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女の中で男が一人  作者: 零位雫記
11/25

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おっぱい山から10分ぐらい歩くと店に到着した。




「――おいおい灰我、この店か? おまえが会社の飲み会でよく使ってるってのがこの店? この店が今日予約してくれた店なのか?」




 たちゃねさんは、緊張した面持ちで、目の前にある店構えを見上げながら灰我さんに尋ねた。




「そうです。こちらが今夜わたしたちが食事しながら親睦を深める場所でございます」




 たちゃねさんが緊張した面持ちになった理由がぼくにはわかる。


 ぼくたちの目の前にあるお店は、平屋で白亜の宮殿のような外観で、正面の出入り口の両側にある、各四つ、合計八つの窓からは、オレンジ色の仄かな明かりが放たれている。時間がもっと進み、陽が地平線に完全に落ちれば、その明かりはこの一帯をもっとまばゆく美しく照らすに違いない。




「これ、居酒屋? お食事処?」




 たちゃねさんは肩越しに灰我さんに尋ねる。




「はい。こちら見た目は洋館ですが、中にはテーブル席の他、床が畳の和室もございます。なんでしたら、中庭にはテラス席もあります。オーナーシェフは元々フランス料理の調理人ですが、自作の創作料理にも力を入れており、食事も洋と和から選んで頂けます」




「そうか・・・・・・」




 呆然としながらたちゃねさんは答えた。


 このお店、会計は一人あたり五千円で足りるのか? ぼくは今回のオフ会の予算が五千円でも中々な金額だなと正直思っていた。なのに、目の前にあるお店の風格は、五千円でも足りないのではと不安をあおる。財布の中にはまだ一万円以上あるが、それで足りるのかと危惧するぐらい目の前にあるお店は、高級感に溢れていた。




「お部屋はどうなさいますか? テーブル席にしますか? それとも和室にしますか? テラス席でも構いませんが・・・・・・」




「おれはブーツ脱いで足くずしたいから和室がいいんだけどみんなはどうじゃけん?」




(お、おれ!? じゃけん!?)




 じゃけんは広島の人だからわかるけど、たちゃねさん、今自分のことおれって言った? ゲームのチャットでは「わたし」と自分のことを一人称で表現していたのに、「おれ」って確かに言ったよなぁ。




「わたしはリーダーに任せま~す」




「ワタシモ、リィダニ任セル」




 SOWさんとしるヴぃあさんはたちゃねさんに同調。




「ぼくも和室でいいですよ」




「アーロも和室でオッケイか。灰我は? 和室でいいか?」




「はい、構いません。――それではお店に入りましょう」




 灰我さんは五段ほどある階段を上がってお店に入っていく。ぼくたちは灰我さんから離れまいと、急いで彼女のあとを追った。


 出入り口には重厚な木製の扉があり、それは観音開きに開放されたままになっていた。ぼくたちはゾロゾロと扉をくぐり入店した。


 店に入ってすぐのところで灰我さんがレジのある受付にいる白のワイシャツを着用した女性の店員になにか話しかけていた。




「――17時に予約しているアオノです」




 と灰我さんの口から聞こえた。


 アオノとは灰我さんの本名だろうか?




