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恐る恐るゆっくりと扉をあけ、できた隙間からぼくは顔だけをそおっ出した。
やはりそこに灰我さんはいた。
灰我さんは大きなショルダーバッグを肩にかけ、無表情にこちらを真っ直ぐ見ている。
五秒ほどお互い無言のままでいたが、ぼくが沈黙に耐えかね挨拶でもしようとしたとき、灰我さんがにこりと微笑み、
「悠一さま、お家に入れていただいてよろしいでしょうか?」
と口をひらいた。
ぼくは返事ができず、苦笑いを浮かべ、灰我さんを見るしかなかった。
「入れていただけますわよね」
とぼくの返事を待たず灰我さんは、扉の隙間に体を強引に入れてきた。
「ちょっ、灰我さん!」
ぼくは体全体を使って壁となり彼女の侵入を阻止しようとした。
「いいではありませんか」
「いやでも」
そのとき――
「あ~! 灰我さ~ん!」
と聞き覚えのある甲高い声がぼくたちに届いた。
灰我さんは振り返り、ぼくは目線を灰我さんから外し、二人して声の方をみた。
そこには門扉の向こう側で立つSOWさんの姿。
「SOWさん!」
ぼくは思わず大きい声が出てしまった。
なにか助かったという安堵感がぼくの心に広がった。
「SOWさん、どうしたんですか?」
「そっちへ行っていいですか~?」
「どうぞどうぞ」
SOWさんは門扉をあけこちらに歩いてきた。
SOWさんは、大きめのリュックを背負っており、そのリュックから伸びる二つのベルトを脇をしめて手で掴み、よいしょ~よいしょ~と言いながらこちらに近づいてきた。
ぼくたちの前まで来るとSOWさんは、「はぁ~」と息を吐きリュックを肩から下ろした。
「SOWさん、どうしたんですか?」
改めてぼくはSOWさんに質問した。
「いえね、アーロさん、この前のオフ会で、おうちでひとり寂しくしてるって言っていたんで~元気づけるため内緒でお弁当を作って会いに来たんで~す。でもくっそ~、いざ来てみると灰我さんが先にいるんだもん。くやし~」
「それはありがとうございます」
ぼくは真心こめて感謝した。
SOWさんの登場がなければ灰我さんと玄関で今も押し問答していただろうし、その押し問答の末、灰我さんがぼくの家に突入し、玄関でなのか、はたまた家に上がりこんでリビングでなのか、場所はともかくぼくに「責任」について言及してくるということは、容易に想像できた。
でも灰我さんもSOWさんがいる前でそんなデリケートな件を持ち出してくるとは考えにくい。
「とりあえずここで立ち話もなんですから上がって下さい」
ぼくは扉を開ききり二人をいざなった。
「いいのですか悠一さま、お家に入れてもらって。先ほど、わたくしが家に上げて下さいと願ったときはかたくなに拒否されたのに」
「いやだなぁ灰我さん。灰我さんみたいな綺麗な人をお家に上げて二人きりになったらぼく緊張でぶっ倒れると思ったから。阻止していたんですよぉ」
「そうなのですか」
灰我さんは微笑んだ。でも目は笑っていない。
「とりあえずお二人ともどうぞ」
SOWさんが先に入り、次に灰我さんが扉を通る。その瞬間、ぼくの前を横切る灰我さんの顔をちらっとみてみると、明らかにこちらをにらみながら入っていくではないか。SOWさんの登場で和んだと思ったぼくの心はその瞬間きゅっと締め付けられた。