18
和室に戻ると、鬼の形相のたちゃねさんが腕組みして仁王立ち状態でぼくらを待っていた。もちろん上はタンクトップ、下はパンティ一枚でた。
「――なにしとったんじゃ、おんどりゃあ!」
たちゃねさんは腕組みを解き、明らかにぼくだけを睨み付けてドシドシと足音を立てながらぼくに近づいてきた。
「い、いやあのその――」
「わりゃあ、あれやろ! 清純で美人の灰我をたらし込もうとわしらの目ぇ盗んでどこからかに灰我を連れ込もうとしてたんじゃろ!」
たちゃねさんは、ぼくの目の前に到着するや否や、ぼくの胸ぐらを掴みぐいと引き寄せた。
「いえ、そんなこと――」
「――たちゃねさま、誤解です。わたくしが少しお酔いになられたアーロさまをテラスの方へご案内したのでございます。外の空気を吸えば多少酔いも和らぐと思いまして」
ぼくが弁解しようとしたとき、あとから部屋に入ってきた灰我さんがぼくとたちゃねさんの間に入ってぼくの代わりに事実を述べてくれた。
「テラス席? なんやそうなんか」
そう言うとたちゃねさんはぼくのシャツを離してくれた。
たちゃねさまの捕縛から解き放たれたぼくは、その直後ドキッとした。
なぜなら、たちゃねさんのタンクトップの膨らみがすぐそばに確認できたからだ。タンクトップの胸元部分にはくっきり谷間もできている。出逢ったときからわかっていたのだが、たちゃねさんもSOWさんと同じく中々ボリューミーな胸の持ち主だ。レザー製のバイクスーツからでもその膨らみはバッチリ確認できていたし、実際、バイクスーツを脱ぎ捨てたたちゃねのそれは、巨乳の分野に入る代物だった。
「しっかし灰我、油断は禁物や。アーロ、澄ましたかわいい顔しとるけど、内心はなに考えとるかわかりゃあせん。テラスって外でどうせ暗いんやろ? アーロはあわよくばおまえを本気でたらし込もうと隙を伺ってたかもしれんき。外見は可愛くても心の中はオオカミってこともありうるんじゃ。アーロも男じゃけんの。のぉアーロ?」
「ははは」
笑うしかなかった。確かに人って心では何を考えているかわからない。実際今の瞬間もぼくはたちゃねさんの胸に関心がいっていた。
「でもやっぱし悪いのはアーロじゃ。わりゃ、そこそこ酒は強いって言ってたよな? それがワイン五杯で酔うとは何事じゃ、おぅ?」
お酒が強いと言った覚えはなかったが、ここでそれを否定するとまた怒鳴られるからぼくは「すみません」と謝った。
それにしても、あれだけ騒いで飲んで食べたりしていてもたちゃねさんはぼくが飲んだワイングラスの個数を覚えていた。なにか怖い……。
「酔いはマシになったかアーロ」
「はい、一応……」
「よっしゃあー! じゃあこの店でのラストワインで乾杯して、二次会に繰り出そうか!」
「イェー」
「は~い!」
それからみんな元の席に着きたちゃねさんの閉めの挨拶後乾杯し全員がワインを飲み干すと拍手で一旦オフ会は中断された。
その後灰我さんは会計のためチャイムを押した。
会計を済ました直後、お店のオーナーが和室にこられ、ぼくたちに挨拶してくれた。灰我さんのお父さんの友人ということで灰我さんと主に話していた。たちゃねさんは、オーナーの位置からすれば、一番奥の席に座っていたので、上半身はともかく、下半身の事情は分からなかったに違いない(そう祈る)。
ぼくたちも色々騒いでいたのでお店にご迷惑をかけたのではとオーナーに謝った。
オーナーは最後に灰我さんに「お父さんさまによろしく」と伝え退室した。
オーナーが退室すると我々は身繕いをし和室から出ようとした。
そのときちょっとした事件が起きた。それは、たちゃねさんが暑いということで、例のタンクトップとパンティで和室を出ようとしたからだ。
なんとかみんなでたちゃねさんを制止し、十分ほどかけライダースーツを着させ(ぼくは男ということでその行為には参加せず傍観)無事店をあとにすることができた。
二次会は、たちゃねさん、しるヴぃあさん、SOWさんの意見でカラオケに決定していた。
「――それなら」
と、灰我さんは、彼女の御用達のカラオケ店が駅前にあると言うので、お店を出たぼくたちは、駅の方角、つまりおっぱい山へ向かって歩き出した。
時刻は午後八時半を少し回ったところ。
さっきテラスで外気を吸い酔いも少しはマシになったと思ったが、最後のワインでまたぼくの酔いはぶり返していた。
なんだか踏みしめる道路が柔らかい。フワフワしている。
酔いのせいでそう感じるのか?