「和室で食事をとりたいのですが、大丈夫でしょうか?」




「はい。和室のお席でもテラスのお席でも青乃さまのご希望に対応できるよう準備しております。お料理も和洋どちらでもご用意できます」




「わかりました。料理は席に着いてから選びたいと思います」




「かしこまりました。ではこちらへどうぞ。お部屋までご案内します」




 店員さんは和室までぼくたちを先導するため受付から出てきた。その直後店員さんは、ぼくら日和見部隊の全員を見渡し、目を丸くした。




「あっ、バンダナですか? お気になさらないで下さい」




 灰我さんは苦笑しながら店員さんに言った。


 そうか、ぼくたち、頭にもれなく布を巻いているんだ。店員さんが驚くのも無理ない。




「で、ではご案内いたします」




 店員さんが歩き始めた。ぼくらもそれに続く。


 歩きながら店内を見渡すと、まず大きいホールがあり、そこには正方形のテーブルが間隔をだいぶあけて十ほどあった。天井は高く、その天井には大型のシャンデリアが一列に等間隔でぶら下がっていた。その三つのシャンデリアが、広いホールを淡く照らしており、テーブル各々にも明かりが点いたろうそくが刺さる燭台一つが置かれている。テーブル席には、まだお客さんの姿はなかった。ぼくたちはホールの中央を横断し、細い通路に行き着いた。店員さんはそのまま細い通路に入っていき、T字路までくると右手に折れた。折れると通路はすぐに終わり、その左右に引き戸が確認できた。その左側の引き戸を店員さんは両手で静かに開けた。




「どうぞこちらでございます。脱いだお履きものは下駄箱に入れず、そのままにしてお部屋にお入り下さい」




 店員さんは少し身を屈め、我々に入室を勧めてくれる。


 灰我さんがまず中に入り、たちゃねさん、SOWさん、しるヴぃあさん、そして最後にぼくが引き戸をくぐった。


 店員さんの言うとおりそこには下駄箱があるスペースがあった。そのスペースだけでもぼくたち全員が靴をぬいでも窮屈ではない広さがある。灰我さんがまず靴を脱ぎ終わり部屋に入っていく。


 襖は開いており、ぼくは靴をぬぎながら部屋の様子をみた。


 部屋は奥行きがあってかなり広い。実際部屋に足を踏み入れ、畳の数をすばやくかぞえてみたら十八枚あった。


 部屋の中央には木でできた分厚い長テーブルがあって、向かってその左右の二辺に三つと二つ、合計五つの座椅子が置かれていた。




「リーダーであるたちゃねさまは一番奥へどうぞ。わたくしは注文する係としてこの端の席に座らせていただきます。あとの皆様はお好きな席にお座り下さい」




 灰我さんの指示に従い、たちゃねさんはテーブルの向かって右側の一番奥の座椅子に座り、ぼくは自然とたちゃねさんの向かいの席に座ることとなった。ぼくの横にはSOWさん、その横にしるヴぃあさん、たちゃねさんの横に灰我さんが着席することになった。


 室温は、ぼくに関して言えば、寒くもなく暑くもない丁度いい温度に感じた。




「灰我、ここメニュー表ないの?」




 たちゃねさんはテーブルの上をキョロキョロし、メニュー表がないので尋ねたのだろう。確かにテーブルの上にも部屋のどこにもメニュー表はなかった。




「本日はまず、洋風と和風のコースから一つを選択していただき、そのコースに沿って五品ほどの料理が順に出てきます。もしそれでも足りない場合は、メニュー表を持ってきてもらい、自由に料理を注文していただけます」




