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女の中で男が一人  作者: 零位雫記
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目をあけると射るような光が飛び込んできた。

ああ、日を越したのだ、横たわるベッドでぼくは思った。

朝になっていた。

兵庫県の元町で電車に飛び乗り、ぼくが自宅に戻ったのは、昨日の午後二時過ぎ。

昼食も夕食も食べず、お茶だけを飲んだりしながらその日の大半を部屋のベッドで過ごした。

そしてそのままいつの間にか眠りにおち、中途覚醒もせず気がつけば朝。

寝ている途中で外れたであろう眼鏡を、視界不良好な状態で手探りも交え探しだし、それをかけ時計を見ると11:16とある。


「あっ!」


驚きの声を上げ、ぼくは上体をおこした。


――今日は書店のバイトだったっけ?


自問する。がよくよく考えたら、今日はゴールデンウィークの三日目。大学の書店は明日まで休みだ。


「焦った」


ほっと胸を撫で下ろした。

昨日は二日酔いで昼夜気分が悪かったが、今日は睡眠をばっちりとったせいか心身ともにすっきりしている。

両指をからめて腕を上に伸ばした。背筋がのびてとても気持ちいい。伸びを終えると尿意を覚えた。トイレに行き用を足すとほくはキッチンに向かった。

冷蔵庫からお茶の入った容器を取り出し、コップに注いでそれを一気に飲んだ。

飲み終え、コップをキッチンの作業台に置いた途端、ぼくの心は瞬く間に萎んだ。


「灰我さん……」


急に灰我さんが、ぼくの脳裡に浮かんだ。

灰我さん。

彼女は相当な美人に違いない。

コップにもう一杯お茶を入れ、また全て飲み干した。

灰我さん。

ぼくは改めて灰我さんのことを思い返してみた。

容姿端麗、それはテレビや銀幕の世界の女優と比べても引けをとらないぐらいのレベル。灰我さんはとても綺麗な女性。これは事実だ。そんな女性から好意を持たれるということが、ぼくの現実に起きているようなのだ。このことは、男冥利に尽き、通常喜ばしいことなのだが、灰我さんは、ぼくのことを霊座というバンドのボーカル「灰我」として見ているのだ。どうやらぼくはその灰我という人と瓜二つらしい。彼女はぼくのことを「悠一さま」とぼくの本名で呼んでいたが、決してぼくこと「横手悠一」に好意を抱いているわけではない。灰我さんは、霊座の「灰我さま」としてぼくに好意を抱いているのだ。

しかし…………。しかしだ。しかし、そんな灰我さんに対してぼくは取り返しのつかないことをやってしまったようなのだ。


「――愛し合っていました」


灰我さんと、愛し合った。

記憶にない。

が、どうやら本当のことのようだ。

どうすればいい?

現状的には、これではぼくが、言い方が悪いが、「やり逃げ」したみたいになるではないか。

今現在のぼくの正直な気持ちを言うと、灰我さんに対して好意というものは微塵も持ち合わせていない。彼女が綺麗な人とは思っているが、好意――もっとわかりやすく表現するならば、恋をしている気持ちなどは全くないのだ。


「――責任、とってくれますわよね?」


耳の奥に残っている彼女の言葉……。

ぼくが初めての相手とも言っていた。

となると、お互いがお互い初めての相手となる。

これはとてもいいことで素晴らしいことなんだろうが、ぼくはその行為自体まったく覚えていない。今、「やり逃げ」と言ったが、ぼくは彼女から逃げることができるのか?

灰我さんと携帯番号やメールアドレスの交換をした記憶はない。他の日和見部隊の人たちともそうだ。が、おとといの夜のことをぼくはよく覚えていない。もしかしたら連絡交換をしているかもしれない。

ぼくは、自分の携帯を確認すべく部屋に戻りリュックから携帯を取り出して履歴画面をひらいた。

画面には、見慣れない氏名がずらりと並んでいた。

その一つにぼくは注視する。


――雨川清乃


キヨノ……キヨノ。

待てよ、キヨノ?


――わたくしの本名は、清乃。


「ひい!」


ぼくはベッドに携帯をほり投げた。

清乃と言っていたぞ、確かに灰我さんは、自分の本名を清乃と言っていた……。

交換しているぞ、電話番号の交換を灰我さんとしてしまっているぞ。

確かに昨日、灰我さんの父親が経営するビジネスホテルで灰我さんは自分の本名は、清乃と言っていた。

ぼくはベッドの上にある携帯を拾い画面をもう一度確認した。

氏名の下には、電話番号がならんでいる。

ぼくは画面を電話帳へと切り替えた。

ア行の欄一番始めに「雨川清乃」とあり、電話番号、それに加え携帯のメールアドレスもそこには表示されている。

ここに灰我さんの携帯番号やメールアドレスがあるということは、ぼくのそれらもむこうに知られている、つまり携帯番号の交換をおこなっていると考えるのが自然だろう。

そのとき。

家のチャイムが鳴った。

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