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ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第5章:時間と自由(Опыт о непосредственных данных сознания)
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081_獣の王(царь зверей)

「――裏切りだって?!」


 “異邦人の間”から、リンの声が響いた。


 その言葉に促されるようにして、チャイハネは部屋へ戻ろうとする。クニカは迷いながらも、結局のところ、チャイハネに続いた。“裏切り”とは何か、クニカも気になったからだ。


「そう。うちら使徒騎士の中に、裏切り者が混じっていた」


 部屋の四隅を支える柱の一本に寄りかかりながら、リテーリアが言う。


「誰だよ」

「ニフシェさ」


 クニカもリンも、顔を見合わせる。


「どうして?」


 リンが尋ねた。


 前置きが長くなるけれど、と言いながら、リテーリアは説明する。ニフリートとニフシェは、母親こそ異なれど、姉妹であるということ。魔法使いの常として、家族で、年が近く、なおかつ姉妹の関係にあれば、お互いの思念(エンノイア)に感化されやすいということ――。


 しかし、聞けば聞くほど、クニカは腑に落ちなかった。クニカもリンも、ニフシェと直接に関与したことはない。しかし、ニフリートのことは、嫌と言うほど分からされている。その経験を踏まえると、ニフリートの企てに、ニフシェが乗るとは、クニカには思えなかった。


 まず、ニフリートとニフシェが姉妹であるということ。そもそも、リテーリアに言われるまで、クニカは二人が姉妹であるなど、全く考えなかった。それくらい、二人は似ていない。


 次に、ニフシェが本当に裏切りに加担していたのだとすれば、ニフシェはもっと、ニフリートの片鱗に感化されていてもおかしくはないはずだろう、という疑問だった。そもそも、ニフリートとニフシェが姉妹で、年が近く、お互いの思念に感化されやすいとするのならば、それはニフリートにも言えるはずだ。ニフリートだって、ニフシェの思念に感化され、ニフシェに似ても、おかしくはない。


「その顔……。『信じてない?』ってカンジかな?」

「ええ……何て言えばいいか……」

「信じられないことは、いくらだってある」


 近付くと、リテーリアはクニカの手を取った。相変わらず、リテーリアの手は冷たい。


「それでも、信じなければならない、受け入れなければならない。さもなければ、前へ進むことはできない」

「だけど――」


 リンが口を差し挟みかけた、そのとき。鈴の音に伴い、誰かが廊下を駆けて、こちらまで近づいてくる音が響いてきた。


巫皇(ラ・ワン)だ」


 リテーリアは、タバコを灰皿に投げ捨てる。


「リン、カイ、椅子に座っとき」

「いいよ、別に」


 そう答えるリンは、籐製のダブルソファの背もたれに、腕を乗せて寄りかかっている。


「バスで座りっぱなしで、身体が凝ってんだ」

「そう?」


 気の抜けたような笑い声を、リテーリアは漏らす。


「マ、ご自由に。ただ、言ったかんね? 『座っとき』って」

「ご(りん)(しん)! ご臨星!」


 そこへ、少女が入ってきた。少女は、エリカやキーラと同じように、準騎士の身分のようだった。


 部屋に入るやいなや、少女はその場に跪く。


(シン)(シア)が、こちらに」


 少女が言い終わるよりも前に、周辺の空気が張りつめる。クニカの額から、汗が噴き出した。息を吸うことも、吐くことも、ままならなくなる。


 目だけを動かして、横にいる人々を、クニカは見る。リンも、カイも、神妙な顔をして、床に膝をついていた。クニカが感じ取ったのと同じ(アウラ)を感じ取り、二人とも立っていられないようだった。


 すぐ隣では、チャイハネが丸椅子に腰かけていたが、やはり同じように、腰が抜けて座っている、といった様子だった。しかし、ソファに腰掛けているフランチェスカは、特に変わった様子もなく、ただじっと、開け放たれた扉の外を眺めていた。


 やがて、巫皇(ラ・ワン)・ペルガーリアが入ってくる。緑の黒髪に、緑の瞳を持ったペルガーリアは、黒いローブをまとっている。右手には、身長よりも長い錫杖(カッカラ)が握られていた。錫杖の頭部は、真円に覆われた十字架が(かたど)られており、十二個の遊環(リング)が通されている。


