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女の中で男が一人  作者: 零位雫記
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「――ラッビィリィ♪ ラッビィリィ♪ ラビリンスゥ、ここがぁおれらのラビリィンスゥ!」


熱唱中のたちゃねさん。今たちゃねさんが熱唱しているとてもリズミカルでアップテンポの歌をぼくは知らない。知らないが、自然と体がリズムにのって動いてしまう。実際にしるヴぃあさんは、靴を脱いでソファーの上でたちゃねさんの歌う曲に合わせて踊りまくっている。たちゃねさんはとても歌が上手だ。ちなみにたちゃねさんは、またもやライダースーツを脱いでいた。カラオケ店に入って、もう30分が経過しようとしている。

部屋は十人は余裕で座れるぐらい広く、間接照明でオレンジ色に照らされた室内は、薄暗かった。

部屋の真ん中には四足で長方形の木製のテーブルがあり、その上には生ビール一つとワインの入ったグラスが四つ、それと先ほどのお店でさんざんごはんはいただいたが、やはりアテをということでたちゃねさんの独断で注文した串カツをのせたお皿がある。串カツは種類様々な食材が20本あったが、たちゃねさんが一人でその半分以上を食べ、残り5本ぐらいが串に残った状態となっている。

流石父親を社長に持つ灰我さんの知っているカラオケ店ということもあって、このお店はぼくの行ったことのあるチェーン店のカラオケ店ではなく、高級感が漂うお店の風格があった。

そんな高級感のあるカラオケ店でたちゃねさんはただいま二曲目を歌っている。部屋の隅には歌う人用の直径二メートルほどの円形の舞台が設置されており、たちゃねさんはその場所で熱唱している。入店してすぐにまずたちゃねさんが一曲歌い、続いてしるヴぃあさん、SOWさんの順で歌い、そしてたちゃねさんが今二曲目を歌っているのだ。

ぼくと灰我さんは歌うことをたちゃねさんから強要されたが、またあとで歌いますとパスし、たちゃねさんもすんなりそれを承諾し、自分でいそいそとカラオケの端末を操作し歌の予約を入れた。たちゃねさんは歌うことが好きなんだろう。

あと一時間でカラオケは終了。

終了するだろう……。

カラオケの受付で店員さんに「お時間はどうなされますか?」と尋ねられ、たちゃねさんは、「三時間」と答えたのだが、ぼくらはもちろんそれを訂正し、利用時間をその半分の一時間半とした。それでもカラオケ終了時間は、大体午後10時。ぼくの場合、そこから約一時間強かけて帰宅、SOWさんにいたっては家到着まで一時間半、自宅到着時間は、早くても午後11時半だ。


「――わたしはアーロさんに送ってもらうから大丈夫で~す。ねっアーロさん?」


部屋に入ってぼくの隣に座ったSOWさんは、みんなに帰宅が遅くなることを心配されるとそう言って笑っていた。その言葉の真意が、彼女の自宅までという意味を含んでいるのかわからなかったが、ここでその申し出を拒否すれば、極悪人となるし、たちゃねさんのビンタがとんでくると思われたので一応頷いておいた。


「――そっか。じゃあ終電ギリッギリまで歌えるな。一時間半て店にゆったが、二時間半はいけるで。時間ですって電話鳴りゃ、延長しますって言えばいいき」


SOWさんの返事に対したちゃねさんは、そう発言していた。


――一時間半で終了できるのか?できないわな。たちゃねさんはまだまだ歌うわな。

たちゃねさんは元気だ。

今日の朝八時に広島の自宅を出発したたちゃねさんは、中国自動車道を疾走し、兵庫県に入る前に昼食を摂るため岡山県の津山というところで休憩したらしい。昼食はご当地グルメ津山ホルモンうどんを二杯食べたと話していた。その後歩いて津山市を散策。定刻がきたため津山市を出発。で、そこから一時間半かけ三宮に到着し我々と合流するに至る。ここまでバイクを四時間以上運転し、それに加え津山市を三時間散策したたちゃねさんは、疲れを知らないのかまだまだエンジン全開だ。


「――いえーい! センキュ」


たちゃねさんが歌い終えた。

みんな拍手でむかえる。

たちゃねさんはソファーに戻ると半分ほど残った生ビールを一気に飲み干した。


「灰我ぁ、おかわりの注文頼むわ! しるヴぃあの分もな! おえっ、アーロ、われぇ全然ワイン減ってないき! ここも飲み放題じゃ、飲まなあかんきぃ!」


「はい!」


そうなのだ。このカラオケも飲み放題。たちゃねさんは次のおかわりで三杯目。お酒のペースは全く落ちていない。それはしるヴぃあさんも同じ。

ぼくはグラス満杯のワインを飲み干した。


「よぉし灰我! アーロのワインもよろしく!」


「御意」


(次で二杯目……。一次会のお店で確かワインを六杯は飲んでいる。てことは、次のワインがきたら合計八杯……)


