない。

それにしても灰我さんの人差し指冷たかったなぁ、気持ちいい冷たさだったなぁ。

って、なにを考えているんだ、ぼくは。


――ぐぅ、ぐぅ


お腹が鳴った。

キッチンにも届くいい匂いがダイニングから流れてくる。

それに刺激されてなのか胃袋が動いた。

そういえば昨日からほとんど物、食べてないな。

灰我さんのことで食欲も失せるかなと思ったけど、体、特に胃袋は正直。

なんだこのいい匂いは。

味噌汁? コーンスープ? なんだ? 色んな匂いが鼻腔をかすめてくる。

とにかくぼくは、灰我さんの待っている行きたくないダイニングに、しかし食欲をかきたてる匂いが待っダイニングに歩を進めることにした。

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