 ペルガーリアが入った途端、(アウラ)が強くなった。ペルガーリアの露払いを務めていた準騎士さえも、浅い息を漏らしている。夢の中でも、大瑠璃宮殿ラズール・ドヴァリエーツでミーシャの身体を駆って話していたときでも、ペルガーリアの存在感は圧倒的だった。しかし、現実で、ここまで気圧されてしまうなど、クニカは考えなかった。


「ごきげんよう。悪いね」


 これまでに耳にしたのと変わらない、男性の声でそう言うと、ペルガーリアはいたずらっぽくほほ笑んでみせる。と同時に、ペルガーリアから放たれていた圧倒的な“気”が霧散していくのを、クニカは感じ取った。身体も心も一気に軽くなり、クニカは溜息を漏らした。リンも、額からの汗を腕で拭いながら、何とか立ち上がっている。


「オレは獣王(リェフ)の魔法属性だ。通例じゃ、自分の魔法属性は明らかにしないのだが。おいおい、キツかったか?」


 すみません、と謝る準騎士の腕を取ると、ペルガーリアは彼女を立たせてやる。


「こうやって、ほかの魔法属性を威圧する能力も、獣王(リェフ)の特性のひとつだ。効き目のある奴と、ない奴がいる。魔力が強かったり、特別な魔法属性だったりすると、効き目はあまりない。クニカは……少し効いたかな?」


 ペルガーリアに尋ねられ、クニカは頷いた。


「ハハハ。ウチの若い衆でも、修練が足りていないとこうなる」


 たじたじといった様子の準騎士に、下がるように手で合図をしながら、ペルガーリアが言った。


「キミは……効かなかったようだな、フランチェスカ?」


 フランチェスカは、ペルガーリアの方を見つめるばかりで、返事をしなかった。


(シン)(シア)、シノンに会いませんでしたか?」


 壁に寄りかかっていたリテーリアが、ペルガーリアに言った。


(やっこ)さん、エリエリと一緒にあなたを探してましたよ。それで来たのかと」


 “エリエリ”とは、エリッサのことだろう。


「いや、会ってない。だけど、それでいい」

「あはん?」


 ペルガーリアの言葉から、リテーリアは何かを読み取ったようだった。


「なら、とりあえず(あるじ)設けしますよ。あと、儀式の準備は“巻き”でやります」

「すまない。今日中にすべてを終わらせたい」

(まにま)に。若い衆は全員借りますよ。ただでさえ人が少ない」


 反対側の扉を、リテーリアは開ける。


「それじゃ、クニカとフランチェスカ――以外の人! は、こちらへ」

「二人は?」

「ここに残ってもらう」


 リンの質問に答えたのは、ペルガーリアだった。


「個別に話したい」


 リンはうろん気な様子だったが、リテーリアに誘われ、渋々と扉を抜けていった。


 “異邦人の間”には、クニカとフランチェスカが残される。皆がいなくなってから、クニカは、“異邦人の間”が思いのほか広いことに気付かされた。


「本題から入る。話したいことは――」

「ペルガーリア、あなたに質問をしたい」


 突然、ペルガーリアの話を遮って、フランチェスカが言った。その言葉は、クニカには不躾に聞こえた。


 フランチェスカの方を向いたクニカは、その“心の色”が、赤く光っているのを見た。フランチェスカは、何かを怒っている。


「何だい?」

「儀式とは?」

即位灌頂(バプテスマ)の儀だ」


 一拍置いてから、ペルガーリアが答える。その口調には、安堵の響きが混じっているように、クニカには聞こえた。フランチェスカから厳しい質問が飛ぶことを予期して、ペルガーリアも身構えていたのだろう。


「キミが、正式にチカラアリの巫皇(ジリッツァ)になるための儀式だ。“黒い雨(ドーシチ)”を防ぐための結界を張るには、チカラアリの巫皇(ジリッツァ)を欠くわけにはいかない」

