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女の中で男が一人  作者: 零位雫記
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しるヴぃあさんもたちゃねさん同様、歌唱力が抜群だった。

一曲目に彼女が歌った曲は、ぼくは知らない英語の曲だったが、英語の発音は完璧で、彼女は伸びのある声を駆使しアップテンポな曲を歌う。

そのときたちゃねさんは靴を脱いでソファーの上に立ってしるヴぃあさんの歌声に合わせ踊っていた。SOWさんは立って踊るということはしていなかったが、強くリズムをとりその振動がぼくと灰我さんにも伝わっていた。


「――グラッツェ」


歌い終えると彼女はそう言った。グラッツェとはイタリア語で「ありがとう」を意味する言葉と、一次会のお店で教えてもらった。

ぼくはそのイタリア語を聞いた瞬間全身に鳥肌が立ったことがわかった。

まさにプロの歌手がそこにいるといった感じだった。

みんな盛大な拍手でしるヴぃあさんの歌を称えた。

そしてまた今しるヴぃあさんの歌声が聴けるのだ。

イントロが流れ歌い出しが始まった。

いきなりしるヴぃあさんはシャウト!

たちゃねさんは指笛を吹く。そしてソファーの上に立って踊り始めた。

SOWさんもさっきとは違い、靴を脱いでソファーに立ち上がると激しく体を動かし出した。

やはり座ったままリズムをとるのとは違って立って体を動かすとソファーに伝わる振動が数段強い。ぼくと灰我さんは、上下に揺れながら、彼らの様子を拝見していた。ぼくは、チラチラSOWさんを見上げる。

ソファーの揺れも凄いが、SOWさんの胸の揺れも凄い。

いや、テーブルを挟んだ向こう側にいるたちゃねさんのそれの方が下着姿なのでより跳ね具合の凄まじさが確認できる。

目の保養とはまさにあのこと。

多分、ぼくの視線の行き先は、灰我さんにはバレバレだったと思うが、ぼくはお構い無しに、彼女らを見まくっていた。酔いがぼくを狂わせつつある。ただにやけ顔だけにはならないよう、そこだけは気を引き締めていた。

でもかなり集中しないとだらしがない顔になりそうなぐらい彼女たちの胸のユサユサはぼくを惑わす。

やばい、しるヴぃあさんの美声がユサユサとシンクロして、ぼくの心は掻き乱される。

ぼくは今回の日和見部隊のオフ会で、自分の隠れた性質を発見した。

それは、みんなと待ち合わせた場所、「おっぱい山」に感化されたのか、自分がおっぱい星人なのかもしれないということだ。今日の今日まで女性の胸など特段気にしていなかったのだが、今日は自然と視線がそこへ動いてしまう。

お酒を飲んで箍が緩み、実はぼくの心底にあるおっぱい星人の心が、ぼくを支配しつつあるのかもしれない。


「最高だ……」


思わず声が出た。

内面の気持ちが自然と出てしまっていた。


「――はい! アーロさま! ワインが届きました!」


突然、ぼくの目の前にしるヴぃあさんの歌声に匹敵するぐらいの声と共に液体の入ったグラスが出現した。


「ひぃ!」


目の前だ、目の前の視界にいきなりグラスが入ってきたぼくは、悲鳴に似た声を上げた。

グラスは両手で支えられていた。グラスの中身は黒っぽい液体。


「アーロさま、どうぞ」


ぐいっとグラスがさらにぼくの目に近づく。

声の方に顔をむけるとこちらを見る灰我さん。


「ど、どうも」


恐る恐るグラスを受けとる。


「ははは……」


苦笑いするしかなかった。

灰我さんはまたぼくを軽蔑している。今の灰我さんの視線の質は、さっきこのカラオケ店に来る道中でみたことがある。SOWさんに腕組みされ、彼女の胸の感触を味わい放心状態となっていたぼくに投げかけた視線と一緒だ。

いや、少し違うか、なにか違う。そうだ、軽蔑にプラスされているものがある。

怒りだ。

今の灰我さんにはぼくに対して軽蔑と怒りの感情が向けられている。若干眉間にしわが寄っている。

「お飲み下さい、アーロさま」


「はぁい!」


ぼくは大きい声で返事した。

さすがに堂々とユサユサを見過ぎたか、灰我さんに軽蔑どころか怒りまでかってしまったようだ。

黒っぽい液体にぼくは口をつけた。

もちろん液体はワイン。赤のワインだ。ただ照明が薄暗いので、黒っぽく見えるのだ。SOWさんの踊りでぼくも揺れているので、ワインが傾いたグラスの端からこぼれ落ちそうだ。


「一気にいきましょう」


大音量の中でもはっきり聞き取れる灰我さんの抑揚のない声。

彼女はぼくの耳元で話している。

「さぁ」


ぼくはバランスをとりながらワイングラスを傾ける。


「さぁさぁ」


横で灰我さんがさらに呷る掛け声を上げる。

ぼくはその声に合わせてドンドン喉を動かす。

結局、また一気にワインを飲み干してしまった。


「お見事ですわ」


灰我さんは空になったグラスをぼくの手から取ると続いて新たなワインの入ったグラスを手渡してきた。


「へ?」


手にしたワインをきょとんと見つめる。そして気がついた。手にしたワインの真下には――テーブルの上には、まだ一滴も飲まれていないワインの入ったグラスが二つ並んでいた。

テーブル全体を見てみれば、たちゃねさんの生ビールはジョッキに三分の二はあるし、しるヴぃあさん、SOWさんのグラスにもワインが半分以上残っている。

ぼくは再び二つのグラスに目をやる。


「その二つもアーロさまのですわ」


ぼくの視線に気がついたのか灰我さんが説明してくれる。


「な、なんで?」


「今宵、アーロさまはたくさんワインを飲んで楽しむのです。アーロさまがお酒をお飲みになれば、さらにこの日和見部隊のオフ会は盛り上がります。アーロさまがお酒にお強いということは、わたくしはわかっております。アーロさまはまだまだいけます。だからこそドンドンお酒をお飲みなって気分を高揚させるのです。日和見部隊のオフ会は、これからです」


そうぼくの耳元で言ってから灰我さんはぼくの内股に手を添えた。首をめぐらすと灰我さんの瞳。薄暗い室内で彼女の瞳は、ミュージックビデオを流すモニターに照らされキラキラしている。


「ドウゾ、アーロサマ」


大音量のせいで一言一句は聞き取れなかったが、口の動きで灰我さんがぼくにワインを飲むように勧めているということはわかった。唇がぷっくりふくらむ灰我さんの口元にぼくは釘付け。ぼくはそのとき灰我さんの容貌を堪能する。

灰我さんは睫毛が長く濃い。瞳はばっちり二重で、向かって右側の端にほくろがある。鼻梁がこちらに高く突き出ていて、その両側には触れればきっとマシュマロのように柔らかいであろう頬がある。そのマシュマロに今えくぼができている。

灰我さんは微笑した。

たまらない。

こんな綺麗な人にお酒を勧められれば男は誰だって飲んじゃう。


「飲みます! 灰我さん、ぼく今夜は飲んじゃいます!」


そう宣言してぼくは手にあるグラスに口を付け、真上を向いて一瞬のうちに中身を体内に入れた。

まさしくこのときからぼくの日和見部隊のオフ会は開催された。

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