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女の中で男が一人  作者: 零位雫記
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「ーーじゃっ、順番に簡単な自己紹介していこか。自己紹介って言っても、別に本名や実年齢とか言わなくていいよ」


乾杯のあと、生ビールを一気に平らげたたちゃねさんの提案で、各々の自己紹介が行われることになった。

たちゃねさんはすでに生ビールのおかわりを灰我さん経由で注文している。


「自己紹介一番手は、リーダーからお願いしますよ~」


SOWさんがたちゃねさんに言った。


「そうかぁ?  じゃあおれからいこうかーー」


そう言ってたちゃねさんは立ち上がると、灰我さんの背後を通り、出入口のあるふすまの方へ歩みを進めた。そしてテーブルから少し離れたところで立ち止まり、我々の方を向いて自己紹介を始めた。


「えー、改めまして、おれがたちゃねです。出身地は広島。えー、なに言おうかな? あっ歳は、ゲームと一緒で今27。仕事は前までは中距離トラック運転手してましたが、今は倉庫でフォークリフト操って荷物の出し入れしてます。 趣味はバイク 。今乗ってるバイクはロードスターウォーリア 。って知らねーかみんな。ええっと、 他は何言おうかな。えっとなんか自分を紹介するって難しいな」


とたちゃねさんが何を言おうか悩んでいた時、店員さんがおかわりの生ビールを運んできた 。たちゃねさんはそれを立っている場所で直接受け取ると半分ぐらい飲んで自己紹介の続きを言い始めた。



「ーー そうだ、たちゃねっていうハンドルネームっていうのかなそのキャラにつけた名前のいきさつだけれど、おれ、本名立花あかねって言うの。 俺には弟が二人いて昔住んでた近所のおっちゃんやおばちゃんや弟の友達に『たちばなのねぇちゃん』と呼ばれたのがいつしか『たちねえ』『たちゃねえ』『たちゃね』となったの。おれそのたちゃねって呼び名気に入ってたからそれを OTQのゲームに使ったの。実際今でも実生活でそう呼ばれてるわ」


「へぇ~」


と SOW さんはたちゃねさんの話を聞いてぼくの横で何回もうなずく。

ぼくはたちゃねさんの今の自己紹介で驚いたのがたちゃねさんが実名を公表したことだった。たちゃねさんは今日のオフ会開催が決まった時も自分の携帯番号を素性もわからない僕たちに教えてくれた。ぼくだったらとてもできないこと。僕は戸惑う。

今からぼくも自己紹介をしなければならないが、本名を言うかどうか迷ってしまう。 本当にどうしよう?


「 ーー こんなもんでいいかとりあえず」


たちゃねさんはそう言って座椅子に戻ってくる。

ぼくたちはみんなで拍手した。拍手で迎えられたたちゃねさんが、すっと腰を降ろし座椅子の上であぐらをかぐとタイミングよく料理が運ばれてきた。


たちゃねさんは、グラスの半分になっていたビールを全て飲み干すと、料理を持ってきてくれた店員さんに生のおかわりを注文。


「大丈夫ですか?」


ぼくは思わず声をかけた。今たちゃねさんは三杯目のおかわりを注文したのだ。来店して10分ほどしか経っていないぞ。


「 ああ、ビールのこと? 大丈夫大丈夫。おれはアルコールに関して言えば底抜けだけど、よーけ飲んでも酒乱の癖とかないし、他人に迷惑になるような飲み方はしないからダイ、ジョウブ。ーーよし続きは誰する?」


「じゃあ私が自己紹介しま~す」


SOW さんが立ち上がりさきほどたちゃねさんがいた場所で自己紹介を始めた。彼女は21歳の大学2回生。実家は島根で、今は親元を離れ京都で一人暮らしをしているということだ。彼女の実家は地元でも由緒ある神社だそうで、将来的にはその神社を継がなければならないということ。だから今、神社を継ぐために必要な知識や階位(神主のこと?)を得るために新道が学べる専門の大学で勉強に励んでいるのだという。が、本人は親の目がない今は、大学にはあまり通わなくなっているらしく、その代わりにメイドカフェでの仕事に励んでいるというのだ。


