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ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第5章:時間と自由(Опыт о непосредственных данных сознания)
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088_私は大丈夫(Я буду в порядке.)

 アアリが、扉を開け放つ。


 扉の前には、準騎士たちが立ちすくんでいた。彼女たちの唇は、固く引き結ばれている。まるで、アアリに射すくめられ、身動きが取れないでいるかのようだった。


 準騎士たちひとりびとりに、クニカは目をやる。準騎士たちは四人いて、全員、クニカの知る者たちだった。先頭にいるエリカと、その側に寄り添うキーラは、シノンに付き従って、クニカたちを星誕殿(サライ)にまで連れてきた準騎士である。その後ろには、クニカから“祝福”を懇願した、サーシャとリーリャがいる。


「チャンスを与えたつもりだったのよ」


 アアリの“心の色”が、赤く(きら)めく。双子の姉のジイクも、アアリの怒りを感じ取ったようだった。寄り添うようにして、妹の半歩後ろまで、ジイクも進み出る。


「はしたないと思わないの? 聞き耳を立てるなんて。何か言いなさい」


 準騎士たちは答えない。


「何か言いなさいよ」


 彼女たちは、墓石のように黙りこくったままだった。


「恥を知りなさい」


 そう言い放つと、アアリは部屋を抜けようとする。ジイクも後に続こうとする。


 しかし青ざめた表情のまま、準騎士たちは立ち尽くしていた。使徒騎士の二人を前にして、彼女たちは、道を譲ろうとしなかった。


 アアリの“心の色”が光る。灰色の光だった。


「あなたたちは――」

「は……は」


 キーラが声を上げる。声は上ずっており、“心の色”は灰色に(よど)んでいた。キーラはエリカの腕に、ほとんどすがりつくようにして立っていた。


「恥ずかしいのは……どっちですか」

「何ですって」

「クニカ様を、使徒騎士にするなんて」


 キーラの肩に、エリカが手を貸す。


「イリヤはどうなるんですか」

「私とジイクは、クニカの使者としてここに遣わされたのよ」

「イリヤはどうなるんですか」


 エリカの声は、ほとんど叫びのようだった。ジイクとアアリも気圧されたのだろう。二人はお互いに目配せし合う。


 しかし、そんな二人の仕草は、言葉で語るよりも多くのことを、準騎士たちに仄めかしてしまっていた。


「かわいそうだと思わないんですか?」


 エリカの瞳から、涙がこぼれる。


「“黒い雨”で、先輩たちは死んでしまった。イリヤの先輩だって。本当なら、イリヤはとっくに、騎士になっていいはずなのに。『早く騎士になるんだ』って、いつも言ってるのに」


 “歳星の間”で、背筋を伸ばして、オリガに異議を唱えていたイリヤのことを、クニカは思い出す。屹然とした振る舞いの裏側で、イリヤは騎士になる機会を逸し、一番身近なはずの先輩を喪っている。


「ジイク先輩、アアリ先輩、お願いです」


 すすり泣くエリカの手を、リーリャが握りしめる。


「一言おっしゃってください、『イリヤを騎士にする』って」

「今、ここで決められることではないわ」

「だから、お願いしているんです」


 サーシャも畳みかける。


「使徒騎士の皆さまで、話だけでも……」

「当面の(かん)、イリヤは騎士にはならない」


 そのとき、ジイクが口を開いた。ジイクの口調に、気負った様子はなかったが、そうであったがために、言葉の響きは異様だった。クニカの全身も総毛立つ。ジイクとアアリを除き、この場に居合わせた全員が、凍り付いてしまったかのようだった。


「『当面の(かん)、イリヤは騎士にしない』。クニカを使徒騎士に昇叙させるよりもずっと前に、巫皇(ラ・ワン)と、ウチらで話し合って、もう決めている。アアリはさ、優しいからさ、キミたちに、そのことを言わないようにしてたんだ」


