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ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第5章:時間と自由(Опыт о непосредственных данных сознания)
84/165

084_新星(новая звезда)

 炎が収まっていく。棺は跡形もなく、灰に埋没していた。体育座りをしていたクニカは、自分の服に染み付いた、煙の臭いを嗅いだ。


「あの」


 後ろから声を掛けられ、クニカは振り向く。二人の少女が、クニカの側までやって来ていた。二人とも、クニカの知らない人物だった。


「わたし、サーシャっていいます。こっちはリーリャ」

「はじめまして。クニカ様……ですよね?」

「は、はい」


 二人の気負った様子が伝染し、クニカもしどろもどろになる。


「その、お願いしたいことがあって」


 リーリャが言う。


「お願い?」

「祝福してほしいんです。わたしたち、みんなを」


 続けて、サーシャが言った。


祝福ブラガスラヴィェーニェ?」


 クニカは戸惑う。「けがを癒してほしい」のような、具体的なお願いならば、クニカはこれまでに何度も応えてきた。しかし、「祝福してほしい」というお願いは初めてだった。


「えっと、何をすれば――」

「よ、リーリャ」


 クニカの背後から、折がの声がした。オリガが、クニカの隣に並んで立ったときには、サーシャとリーリャの二人は、すっかり身を固くしていた。


「久しぶりだな、へへへ」


 そう言いながら、オリガは肘で、クニカの腰の辺りを小突く。準騎士たちを前にして、オリガがわざと自分に馴れ馴れしくしているのだということを、クニカは感じ取った。


「で? 何やってんだ?」

「祝福を……クニカ様から……」

「人気者だな、クニカ!」

「どうしたんです?」


 シノンもやってくる。オリガの口調には辛辣な響きがあったため、クニカは内心、シノンの登場にほっとしていた。


「祝福が欲しいんだってさ、クニカから」

「クニカから?」


 シノンが眉をひそめる。サーシャとリーリャとは俯いていた。


「祝福は巫皇(ジリッツァ)の秘蹟だ」


 マナーを思い出すような、言葉の意味を確認するような口調で、シノンが言う。


巫皇(ジリッツァ)だけが、その権能(ちから)を天から授かっている。クニカ・カゴハラは救世主ではあるが、巫皇(ジリッツァ)ではない。よって、その権能はない」

煩悩(プラネー)だよ」


 オリガは言い放った。


「みんな、心が弱くなってる。だけど、そこから逃げちゃダメだろ? お前たちはもう準騎士で、見習い騎士たちの模範になんなきゃならない。(しん)を欠いてるよ」

「――待ってください」


 オリガの言い方が説教めいてきた、そのとき。別の方向から声がり、その人物が近づいてきた。


 近づいてきた少女は、金色の長い髪を、ひと房に束ねている。肌は、透き通るように白い。少女の瞳の色が、深い緑であることに気付き、クニカははっとする。瞳の色は、ペルガーリアと同じだった。


「イリヤ……」


 オリガが、苦虫をかみ潰したような表情になる。少女の名前は、イリヤというらしい。


「オリガ先輩、シノン先輩、話は全て聞いておりました。その上でのお願いです。クニカ様から、祝福を賜ることを、認めてください」

「話全て聞いてた、っつってたよな?」


 突き放したような口調で、オリガが尋ねる。オリガの“心の色”が立ち現われ、それは灰色にくすんでいる。


「はい!」

「だったら、結論出てるだろ? 祝福は巫皇の権能で――」

「祝福の権能は、巫皇だけのものではありません」


 オリガの言葉を、イリヤは遮る。


「祝福は、天道に生を()く全ての者が、(しゅ)(じょう)への(だい)()として行使する力です。巫皇が天道の者なれば、救世主もまた天道の者のはず」

「ウチらは“衆生”じゃない」


 灰色にくすんでいたオリガの“心の色”に、赤色が混じり始める。


星誕殿(サライ)において、ウチらは(しん)(しつ)(はん)(ぺい)だ。天道に連なる者だ。使徒騎士だろうが、見習い騎士だろうが、そんなの関係あるか。救う側の人間が救われようとして、どうすんだ――」

「オリガ……イリヤの言うことも、一理あるかもしれない」

「何だって」


 オリガの声が大きくなる。このときまで、オリガとイリヤの応酬に関心を持っていたのは、周囲の者たちだけだった。しかし、今のオリガの一声で、“歳星の間”にいる全ての者が、何かが起きていることに気付いたようだった。


「何言ってんだ」

「『大悲は、(あまね)く地を照らす世の(ひかり)にして、妨げなく、隔てるものなし』、アナスタシア三世の教書で、大悲の原則的な定義だ。大悲は陽の光で、それが善人にも悪人にも(ひと)しく降り注ぐのならば、祝福もまたそうあってしかるべきだ。祝福を巫皇(ジリッツァ)に限定するのは、大悲の理に(もと)るし、騎士として(はからい)がない」

「ちょっと待って、ちょっと待って!」


 かん高い声が、オリガとシノンの間に割って入る。アアリだった。薄暗い“歳星の間”において、使徒騎士たちの着る白衣は目立ったが、アアリは白色種(アルビノ)のため、誰よりも白さが際立っていた。


「大悲の理は、シノン、あなたの言うとおりよ。でもね、テンシュリナガル公会議で、ウルトラ巫皇の権能として、祝福があることが明記されているの。そこからの解釈で、シャンタイアクティ巫皇の権能についても、その範囲の基礎が構築されている、と考えるとともに、祝福の行為者を巫皇に限定している、と読むのが通説になっているのよ」


 アアリの解説に、クニカは目が回る思いだった。チカラアリ市で初めて会ってからというもの、クニカは何となく勘付いてはいたが、アアリは役人気質で、手続や解釈には特にこだわりがあるようだった。