「メイドカフェ?」


たちゃねさんがスットンキョウな声を上げ突っ込んだ。 ぼくも驚いた 。灰我さんも目を丸くしていた 。しるヴぃあさんがどういう反応を示したのかはぼくの座る位置からは確認できなかった。 でも納得できた。 SOWさんならメイドカフェの店員にぴったしだ 。ぼくはメイドカフェと言われる店に出入りしたことはなかったが、テレビで店の様子を撮影した映像は見たことがある。 店内にはメイド服を着用したメイド(ウエイトレス)がおり、彼女らはご主人様(お客)が帰宅(来店)するとその世話(接客)するのだ。

ぼくが見た映像に出ていたメイドは、もれなく若く童顔をで、もれなく声が高かった。それは今ここにいる SOWさんもそうだった。 SOWさんの自己紹介が終わり、次はしるヴぃあさん。しるヴぃあさんはイタリア人の25歳。本名もシルビアというらしい。


「アメリカ人かと思ったぜ!」


と、たちゃねは悔しがっていた。

ちなみにぼくはフランス人かなと予想していた。しるヴぃあさんは、母国イタリアでは彫刻や造形美術について学んでいたらしく、その過程で大学在学時に日本のフィギュア(プラモデル等)の世界を知るに至る。彼女は日本製のフィギュアの精巧な作りに感嘆。趣味として日本製のフィギュアを集めることになるのだが、次第に彼女の関心はそのフィギュアのキャラ、(キャラの名前はソウリュウアスカラングレー? と聞こえた)が登場するアニメに移り、その物語に共感し、そこから日本のアニメや漫画全般に興味を持つようになってそれ以来日本に渡ることを夢見ていて2年前それが実現 。彼女は現在神戸にある、とある大学の造形学部でキャラデザインを学んでいるのだという。

しるヴぃあさんは以上の事柄を片言の日本語で聞きづらい箇所もあったがそれは丁寧に丁寧に一生懸命ぼくたちに話してくれた 。ぼくたちは大きな拍手で彼女に迎えた。しるヴぃあさんが席に戻る時に二品目の料理が運ばれてきた。ちなみに一品目の料理はサラダだった。店員さんの説明によるとそれは1/4に切ったプチトマトと細かく刻んだ大量のレタス、そしてこれまた細かく刻み込んだ和歌山産の真鯵

マアジ

をワサビ醤油と和えた一品ということ。 ぼくは目の前に置かれたそのサラダをたちゃねさんの自己紹介終了直後一口食べたのだが、その美味しさったら過去に感じたことのないもので、ぼくは続いて自己紹介をする SOW さんが定位置につくまでの間で全て食べ終えていたぐらいのものだった。


「ーーブオーノ」


と、しるヴぃあさんはこのサラダを食した後大きな声で言っていた。ぼくの拙いイタリア語の知識でもこの発音の意味することが美味しいというイタリア語だということは知っていた。今運ばれてきた二品目にも期待が膨らむ。二品目はお椀に入ったスープ。お椀の中を注目して見るとそこにはお味噌汁が入っていた。お椀に鼻を近づけ確かめてみると匂いからもそうだとわかった。これはお味噌汁に間違いない。でも湯気が立っていない。普通お味噌汁は温かいはず。お味噌汁の手前には箸はなく木製のスプーンが添えられていた。みんなそれを使ってお味噌汁をすする。冷たい 。味噌汁は冷たかったがその味噌汁は酸味が効いており食欲をそそる。

運んできた店員さんの説明ですでにわかっていたが、この酸味の正体は梅。 梅と、それに火をかけて焼いた海老を殻ごとすり潰して赤味噌と一緒に溶かし込んでいるのだという。梅の酸っぱさと海老の香ばしさが味噌と相まってとても美味しい。ぼくはすぐにそのスープを飲み干した。もう一杯おかわりしたいぐらいだった。ぼくがお味噌汁を全て飲み干したのを見計らってか灰我さんが、


「アーロさま、わたくしがお先に自己紹介してもよろしいでしょうか?」


と尋ねてきた 。

ぼくは、はいお願いしますと灰我さんの申し出に応答した。

灰我さんは25歳の OL 。趣味は音楽鑑賞。

それだけの情報を開示しただけで灰我さんの自己紹介は終了した。


「ーーおえ? 灰我、それだけか?」


たちゃんねさんは灰我さんにもっと自己紹介するように催促したが、灰我さんはかぶりを振りこの後の皆様との会話で自分の事を披露していくと発言。


「 じゃあおれが少しお前のことを説明していいか?」


「えっ!」


灰我さんが目を見開きたちゃねさんを見る。


「いいじゃねえか。ここに来る前に俺に話ししてくれたんだろう」


「何をですか ~?」


SOWさんが目を輝かせたちゃねさんに尋ねる。


「今灰我は、 OL やってるって言ったが、具体的には社長秘書をやっている。なんかいやらしいだろ社長秘書っていう響き。社長と何かありそうだろ?」


なにが? なにがいやらしいの? なにかありそうってなにがあるの?