「あそう。じゃあ料理は自動で出てくるんだ。じゃあ飲み物だな。ここって生あります? 生ビール」




「ございます」




 ぼくたちのあと最後に入ってきた店員さんがテーブルの傍らで正座して答えた。




「じゃあおれ、生ビール下さい。みんなも適当に飲みもん頼もうや。おれ喉渇いてしゃあないわ。メシ来る前に先にとりあえず乾杯しようや」




「ワタシモ生ニスル」




 と、しるヴぃあさんも生ビールを注文。




「わたしは酎ハイがいいんですが~、酎ハイはどんな種類がありますか~?」




 SOWさんが店員さんに尋ねる。




「レモンとグレープフルーツがございます」




「じゃ~、酎ハイレモンお願いしま~す」




「かしこまりました」




「わたしは、シャトー・パプ・クレマンをグラスで」




「あの、いつものようにボトルをお持ちしなくてもいいですか?」




「はい、グラスに注いで来て下さい」




「かしこまりました」




 灰我さんは店員さんにむかって意味不明の言葉を発したが、店員さんはなんの躊躇もなく了解した。




「アーロはどうする? 生でいいか?」




 たちゃねさんが真っすぐこちらを見て訊いてきた。




「あの、ぼくは、ワインがいいんですが・・・・・・」




「ではアーロさま、わたしの注文したワインはどうでしょう? 白のワインでとても美味しいですよ」




 灰我さんは、こちらを凝視しつつ勧めてくれた。




「じゃあぼくもそれでお願いします」




「では、生ビールがお二つと、シャトー・パプ・クレマンのグラスがお二つ、それと酎ハイレモンがお一つでよろしいですか?」




「はいぃぃ。それでお願いします!」




 たちゃねさんが大声で返事する。




「洋風、和風、お料理はどちらのコースにされますか?」




 店員さんはぼくたちを見渡しながら尋ねる。




「みなさま、どうしましょう? 洋風料理か、和風料理、どちらになされますか?」




 灰我さんがみんなの意見を聞く。




「おれはどっちでもいいぜ。しるヴぃあは和風より洋風がいいかもな」




「イエ、ワタシデキタラ和風ガイイデス」




「おっそうか。じゃあ和風コースにすっか。みんなどう? 和風でいいか?」




 灰我さんもSOWさんもぼくも和風コースみ同調した。




 店員さんは注文を聞き終えると襖を閉めて部屋から出て行った。




「――ところで灰我、ここの支払いって五千円で足りるの?」




 店員さんがいなくなると同時に、たちゃねさんは横を向いて灰我さんに尋ねる。


 ぼくもそこのところが心配だった。今頼んだワインの銘柄も今まで耳にしたことがなく――というか、ぼくはこれまで外食や友人とたまに飲みに出かけても、具体的な銘柄でワインを注文したことがなく、「デカンタ」とか、単純に「グラスワインの白」という表記のメニューがあるお店にしか行ったことがなかった。




「大丈夫です。今日は五千円で食べ放題、飲み放題のコースで予約を取りましたから。和風コース終了後でもどれだけお食事されても五千円を上回ることは決してございません」




「この店の風格で、飲み放題、食べ放題ってあるんだ」




「はい」




「仮に飲み放題、食べ放題だとしても一万円以上はいるぜ、この店構え」




「わたくしを信用してください。大丈夫です。もしお支払い時に五千円を超えることがあるようならば、わたくしが不足分をお支払いいたします」




「いやいやいや、そこまでしなくてもいいよ。てゆうか灰我のことは信用してるよ。信用してるけどちょっと心配になってよ。まさか今日のオフ会の開催場所が、こんな格式高そうな店だと思わなかったから・・・・・・」




 ぼくは、たちゃねさんと灰我さんのやり取りを、眼球を右へ左へ動かし観察していた。


 この二人、もしかしてこの日より前に出逢っているのではないだろうか? 初対面にしてはあまりにも遠慮がない(一方的にたちゃねさんの方だが・・・・・・)。それに待ち合わせ場所にも二人揃って来たし。




「あの・・・・・・」




 ぼくは疑問をぶつけることにした。




「あのお二人は、以前どこかで顔を合わされたことがあるんですか?」




「なんで?」




 たちゃねさんが、灰我さんからぼくに視線を変えた。




「いえ、その、あまりにもお二人が親しげに会話されていてので・・・・・・」




「ああ」




 とたちゃねさんは二、三度頷いた。




「まぁ、おまえたちよりは灰我とは先に出会ってるわな」




「えぇ~! そうなんですか~?」




 SOWさんが、ぼくの隣で驚きの声を上げた。




「いつからですか? いつからお二人は知り合いなんですか?」




 これはぼく。




「ええっと、大体一時間ぐらい前からかな。なぁ灰我?」




 またたちゃねさんは横を見る。




「そうですね、大体一時間前です」




「一時間前? 一時間前ってどういうことですか?」




 ぼくはたちゃねさんに質問する。




「いやな、灰我が予約してくれたホテルにバイクで到着したら、そのホテルの入り口に女が一人立ってるわけ。それが灰我だったの。灰我、わざわざおれが無事にホテルに到着できるか心配で待っててくれたんじゃ。で、おれはホテルにチェックインして、そこから灰我と一緒におっぱい山まで来たってわけ。その道中、色々話しながらおっぱい山まで来たから、おまえらよりは多少旧交は温めてるわな。なぁ? 灰我」