そんな状態で歩きながら前を見ると、たちゃねさんとしるヴぃあさんが、肩を組んでなにやらわめきながら賑やかに歩いている。
ぼくはというと、その二人から五メートルぐらい離れた後方を歩いていた。
SOWさんに左腕を組まれる状態で……。
「――本当に本当にアーロさんて彼女いないんですか~?」
店を出てからこの質問は三回目。お店の中でも二回ほどこの質問を受けていたからこれで合計五回目となる。
「いませんよ本当に」
「じゃあわたし立候補しようかな~アーロさんの彼女に~」
「はは、またまた冗談でしょ」
「わたし本気で~す。アーロさんをおっぱい山で一目見たときかときめき感じちゃったし、喋ってみてもアーロさんはわたしのダーリンにうってつけなのです」
SOWさんはそう言うと、ぼくの左腕に体を更に押し付けてきた。当たっている、確実にあれが当たってる。当たっているぞ、SOWさんの両胸が!
ぼくの左腕は、SOWさんに腕組みされているというより抱え込まれている。彼女の胸の間にぼくの腕がすっぽり挟み込まれていると表現した方がいいかもしれない。やばい。
やばいぞ。
いつもなら、普段のぼくなら、この状況はとても恥ずかしくSOWさんの腕組みを笑いながらごく自然に振りほどくのに、それをしない自分がここにいる。
お酒の影響なのだろうか、今日はぼくの雄性が今までの人生の中で最高潮に如実に膨らみつつある。ぼくは決してエロキャラではない。そのことは、今までのぼくの経験からを鑑みても断言できる。
だが、この女性ばかりの状況下、しかもアルコールが体内に入ったこの身体では、そのキャラがムクムクとぼくの常識、経験を覆いつつあることを否定、いや拒否することができなさそうなのだ。
常識はともかく、経験で語るなら、ぼくはこんな綺麗どころに囲まれたことなどなかった。
高校は男子校、大学でも女性との交流は皆無。ぼくの青春に女っけなどほとんどなかったのだ。
それが今夜突然女性――しかも成人女性、法律上お酒が飲める女の人ばかりに囲まれ、そして今、ぼくの左腕は柔らかいおっぱいに包まれているのだぁ!
どうもならないというのが男としておかしいであろう。
やばい、ぼくの常識と、もうひとつ言うならぼくの人格が崩壊しつつある。
ぼくは女性とまともにお付き合いをしたことがなかった。
中学二年のとき、同じクラスの女子から付き合ってほしいと告白され、そのコのことを女の子としてぼくも意識していたので快く承諾し、二回一緒に下校したり、休日に一度遊園地に行ったことはあったが、ぼくの父親の転勤でぼくは引っ越すことになり、そのコとは離ればなれとなってそのまま音信不通になり交際はそのまま終わってしまった。
高校は男子校ということもあり、その三年間女性と触れ合う機会は皆無となり、大学でもどこどこのクラブ、サークルにも属してしなかったぼくは、当然ながら女性との接点は希薄で、女の子とお付き合いなどしたことがなかった。しかしこれは言い訳に過ぎず、ぼくと同じ環境でも、積極的に女の子と接触を計り、彼女をゲットしている男はいくらでもいると推測できた。
ともかくぼくは大人な関係で女性とお付き合いしたことはない。
つまりだ、ぼくは女性の肉体的な魅力に対して耐性ができていない。慣れていないと言い換えてもいいだろうか?
そんなぼくに今の状況はとても刺激的でどうにかなってしまいそうな心地なのだ。
やばい! ぼくの左腕が、SOWさんの柔らかい胸に包み込まれている。女性の胸ってこんなに柔らかいのかぁ? はぁ 、こんなことなら半袖のシャツを着てきたらよかった。それならもっと直にこの感触を体感できたのに――
「――ごほん」
突然いきなり大きい咳払いが一つ。
「あっ」
気がついた。そうだった。SOWさんと真逆――ぼくの右側には灰我さんが並んで歩いているのだ。
「ごほんごほん」
また咳払い。ぼくはそちらへ顔を向けた。
「ひっ」
灰我さんがこちらを見ていた。
その視線の質はずばり軽蔑。
あれほど大きな瞳を持っている灰我さんのそれは今や、その半分ぐらいになっていて、冷たい光芒を放ってこちらを見据えていた。
見透かされている。
ぼくのいやらしい心を灰我さんは見抜いているに違いない。
「――もう、ぼく本気にしますよSOWさん」
そう言いながらぼくはゆっくりと静かに、できるだけ自然に、SOWさんの腕組みから左腕を抜いた。
「本気にして下さ~い」
「ははは、困ったな」
ぼくは灰我さんに笑いかけた。
「よかったですねアーロさま。かわいい彼女がおできになりまして」
と抑揚のないフラットな声を出した灰我さんは、ぷいっと前を向き歩き続ける。
「はは」
灰我さんは怒っている。ぼくはきっとだらしない顔をしていたに違いない。灰我さんは真面目。きっとぼくは軽蔑されたのだろう。
「――おーい、おまえらはよ歩け! 遅れてるぞっ」「ルゾ!」
たちゃねさんとしるヴぃあさんが肩を組んでこちらを見ながら叫んでいる。
ぼくは二人が一匹の大きな蟹に見えた。
「は~い、追い付きま~す。アーロさん、灰我さん、急ぎましょ~」
ぼくたちはたちゃねさんらの元へダッシュした。