「 でも灰我は社長秘書だが社長とはなんでもない。いやらしい関係ではない」


当然でしょ? 別に全国にいる社長秘書たち全員が、仕える社長とどうこういやらしい関係を築いてはいないと思う。たちゃねさんの社長秘書のイメージはそうなんだろうか?


「ーーというのも、その社長てのが灰我の父親」


「エえ~ー!」


ぼくとSOWさんとしるヴぃあさんは声を合わせて驚いた。


「しかもただの社長じゃないき。灰我の父親はこの兵庫県下で展開している20ほどある書店を仕切る経営者で、数年前からは書店の経営の他、雑貨や文房具を扱う店を出店したり、最近では宿泊業も手掛けるようになったんだとよ」




「へぇ~ー!」


これまた3人で打ち合わせしたかのように声を合わせる。


「その宿泊業なんだが、現在兵庫県下で三軒あるらしく、今回おれが泊まるホテルってのがそのうちの一つのホテルなんだって。な、灰我?」


「ええ・・・・・・」


灰我さんは頷く。


「一連のことがなんでわかったかって言うと、おれが灰我とホテル前で出会ってチェックインの手続きを済ませて荷物を部屋に置いて灰我の元へ戻ってみると、灰我が中年の男性と喋ってるの。で、その男性、別れ際に灰我に向かって『お嬢様、社長によろしくお伝えください』って頭下げてホテルに入ってくる。おれは中年のおじさんとすれ違い灰我のもとへ行ってお嬢様ってどういう事って尋ねるわな。灰我はしどろもどろ。今の人だれっておれはしつこく追求。それでついに灰我は真相を言う。つまり自分は、父親で社長でもある人の社長秘書をしており、このホテルは父親が経営するビジネスホテルで、今の人はこのビジネスホテルの支配人って真相を話すにいたるんじゃ」


灰我さんはたちゃねさんの話を頷いたまま黙って聞いていた。

たちゃねさんの話はもうしばらく続き、灰我さんのお父さんは、本軸として兵庫県館書店を20店舗経営していて、だがしかし、昨今の書籍販売の不審からそれだけでは会社の経営が成り立たくなっていくということで、文房具、雑貨、果てや宿泊業にまで仕事の幅を拡げていったのだという。


「すまんな灰我、ペラペラ喋っちゃって」


たちゃねは舌を出した。

灰我さんは俯いたままかぶりを振った。


まあ灰我のことに関することはこんなもんだ。もう灰我の自己紹介はこれでいいだろ。次はアーロ。アーロよろしく 」


「うっわ、緊張する」


たちゃねさんの指名にぼくの心臓はぽんと一つ大きくはねた。ぼくはとても緊張していた。深呼吸をしてから自己紹介する場所へ歩いて行く。振り返ると四人が四人とも当たり前だがこちらに顔を向けていた。ぼくは自己紹介を始めた。


「エェヘー」


開口一番、声が裏返った。


「おい! アーロ緊急すな。落ち着け落ちつけ」


たちゃねが笑いながらぼくを茶化す。


「はい、すみません。ええっと、初めまして、ぼくは日和見部隊でアーロと名乗っています。その、あの、つまりぼくがアーロです」


「アーロって名付けたのあれか、弓矢の矢が英語でアローで、それを少しもじってアーロってか?」


「そうです 」


「がははははははぁ、単純。がははははははぁーー」


たちゃねさんは大きい口を開けて笑う。もう完全に出来上がっているたちゃねさんは。


「ぼくは大阪に住んでいます。実家で一人暮らししています。両親はいますが、二人とも赴任先のベトナムで生活しています」


このあとぼくは自分のことを説明した。この年大学を卒業し、しかしどこの企業にも就職できず、通っていた大学内の書店でバイトしていることをみんなの前で説明した。しかし小説家になりたいという夢は語らなかった。


「みんな自己紹介したな」


ぼくが自己紹介を終え席につくと、たちゃねさんがぼくたち見渡しながら言った。


「灰我、生のおかわり頼む。ーー今日も飲むぞー!!!」

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