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ぼくが二人の間近まで来ても、少女の方はまだ異国の人の手を握りしめたまま飛び跳ねていた。
「――やった~! しるヴぃあさんだ~! しるヴぃあさんに逢えた~!」
少女はそう言いながら跳ねていた。
ぼくはそんな二人の側面から声をかけた。
「あの、すみません!」
「ほえ~?」
少女は跳ぶのを止めるとぼくの方へ顔だけ向けた。異国の人もだ。
「ああ、あのぉお、もしかしてお二人は、日和見部隊のメンバーの方ですか?」
出だしの声が裏返ってしまった。
「もしかして~、君、アーロじゃない?」
「はい! ぼくアーロです! シューターのアーロです!」
「わぁ~、アーロだぁ! アーロにも逢えた~!」
少女は異国の人の手を離すと替わってぼくの手を強引に握ってきた。そしてまた飛び跳ねだした。
ぼくはなされるがまま、少女のジャンプを笑顔で見続けた。ぼくの腕は激しく上下する。少女がたすき掛けしているポシェットもその動きに合わせてピョンピョン小動物のように跳ねている。
「わたし、SOWで~す。正式、名称は、SOW、10、08(ソウ、イチマル、マルハチ)で~す」
少女は飛び跳ねながら自己紹介してくれた。
「あなたがSOWさんですか?」
「そうで~す!」
ここでSOWさんはジャンプするのを止めた。
「で、こちらが、しるヴぃあさんで~す」
SOWさんが両方の手のひらを異国の女性に向けて紹介してくれた。
「ドウモ、初メマシテ、しるヴぃあデス」
「どうも、アーロです」
ぼくはお辞儀した。それから頭を上げ、しるヴぃあと名乗った女性に向き直った。まさかOTQに異国の人が参加しているとは。ぼくはその点で驚いた。留学生だろうか? 年の頃は、二十歳はたちは越えていることは間違いなさそう。
外見は、緑のバンダナを独自のアレンジで頭に巻いており、どう巻いたのか不明だが結び目が二つ確認できた。バンダナからは、金色の髪の毛が溢れ出ており、それが背中をの中頃まで伸びていた。金色の髪は、陽の光によってキラキラ輝いている。キラキラ輝いているといえば、彼女の瞳もキラキラと輝いていた。緑色に。エメラルドという宝石をぼくは直じかに見たことはなかったが、きっとこういう光芒を放っているのだろう。全身に目を移せばしるヴぃあさんは長身だった。ぼくの身長は178㎝なのだが、しるヴぃあさんもぼくと同じぐらいの身長があるのではないだろうか? 鼻梁も通って高いしまさにモデルだ。充分モデルでも通用するこの人は。というかモデルではないだろうか? 服装もモデルばりの着こなしで、上は白のノースリーブの厚手のパーカー、下は白っぽいデニムのショートパンツ。履物は白のスニーカーだ。その下のショートパンツだが、ちょっとショート過ぎる。
丈など殆どないに等しく、白い太股だ目立って目立ってぼくは目のやり場に困った。目のやり場に困るといえばSOWさんも同様だった。彼女は身長はしるヴぃあさんとはうって変わってとても低い。150㎝ぐらいだろうか。でも。でもだ。でも胸がとても大きいことはよくわかった。ぼくの手を握ってジャンプしているとき、ワンピース越しにユサユサしていたから。胸が。見てはいけないと思いつつも目の前で残像するそれが気になってぼくはちら見していたのだ。
まさにおっぱい山にふさわしい人。しかしそれ以外は高校生、いや、中学生といっても通用するのではといった感じだった。うっすらと顔に化粧を施しているのはなんとなくわかるが、もしすっぴんだったら間違いなく周囲には中学生と思われるだろう。しかもぼくやしるヴぃあさんと出逢って手を握りジャンプするあどけなさも持ち合わせている。
「でもぼくのこと、よくアーロってわかりましたよね?」
視線をSOWさんに移し質問した。SOWさんは、一目見てぼくをアーロと見破った。なぜだろう?