「はぁ、大丈夫かなぁ」


思わずぼくは弱音をはいてしまった。


「――なにか心配事ですかアーロさま?」


インターホンでお酒の注文をし終わりぼくの隣に腰を下ろした灰我さんが尋ねてきた。

そう、ぼくはSOWさんと灰我さんに前のお店と同じく挟まれていて、まさに両手に花状態。

しかも前のお店では座椅子のひじ掛けがあって、必然とお互いの距離は保たれていたが、現在はその壁がなく両手の花とは密着状態。まぁSOWさんは、一次会からぼくのすぐ横で上半身を覆い被せるようにいたので、そこまで驚かないのだが、まさか灰我さんがぼくのすぐ隣――それはお互いの腰と腰がふれ合うぐらいの接近で、ぼくは入店してから続くこの両手に花状態が嬉しいやら恥ずかしいやら、居たたまれない気分になっていた。


「――いえ、ぼく、過去に一度、それは大学二回生のときなんですが、調子にのってお酒を飲み過ぎてしまって記憶がぶっとんだことがあるんです。気がついたら自宅の玄関で寝ていて、どうやって帰ったかも覚えていませんでした。あとで考えると怖いなぁと思って。ぼくお酒を飲み続けるとある段階から急にテンションが上がっちゃうみたいなんです。調子にのっちゃうのです。今日もこのまま飲み過ぎてしまうと記憶を無くすかなって考えたらこのまま飲んでいいのかと……。しかも今日はSOWさんを家まで送らないといけないし……」


ぼくは過去の出来事と今の心配事を灰我さんに言った。


「大丈夫ですよアーロさま」


「はいぃ?」


「今日はわたくしがアーロさまを介抱いたします」


「介抱?」


「ええ。今宵はなにも考えずアーロさまはお酒を楽しめば良いのです。SOWさまのこともご心配ご無用です。すべてわたくしにおまかせ下さい」


灰我さんはそう言うとグラスを持ってワインを口に含んだ。少し間をおいてから彼女の喉がわずかに動いたのがわかった。それからグラスを置くと灰我さんは、ぼくを見つめにこっと微笑んだ。

このカラオケ店に来るまでSOWさんに対し鼻の下を伸ばしていたぼくを見て、灰我さんはぼくを軽蔑していると思っていたけど、今はそうでもない感じだった。

扉が開き店員さんがお酒をトレイにのせて運んできてくれた。


「どうぞアーロさま。今日は楽しみましょう」


灰我さんはぼくに微笑み運ばれてきたワインを手渡してくれた。

彼女のこの微笑み。紛れもなく灰我さんは、「灰我さま」に似ているぼくに対して好意を持ってくれているようだ。これはぼくが自意識過剰と言われればそれまでだか、ここに来るまでの間灰我さんとは何十回も目が合っていた。というより、灰我さんは歩きながらぼくをずっと見ていたんだと思う。灰我さんは灰我さまの大ファン。前のお店のテラスでは、愛しているとまで言っていた。その灰我さんがぼくに好意を持つに至るということは、不思議でない。むしろ当たり前なのかもしれない。こんなこと人間関係の機微に鈍感な人でも気がつくだろう。

はぁあ、やばい。今夜本当にぼくはどうにかなってしまうのではないだろうか? もう今日は飲んじゃおうか、灰我さんの言うとおり飲んでしまおうか。

ぼくは手にしたワインに口をつけた。

いつもなら一口飲んですぐにグラスを置くのにさらに首を反りそのままワインを全部飲み干してしまった。


「あれ~、わお~、アーロさんワイン一気に飲んじゃった~」


「おおぉ! アーロ、やるじゃねぇか」


「アーロモツイニ火ガツイタ?」

グラスをテーブルに置くとみんなこちらを見ていた。


「灰我ぁ! また使ってわりいが、アーロにおかわりの注文よろしく!」


「御意」


灰我さんは立ち上がるとインターホンでぼくのワインのおかわりを注文してくれた。


「ジャア次ワタシガ歌ウネ」


二曲目を歌うため、しるヴぃあさんはマイクを握って舞台へと向かった。

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