15
オフ会が始まって二時間が経過した。
その頃になるとたちゃねさんは、ライダースーツを全身から脱皮するがの如く脱ぎ捨て、それを座椅子の背もたれにかけていた。今やたちゃねさんの服装は、上はの真紅のタンクトップ、下はこれまた真紅のパンティ一枚という真夏のビーチを思わせる露な姿となっていた。
ぼくは男だ。意識せざるを得ない。
が、たちゃねさんの下半身は彼女が立ち上がらなければ、ぼくが座る位置からはテーブルに隠れてみえない。
「――がはははっ、しるヴぃあ、わりゃあ飲める口じゃの。おー?」
「日本デモ美味シイワイン飲メテ私サイコー!」
初め、灰我さんばりに物静かだったしるヴぃあさんだったが、時間が経つにつれ、アルコール成分が全身に回り彼女のコアにも火が点いたようで、今やたちゃねさんにも引けをとらないテンションになっていた。ちなみにたちゃねさんは、座椅子を端に寄せ、直に畳の上に胡座をかいで座っている。 そんなたちゃねさんは、横に来たしるヴぃあさんの首に左腕を回し、ガハガハ笑いながら顔を接近させしるヴぃあさんとの会話を楽しんでいた。この頃になるとぼくと灰我さんとSOWさんは頭の布を取り外していたが、たちゃねさんらは、頭に巻いていた布をねじり鉢巻きにしてくくりつけていた。
「たちゃねサン、日和見部隊ッテイウチーム名ヲツケタ理由ハ何?」
「ああ、それかぁ……それが特に理由はねぇんだこれが! がはははぁ」
「ソウナンデスカア! キャハハハハァー」
凄まじすぎる二人のテンション。しかし今日しるヴぃあさんがいてくれて本当に良かった。彼女がいなかったら、ぼくかSOWさんか灰我さんの誰かがたちゃねさんの酒の相手にならなければならなかったのだ。そしてそれは可能性としてぼくだったような気がする。それがなぜだか説明はできないが……。
「――――あの、アーロさんて彼女さんなんかいたりするんですか~?」
「へ? い、いえ彼女なんていませんよぼく」
「そうなんですか~」
たちゃねさんとしるヴぃあさんのテンションはMAX級にハイだか、ぼくの隣にいるSOWさんも二人ほどではないが、かなりハイだ。――いや、それは「だった」と過去形で表現した方がいいか。丁度しるヴぃあさんが、たちゃねさんの隣に移動したぐらいからSOWさんのテンションは落ち着き始めぼくに話しかけてくれるようになった。
ぼくはSOWさんの問いかけに答え、そしてぼくの方からも彼女に質問したりすることを何回かラリーした。その会話の中でSOWさんの本名が、早馬千耶子ということも教えてもらい、またSOWさんもぼくと同じ阪急電車を利用してここまで来たということを知った。他にも彼女が働くメイドカフェにも来て下さいと誘いも受けた。
まぁ、席の位置からして、ぼくが一番近いわけだし、SOWさんと会話するのは、自然な流れだと思うのだか、なぜかSOWさんも自分の座椅子から離れぼくの座椅子すぐそばに畳に直に座ってぼくと会話したり料理を食べたりまたワインを飲んだりしている。
だからSOWさんの向こう側に目をやれば、空席の座椅子が二つ並んでいるのだ。
SOWさんは、ぼくの座椅子の肘掛けに自分の肘を置いて話しかけてくる。彼女は上半身をほぼぼくに向けていて、妙に顔が近い。ぼくは残った肘掛けに肘を乗せてできるだけ顔の距離を保とうと努力している。
ということで、変化は部屋の各地で起きている。
たちゃねさんの格好しかり、しるヴぃあさんのテンション、座る位置しかり、SOWさんの座る位置しかり。そしてもう一つ変化していることがあった。
それは、灰我さんのワインを飲むペースだ。
明らかに先ほどまでよりはやくなっている。
もうこの15分の間に、グラスワインを二杯おかわりしている。
「――おっ! 灰我も本領発揮か!」
と、たちゃねさんが灰我さんの飲みっぷりにつっこんでいた。
どうしたんだろうとぼくは首をひねる。
「――にしてもしるヴぃあは綺麗な顔しとるのぉ」
ヘッドロックのような体勢でしるヴぃあさんを捕まえているたちゃねさんが大きい声で言いはなった。
「いいや、わしもわれに負けんぐらいええ顔面しとるでぇ」
がははと笑いながらたちゃねさんは天井に向かってワイングラスをあおった。
あおってすぐさまたちゃねさんはそれをテーブルに置き、しるヴぃあさんの首に回していた腕を解くと、ゆっくり日和見部隊の面々を見渡す。
「それにしても改めてみんなを見てみると、この部隊は美男美女がそろっとるのぉ」
たちゃねさんは声のトーンを幾分か落として口にした。
(美男美女?)
ぼくは心の中で反芻した。
確かに女性陣を見ると、たちゃねさんは、口は悪いが、容貌は美人だし、灰我さんも申し分ない。しるヴぃあさんも初めてその容姿を拝見したとき、モデルじゃあないのかと思ったぐらいのスタイルと綺麗な顔立ちだ。SOWさんはどちらかというと美人というよりあどけなさが残る可愛いといった印象だが、目鼻立ちが整った美しい顔をしている。
でも、美男だって?
それはぼくのことを指すのか?
ぼくは今までの人生で美男とかイケメンとか言われたことがない。
「ソウネ、ミンナ綺麗ナ顔シテル」
しるヴぃあさんも同意する。
「――冗談でも嬉しいです。美男って言われて」
ぼくは頭を掻いて照れ笑いした。
「はぁ? わしゃあなんも嘘とか冗談で美男美女とか言うてないでぇ」
「女性の方たちはお綺麗な人が揃っていますが、ぼくはとても……」
「なんやアーロ、われ本気で、んなこと言うとんか?」
「ええ。今まで男前とかイケメンとか言われたことないので」
「眼鏡外して前髪上げてみぃ」
「はい?」
「眼鏡外して前髪上げてみってゆうとんねん」
たちゃねさんは、ぼくの顔を指さしながら言う。
「眼鏡、ですか?」
「おお、外してみ」
ぼくは言われるがまま眼鏡を外し前髪を上げた。
「ほうら見てみ。アーロは美男じゃ。ぬしゃあ、相当視力悪いじゃろ? だから度がきつい眼鏡かけてもうて目がちっちゃくなっとるんやわ。あと髪の毛切れ。もっとさっぱりした髪型にせぇ」
確かにたちゃねさんの言う通りぼくの視力は0・1を切っていて、髪型ももっさりしていた。というのも散髪は、ひどいときでは四、五ヶ月行かないときもあり、このときも三ヶ月ぐらい前に行ったきりの毛量だった。
「うわ~、やっぱりだぁ~。わたしもさっきから思ってました~。アーロさん、イケメンじゃないかな~て」
と、SOWさんがぼくの首元に笑いながら腕を回し抱きついてきた。そのときだった。テーブルに激しい衝撃音が鳴り響いた。
ぼくは、SOWさんがぼくに抱きついた拍子にテーブルの上のグラスを倒したのかと思い、ぼくは首を伸ばし自分のテーブル近辺に目をやった。でもグラスは倒れていない。
「灰我! コボレテイルヨワイン!」
しるヴぃあさんの声に反応してぼくは灰我さんの方へ視線を送った。
「!!!」
ぼくの視線の先――そこには、ぼくを見つめる灰我さんと、彼女の手から落ちたであろうワイングラスがテーブルの上で横たわってその中身をぶちまけている光景が広がっていた。