099_四人の天女(Четыре нимфы)
”歳星の間”を覆う天蓋は、ジイクとアアリの魔術によって透過されている。天蓋の外に広がるのは、月と、雲の群れだった。
錫杖を右手に、純白の宝玉を左手に持って、シャンタイアクティの巫皇・ペルガーリアは、”歳星の間”の東に立つ。広間の窓という窓、扉という扉は全て開け放たれ、外からの湿った風を受け、ペルガーリアの緑の黒髪は、豊かに靡いていた。
ペルガーリアは、唇をひき結んで立っている。視線は、雲の合間から漏れる月明りに注がれ、微動だにしなかった。たてがみのようになびく髪と、背筋をまっすぐにして立つ彼女の威容は、
獣王
のような尊厳を帯びていた。
その反対側、”歳星の間”の西には、ウルトラの巫皇・プヴァエティカが立っている。プヴァエティカは、両手をみずからの腰の高さで横に開き、床に渦巻く魔法陣を見据えていた。切れ長の青い瞳を半眼にし、金色の長い髪が風に乱れることも構わず、プヴァエティカは魔法陣に、視線を注ぎ続ける。
もし、プヴァエティカの傍らに人がいたならば、その人は、彼女の精神が魔法陣に共鳴し、深いところに沈潜している彼女の本能が、今にもその本性を顕わにしようと、声にならない声を上げていたことに気付いただろう。それは、深い海の底に眠る
鯨
が、やにわに目覚め、海魚の怒りに満ちて、水面へとまっすぐに浮上を試みるかのような、静かな、ぎりぎりの欲望に満ちていた。
しかし、その強さは、まだ発揮されるべきではない。それを一番よく分かっているのも、ほかならぬプヴァエティカ当人だった。
魔法陣から立ち上る七色の光は、それぞれに交差しながら天へと上り、月光に透かされ、世界へ発散する。人の狂気は、ロゴスに漂白されて、天の正気へと置き換わる。“歳星の間”の北に立ち、その様子を見届けるのは、先ほどに即位灌頂の儀を全うしたばかりの、チカラアリの新たな巫皇・フランチェスカだった。
魔法陣を通じて、みずからの霊性が引き出され、世界と一体化していくかのような感覚に対して、フランチェスカはその全身を委ねていた。その落ち着いた様子は、密林に憩いつつも、世界の広さと豊かさに、畏敬のまなざしを注ぎ続ける
象
を連想させた。
フランチェスカは、ふと正面に目を戻す。“歳星の間”の南には、最後のひとりが立っている。黒くて長い髪に、黒い肌を持った少女は、つぶらな緑の瞳を、不安げに震わせている。しかしそれは、臆病さに由来するものではなく、優しさに由来するものだった。ビスマーの巫皇・エリッサは、基督に従う
羊
のように、柔和であり、純真であった。巫女が備えていなければならない、最初にして最大の資質を、エリッサは確かに備えていた。
フランチェスカは、エリッサと目がばっちり合った。フランチェスカは照れくさくなったが、エリッサもまた、同じようにはにかんでいた。
“歳星の間”は広く、お互いは離れていたが、フランチェスカはエリッサを身近に感じ、エリッサもまた、自分を近くに感じてくれているのだと、フランチェスカは理解していた。