「だって、アーロは男でしょ~。だからわかったの~」
「でも女性が男のキャラを作成していることだってあるわけじゃないですか」
「えぇ? そうなの?」
SOWさんはきょとんとした表情を浮かべた。
「――ネナベ」
突然しるヴぃあさんが意味不明の言葉を発した_
「ねなべ?」
ぼくは聞き返した。
「ネナベ。意味ハ、オンライン上ノ出会イ系サイトヤゲームデ、女性ガ男性ノフリヲスルコト。逆ニ男性ガ女性ノフリヲスルコトハ、ネカマ」
「へぇー」
ぼくは頷いたが、意味がよく理解できなかった。SOWさんもどうやらそうらしく、ぽけぇとしるヴぃあさんをみつめていた。
「まっ、とにかく五人のうち三人が無事合流できました。あとはたちゃねさんと灰我さんを待つだけですね」
ぼくは話を変えた。
「そうですね~。早く逢いたいな~」
SOWさんは額に手をかざし、辺りをキョロキョロし出した。
「あ~!」
SOWさんの甲高い声が広場にこだました。
「あれあれあれあれ~」
SOWさんは駅とは反対側の方向を指さした。
ぼくとしるヴぃあさんもそちらに目を向ける。
「ああっ!」
叫んでしまった。
女性が二人、こちらに横に並んで歩いてくるのが確認できた。二人ともバンダナかスカーフで頭部を覆っている。もうこれは間違いない。
ぼくとしるヴぃあさんもSOWさんにならった。
「日和見部隊の人ですか~?」
SOWさんが走りながら問いかけた。
「おお、そうだあ!」
向かって左側を歩く女性が、大きい声で返事した。
(あの人がたちゃねさんだ)
今度は間違いない。左側にいる、見た目からして25、6歳の少しワイルドな長身スレンダー女性は間違いなくたちゃねさん。
ぼくが抱くイメージ通り声は大きいし、服装も過激な赤のタンクトップに下は黒光りしているレザーパンツ。・・・・・・いや、あれはいわゆる「ツナギ」と呼ばれるライダースーツでは? ツナギの上半分は脱いだ状態で、その袖の部分は、腰からお腹の前でベルトのように結びつけられている。たちゃねさんはバイクで広島から三宮まで来るとこの前のチャットで言っていた。ヘルメットは持っていなかった(ホテルに置いてきたのだろう)が、あの出いで立ちはまさにライダー。頭には結び目が後頭部から胸元まで長く垂れ下がっている赤のバンダナ。色はタンクトップに合わせたのだろうか?
左側の女性がたちゃねさんさんなら、もう一人の人が、灰我さんということになる。
灰我さんもたちゃねさんと同年齢ぐらいか。が、漂う雰囲気は真逆だ。その女性は落ち着いた紺色のロングスカートをはき、上は襟えりの部分は白色だが、あとは薄い青のワイシャツを着用している。頭には巻いているのはスカーフのようで、その色は、たちゃねさんと同様に服に合わせたのか濃紺だった。そのスカーフの巻き方なのだが、ぼくを含め彼女以外の人たちは、海賊みたいに布を頭部全体に覆っていたが、灰我さんはスカーフを細く折りたたんでいるようで、その両端を襟足から頭頂部に向けて持っていき頭のてっぺんで結んでいる。
手にはこれまた群青のクラッチバック。漆黒の髪の長さは、腰ぐらいまで
達しているだろうか。風になびくそれが、彼女の脇腹から時折見えた。
それにしても不思議だったのは、二人がまるで別の場所で一旦待ち合わせをしてそれから二人してこのおっぱい山に来たような雰囲気があったことだ。別の場所で待ち合わせることを事前に連絡し合っていたのだろうか?
ぼくら三人はすぐに二人にたどり着いた。SOWさんは早速まず左側の女性の手を両手で握った。
「たちゃねさんですよね~!」
「おお、そうだ! よくわかったなぁ」
「わかりますよ~。リーダーの匂いがプンプンしましたもん。で、こちらが灰我さん――」
SOWさんはたちゃねさんの手を離すと右側の女性の手を握った。
「は~いがさん!」
「初めまして、灰我です」
灰我さんは微笑した。
予想通りだった。左の人がたちゃねさん。右の人が灰我さん。
「――あなたは、もしかしてSOWさま?」
灰我さんはSOWさんを見つめ尋ねた。
「わかっちゃいました~。そうです、わたしがSOW1008です」
「で、うしろにいる人たちが――向かって右側にいる人がアーロさま。左側にいる人がしるヴぃあさまですね」
間髪を入れず灰我さんは、SOWさんのうしろに立っているぼくとしるヴぃあさんに視線を送りながらぼくらの正体を言い当てた。
「そ、そうです。ぼくがアーロ。こちらがしるヴぃあさんです。よろしくお願いします」
ぼくは辞儀した。
辞儀から顔を上げると、灰我さんと目が合った。
「アーロ・・・・・・さま?」
「はい、ぼくアーロです」
灰我さんは無言。無言でぼくをじっと見つめる。なんだか照れる。ぼくは視線を外した。
「一、二、三、四、で、五と。みんないるってことか。全員集合完了だな」
たちゃねさんがみんなを見渡しながら言った。
「しっかしまさか日和見部隊に外国人がいたとはなぁ」
たちゃねさんはしるヴぃあさんに顔を向けて言う。
「まっ、お互いの自己紹介は居酒屋に行ってからゆっくりしようや。もう喉渇いてしゃあない。はよビール飲みたい。灰我、店の案内よろしく!――灰我?」
「えっ! あっ、はい、そうですね。お食事処までわたくしがご案内します。――こちらです」
灰我さんはそう言うと駅とは真逆――今、たちゃねさんと灰我さんがやってきた方へと歩き出した。
ぼくたちはたちゃねさんを先頭に一列になって灰我さんに続いた。