「そうですね」




「ははは、そうだったんですか」




 ぼくは笑った。


 そういうことか。ぼくたち――ぼくとSOWさんとしるヴぃあさんがおっぱい山で出逢って歓喜している数十分前に、たちゃねさんと灰我さんは対面しており、おっぱい山まで来る間に会話をしてある程度の意思疎通を図っていたのか。


 だからこのお店に入るときも、「灰我の会社の飲み会でよく使っているっていうのが、このお店?」って言えたんだ。でもそれにしても出逢って一時間だろ? にしてはお互い相手に対して遠慮なく意見を交わしている。




「それに―」




 たちゃねさんは続ける。




「それに不思議だったのは、ホテルに到着してそのホテルの前に立っていた女が、一目見て灰我だってわかったこと。日和見部隊の参謀的存在、灰我が現実世界に現れればあれだってわかった。だからおれはなんの躊躇もなく、『あんた、灰我だろ?』ってバイクを目の前で止めて聞いたの。そしたら『はい、灰我です。たちゃねさまですね? お待ちしておりました』って頭下げるじゃない。やっぱり灰我だったって当たり前のように納得した。それはあんたたちも一緒だよ」




「えっ?」




 ぼくは疑問の表情をたちゃねさんに向けた。




「あんたがアーロって一目見てわかった。SOWもそうだ。ただ、しるヴぃあは予想外だった。内気で無口な女とは思ってたけど、まさか外人だとは思わなかったぜ、はははー!」




「そうなんですか・・・・・・」




「そりゃそうさ。二年間も一緒におんなじゲームをチャットしながらやってきたんだ。大体みんながどれぐらいの年齢で、どういう感じの人間かってことは、ある程度わかるってもんだぜ」




「・・・・・・」




 ぼくは無言でたちゃねさんを見つめる。


 たしかにたちゃねさんの言うとおりだった。


 二年という長い間、メンバーとチャットしていれば、みんなのパーソナリティーは大体予想、分析できるかもしれない・・・・・・。でもぼくの場合、たちゃねさんに関して言えば、男性かもしれないと想像していたし、実際おっぱい山にてマサキという全く別人の若者に声をかけてしまった。ぼくは人を分析する能力が低いのかもしれない・・・・・・。




「――失礼します」




 独りクヨクヨしていると襖の向こうから声がした。




「おっ、飲み物がきたか!」




 たちゃねさんが目を輝かす。




 襖が開き、さっきの店員さんともう一人男性の店員さんが、トレーに飲み物が入ったグラスとおしぼりを乗せて部屋に入ってきた。グラスとおしぼりがメンバーの前に配られていく。




「料理はこのあと順次お持ちいたします。あと、追加のお飲み物のご注文は、そちらにあるスイッチを押していただくと、スタッフの者がまいりますので、そのときご注文下さい」




 スイッチは灰我さんの背後の柱に取り付けられていた。


 店員さんは、我々に室内の温度設定の方法も教えてくれて、一連の説明を終えると部屋をあとにした。




「早速乾杯しよや。灰我、すまんが、乾杯の音頭とってもらってもいいか?」




「わたくしでよろしいのですか?」




「おお、頼むわ」




「では――」




 灰我さんはお手ふきで手のひらを拭い立ち上がると、屈んで赤ワインが入ったグラスを手にした。




「高いところから失礼いたします。只今日和見部隊のリーダーたちゃねさまより乾杯の発声のご指名を受けた灰我と申します。これより日和見部隊のオフ会を開催したいと思います。みなさま恐縮ではございますが、お手元のグラスをお持ちください」




 みな、目の前のグラスを持った。




「グラスの準備も整ったようですので非常に簡単ではございますが、乾杯に移りたいと思います。みなさま、今日は飲んで食べて大いに語り盛り上がりましょう。では、乾杯!」




「かんぱぁぁぁい!!!」




 灰我さんの号令の下、日和見部隊のオフ会がスタートした。


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