「それを急ぐ?」

「そうだ。事情が変わった」


 “事情が変わった”、そのフレーズを、クニカは耳にしたことがある。大瑠璃宮殿ラズール・ドヴァリエーツにおいて、オリガ、ニフシェ、ミーシャの三人が、クニカたちチカラアリへ向かう一行に加わらない、と宣言したときに、ペルガーリアは同じように言った。


 今のクニカならば、その“事情”がよく分かる。“裏切り者”であるニフシェを、ペルガーリアは、クニカから引き離したかったのだ。ペルガーリアが裏切りを怖れる気持ちは、クニカにも理解できる。裏切り者の後ろには、ニフリートが控えている。ニフリートの実力がペルガーリアに比肩する以上、ペルガーリアは、裏切り者に背後から刺されることを避けたかったのだ。


「事情?」


 大瑠璃宮殿で、プヴァエティカが尋ねたのと同じように、今度はフランチェスカが、ペルガーリアに尋ねる。何とはなしにペルガーリアの方を見たクニカは、目が合ってしまい、慌てて視線を逸らす。頭の中をよぎったことは、ペルガーリアも同じようだ。


「それはだな――」

「ミカイアが死んだこと?」


 ペルガーリアが言うよりも前に、フランチェスカが畳みかける。フランチェスカの“心の色”が、ますます赤くほのめき、その輪郭に青が混じるのを、クニカは見て取った。


 ペルガーリアもまた、フランチェスカの心の辺りに目を細めていることに、クニカは気付いた。初めて夢で会ったとき、ペルガーリアはクニカの心を読んでいた。クニカと同じように、ペルガーリアも、フランチェスカの感情を読み取っているようだった。


「私たちは、チカラアリの奪還のために動いていた。ミカイアもそうだった。遅れてクニカたちが来て、ジイクとアアリも来た。それからニフリートが現れて、死んで、ミカイアも死んだ。それはなぜ?」

「フラン、落ち着け」

「あなたは初めから、チカラアリの街なんて、どうでも良かった」


 話をするときの癖で、首を何度も傾げながら、フランチェスカは言った。


「ニフシェの裏切りを怖れて、あなたは間違いを犯した。残りの騎士たちを連れてチカラアリへ向かえば、ミカイアは死ななかった。あなたは、ミカイアを見殺しにした」

「フラン……」


 フランチェスカの強張った横顔を、クニカはじっと見る。そんな素振りを見せなかったから気付かなかっただけで、シャンタイアクティまで向かう道すがら、フランチェスカはずっと、ミカイアの死を考え続けていたのだろう。


「ミカが死んだのは、オレの責任だ」


 ややあってから、ペルガーリアは言った。その言葉を聞いても、フランチェスカは唇を引き結んだままだった。ペルガーリアがみずからの過ちを受け容れたとして、ミカイアは戻ってこない。その虚しさを、フランチェスカは味わっているようだった。


「リカバーできるのならば、その方法もあったろう。まだるっこしいのは、オレも嫌いなんだ。多少のリスクを冒してでも、ニフシェ込みで、オレもチカラアリに乗り込んださ」

「じゃあ、どうして……」

「分かるだろ?」


 ペルガーリアが目を閉じる。次の瞬間、クニカの脳内に白い光が溢れ、その中から、細い歯を見せて笑う、ニフリートのイメージが立ち現れた。


「あっ……?!」


 クニカが悲鳴を上げたその隣で、フランチェスカが身をよじり、脇腹の辺りを手で押さえていた。ニフリートに刺された箇所だ。


「キミの命だけで精いっぱいだった」


 肩で息をしているクニカとフランチェスカに対し、ペルガーリアが言った。


「それだって、クニカがいなければ、どうなっていたか分からない。キミがいるから、チカラアリ巫皇の即位のための儀式ができる。儀式ができれば、結界を張り直すことができる。結界を張り直せば、“黒い雨”は止む。少しはマシな状況で、ニフリートを迎え撃つことができる」

「え……?」


 クニカは言った。止まったはずの額の汗が、再び噴き出してくる。


「ニフリートを迎え撃つ?」

「そうだ」


 ペルガーリアが言った。


「アイツは生きている」

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