「よって、救世者が祝福の権能を備えている、という考えは認容できないわ。オリガの言葉を借りて言うなら、私たちは星室の藩屏。先人の叡智を()けて、将来へと引き継ぐことが、私たちの使命よ――」

「あのさ、アアリ」


 先ほどから、双子の妹の言葉をじっと聞いていた、黒色種(メラニウム)の姉・ジイクが、おもむろに口を開いた。


「何よ?」

「その通説なんだけどさ、テンシュリナガル公会議に出ていた昔の人たちも、通説を考え出した昔の人たちも、まさか本当に、未来に救世主が現れるなんて、思ってもいなかったんじゃないかな?」

「それは……そうね。そうかもしれない」

「だとすれば、クニカがみんなに祝福を与えてあげても、絶対にやっちゃダメ、ってことには、ならないんじゃないかな?」

「だけど、そしたら、ペルジェの権威はどうなるのよ? それを()みすることにならないかしら? 『天に二王なし』よ」

「そこはさ、祝福の権能と、巫皇の権威とは、別に考えることになるんじゃないかな――」

「すぐに結論を得られる問題じゃないでしょう。今必要なのは、当座の解決策で――」


――ジイク先輩と、アアリ先輩が言い合ってる。

――先輩たちの意見が割れるなんて……。


 “歳星の間”のあちこちから、動揺する準騎士たち、見習い騎士たちの声が聞こえてくる。


「イリヤ、もういいよ」


 解釈を巡って議論をしている使徒騎士たちの横で、イリヤの着る緑の服の裾を、サーシャが引っ張っていた。


「わたしたちが軽率だったよ」

「ダメだよ、サッちゃん!」


 そんなサーシャを、イリヤが反対に勇気づけている。


「サッちゃんは良いこと言ったんだよ! 難しい状況だからこそ、みんなで知恵を絞らなくちゃ!」


 使徒騎士たちの意見が割れるのは、星誕殿(サライ)では異例なことのようだった。オリガとシノン、ジイクとアアリの議論を聞いている間じゅう、クニカは汗が止まらなかった。議論の中心が、自分自身のことだったからだ。


「待って……!」


 使徒騎士たちに向かって、クニカは声を上げる。オリガとシノン、ジイクとアアリが、クニカの方を向いた。


「祝福って、何をしてあげれば……」

「手を握って、『あなたを祝福する』と言うことです」


 シノンが答える。


「それだけのことなら……」

「それ“だけ”が問題じゃない」


 オリガが腕を組む。


「ウチらの問題でもあるんだ。内輪の論理? そりゃそうさ。ハッ! 最低だよ」

「どうした?」


 そのとき、クニカの反対側から、声が聞こえてきた。ペルガーリアの声だった。隣には、プヴァエティカが立っている。


 プヴァエティカは、クニカを認めるやいなや、そっと手を振ってくる。思わず手を振り返しそうになって、クニカは指をひっこめる。


 ほかの使徒騎士たちと同様、ペルガーリアも白衣を身に着けている。ただ、使徒騎士たちと異なるのは、ペルガーリアは白い長衣を羽織っているだけで、その下は真裸だということだった。(クパニエ)のためか、これからの儀式のためか。いずれにしても、ペルガーリアは堂々としていて、恥じらうそぶりはなかった。


(シン)(シア)!」


 ペルガーリアの下に駆け寄ると、イリヤが床に膝をついた。


「クニカ様から、祝福の秘跡を賜りたく、使徒騎士の皆さまにお伺いを立てていたところで――」


 イリヤの言葉を、ペルガーリアは手を振って遮る。()(ぜん)とした表情のイリヤの横を通ると、ペルガーリアは、“歳星の間”の中央まで歩いていく。


「ちゃんと、ミカを見送ってやったんだよな? ん?」


 “歳星の間”に居合わせる全ての人々を、ペルガーリアは見回した。あえて口を開く者はなかったが、ペルガーリアの言おうとしていることを理解し、皆が恥じ入っているようであった。


「騒動の原因は?」

(シン)(シア)、私です」


 イリヤが口を開くよりも先に、オリガが言った。オリガは腕を組んでいて、天井と床とを、交互に見やっている。


「後輩たちの(しん)を、預かることができませんでした」

「分かった、ありがとう。後で来てほしい。全てが終わった後。ジイク、アアリ、シノンも」

「はい。申し訳ございません」


 シノンが言った。ジイクもアアリも、バツが悪そうだった。


「祝福が欲しい……そういうことですね?」

「え……?」


 茫然としているイリヤに向かって、プヴァエティカが言った。


「ええっと……」

「祝福は巫皇の秘跡。少なくとも、今のうちは。お姉さんに似ていますね?」


 プヴァエティカの言葉に、イリヤの頬が赤くなる。


「ウルトラには、難しいルールはありません。祝福は、誰にでも均しく与えられます。私がそれを引き受けましょう――」


 その言葉とともに、“歳星の間”で成り行きを見守っていた者たちが、一斉に動き始める。ある者は、煙とともに立ち昇っていったミカイアの魂を悼み、その骨を拾うために。またある者は、巫皇・プヴァエティカから祝福を受けるために。


 ミカイアの骨を拾うために、広間の中央へ向かおうとしたクニカは、途中でイリヤとすれ違った。臆さずに、必要と思ったことを言う勇気、友達のためを思って、誰かのために、何かをする勇気。イリヤの勇気は、クニカが持ち合わせていなければならないはずのものだった。


 イリヤの目線に応えられず、クニカは顔を背けた。救世主でありながら、誰かを救う勇気を、自分は持ち合わせていない。そんな気がして、クニカはみずからを恥じた。

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