 ジイクが話している間にも、準騎士たちの表情は蒼白になっていく。


「『巫皇(ラ・ワン)の命令は星よりも重い』。分からないあなたたちではないでしょう?」

「撤回してください」


 エリカが言った。


「あの場に居合わせた者たちは、誰も決定に異を唱えなかった。星の定めを覆そうとすれば、私たちに義はない。ちょうど、あなたたちの申立てに義がないのと同じように――」

「そんなのは……認められません」


 サーシャは一歩前に進み出て、エリカとキーラに並ぶ。


巫皇(ラ・ワン)への背反よ、あなたたちの行いは」

「イリヤの騎士昇叙が認められないのなら……」


 リーリャも足並みを揃える。エリカ、キーラ、サーシャ、リーリャの四人は、横一列に並び、ジイクとアアリの行く手を、完全に塞いでしまった。


「私たちは、ここから一歩も動きません」

「キミたちの総意かい?」


 ジイクの問いに、四人は一斉に頷いた。


「ハハハ」


 それを見届けると、ジイクは笑って、クニカとリンの方を向いた。


「すまんね、クニカ。内輪ネタばっかりだ」


 クニカは何も言うことができなかった。


「悲しいね、アアリ。どうやらウチらは、後輩ちゃんたちからは、もう愛してもらえないみたいだ」


 ジイクの言葉に、エリカとキーラとが、お互いに顔を見合わせる。


「そんな……」


 キーラが口を開いた。


「わたしたちは……そんなつもりは」

「騎士に昇叙した以上は、準騎士以下を愛さなければならない」


 アアリが言った。


「あなたたちが、道を踏み外さなくても済むように、私たちは愛し続けなければならない。でもね? それでももし、あなたたちが一歩も退かないというのならば、私たちはもう、あなたたちを愛してあげることができなくなってしまう」


 アアリは床に膝をつくと、準騎士たちを前にして、頭を垂れる。


「エリカ、キーラ、サーシャ、リーリャ。お願い。私とジイクに、あなたたちを愛させて」

「――待ってください!」


 そのとき、四人の準騎士たちの後ろから、声が聞こえてくる。イリヤだった。


「イリヤ?!」

「みんな、どうしたの?」


 イリヤは尋ねる。しかし、扉を塞ぐようにして立つ四人と、その正面で膝をついているアアリを見て、イリヤは全てを察したようだった。


「アアリ先輩!」


 準騎士たちの間を通り抜け、イリヤはアアリに近づく。


「どうぞ立ってください」


 アアリが立ち上がり、膝の辺りを払う間、イリヤは振り返り、四人を見る。うつむきがちになっている四人を見て、イリヤは息を吐く。


「私がやりました」


 ジイクとアアリに向き直ると、イリヤは言った。


「どうしても騎士になりたかったので、私は、エリカ、キーラ、サーシャ、リーリャを、ジイク先輩と、アアリ先輩のところまでけしかけました。悪いのは私で、四人は悪くないです」


――それで、騒動の原因は?

――(シン)(シア)、私です。


 “歳星の間”で騒動があったとき、ペルガーリアの追及に応じたのは、オリガだった。


――後輩たちの(しん)を、預かることができませんでした。


 クニカは状況を重ね合わせる。オリガがそうしたように、イリヤもまた、周囲を庇い、責任を引き受けようとしている。


 後ろから進み出ようとしたエリカを、イリヤは腕で制止する。


「馬鹿ね」


 アアリが鼻を鳴らす。


「庇われる側なのに。庇ってどうするのよ」

「キミたちが不安に思っていることは分かったよ」


 ジイクが続ける。


「その不安を、オイラもアアリも、受け止めてあげることができなかった。責任はオイラたちにあるよ。そのことはちゃんと、ペルジェとも話しておく」

「みんな、もういいよ。行こう」


 何か言いたげな準騎士たちに、イリヤは呼びかける。


「私は大丈夫だよ、みんな。ありがとうね」


 語気を強め、イリヤは更に言う。それからイリヤは、四人の準騎士たちを引き連れるようにして、ジイクたちの下を離れていった。


 去っていくイリヤに、クニカは声を掛けようとする。しかし、ここで声を掛けたとして、イリヤにばつの悪い思いをさせてしまうだろうと考えると、クニカは、喉から出かかっていた言葉を、押しとどめざるを得なかった。


 クニカの頭上から、鐘の音が聞こえてくる。フランチェスカが、チカラアリ巫皇として、即位灌頂(バプテスマ)の儀式を始める合図だった。

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