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ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第4章:チカラアリ少女行(В Чикараари)
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078_語り得ぬもの(Что мы не можем говорить)

――大いなる言い表せない光が彼らを取り巻き、言い表せない見えざる天使たちの群れが彼らを賛美していた。(『ペトロの黙示録』、第28章)

「これからどうするの?」


 料理とともに供されたりんご酒を飲みながら、クニカはニコルに尋ねる。


「まだ決めてないんだ」


 ニコルはうつむいた。


「脱走して、ここまで逃げのびたはいいけれど。戦争が終わらなくちゃ、どうしようもない」


 クニカとリンは、互いに目配せし合う。クニカたちはこれから、シャンタイアクティまで向かうつもりだ。しかし、もしニコルがともに着いてくるとなると、話はややこしくなる。


 そもそも、ニコルが“カタコンベ”を追われたのは、オリガの企みによるものだ。ニコルと一緒にいることを、オリガは快くは思わないだろう。


「何だ、決まってねえのか。良かったぜ」


 そのとき、たらふく食べた満足からか、うたた寝をしていたはずのニキータが、不意に声を上げた。


「良かった? 何が良いんだよ、オッサン」

「決まってねえんだったらさ、ここに残ればいいって思ったのさ」

「ほ、本当に?」


 ニキータの言葉に、ニコルの目の色が変わる。


「いいのか? 俺が残って?」

「当たり前よ。それにアンタ、ウチらに負けず劣らず、仕事熱心だって思ったんだ。どこの国の奴かなんて関係あるか」

「ありがとう……!」


 ニキータの言葉に、ニコルは指で眉間を押さえ、嗚咽を漏らした。


「良かったね、ニコル。ね?」


 クニカは、リンにも同意を求める。言葉には出さなかったが、リンもしきりに頷いていた。


 そのとき、


「おい、(プリンツェーサ)だ!」


 と、別のテーブルから声が上がった。食べることに夢中になっていた人びとは、声を聞いて一斉に振り返る。フランチェスカが、小脇に分厚い本を携えて立っている。


「あ……? ニコル……?」


 フランチェスカはきょとんとして、クニカたちの座るテーブル、その中央にいるニコルを見つめていた。


「おい、遅すぎるだろ!」


 手に持っていたりんご酒のグラスを一気に飲み干すと、リンが立ち上がる。フランチェスカはまだ、状況が呑み込めていないようだった。


「もう終わっちまったよ、ニコルの審問は」

「え? 結果は……?」

「無罪だ」


 違うわよ、無罪じゃなくて、飽くまで“預かり”なのよ――隣の席で、チカラアリ(びと)の聖職者たちと議論をしていたアアリが、クニカたちの方を振り向いてそう言った。アアリは「預かり」という言葉にこだわりがあるらしかったが、隣にいる姉・ジイクにたしなめられていた。


「そうだったんだ」

「フラン、その本は何?」


 ホッとした表情を浮かべるフランチェスカに、クニカは尋ねる。


「『ぞうさん丸わかりガイドブック:これであなたも、明日からぞうさん【完全版】』よ」

「ぞうさん丸わかり――」

「そう。これを全て暗記すれば、どの象が、いつ、どの場所で、何色のうんこを出すのか、寸分の(たが)いもなく予言することができる」

「そうなんだ……」


 たじたじになっているクニカの脇を通り過ぎると、その『ガイドブック』を、フランチェスカはニコルに手渡した。


「お、俺か?」

「馬の世話が得意だ、って聞いた。ここに馬はいないけれど、私に代わって、象たちの面倒を見てほしい」

「すごい情報量だ」


 『ガイドブック』を一枚ずつめくりながら、ニコルは言う。


「木の幹のように分厚くて、レンガのように重い。文字はゴマ粒みたいだ。――でも、分かったよ。期待に応えられるか分からないけれど、象たちの面倒は俺が見る」

「良かったな、決まりだ」


 リンゴ酒をあおりながら、ニキータが言った。


「クニカー!」


 背後から自分を呼ぶ声に、クニカは振り向いた。カイが立っていて、手にはレンズのついた、大型の機械を持っていた。カメラだった。


「何、そのカメラ?」


 ちょうど、空いた皿を下げるためにやって来たジュリが、クニカに代わって、カイに尋ねた。


「もしかして、ガラクタの中から見つけたわけ?」

「ン!」

「見せてよ。……あ、まだフィルムが二枚残ってる!」

「ちょうどいいじゃねえか」


 立ち上がると、ニキータがカメラを預かった。


「おじさんが、みんなを撮ってやんよ。ほら、ジュネちゃんも!」

「え、何だよ?!」


 ニキータに声を掛けられ、別の客に料理を配膳していたジュネが、クニカたちのいる席まで近づいてきた。


「ほら、クニカちゃんも!」

「わ、分かった。フランも」

「え?」


 クニカの呼びかけに、フランチェスカが目を白黒させる。


「私も?」

「そりゃそうさ。クニカちゃんに、(プリンツェーサ)。二人が主役さ」


 人ごみの反対側に誘導され、クニカとフランチェスカ、リンとカイ、ジュネとジュリが、それぞれ一列に並んだ。


「それじゃ、撮るからな」


 フラッシュが焚かれるまで、一同は行儀よく並んでいたが、いっこうに写真が撮られる気配がなかった。


「おい、どうしたんだよ、オッサン」


 初めに異変に気付いたのは、ジュネだった。カメラを下げると、ニキータは二の腕で、顔の辺りを何度も拭っていた。ニキータは泣いていた。


「ゴメンな、ジュネちゃん。何か、泣きたくなっちまったんだ。悲しいんじゃないんだ……」

「ニキータさん、俺が撮るよ」


 鼻をすするニキータから、ニコルがカメラを受け取る。


「それじゃ……いくぜ」


 ニコルのかけ声とともに、フラッシュが焚かれた。


「ヤダ! 目閉じちゃったかも」

「何言ってんだよ」


 フラッシュが焚かれてすぐ、ジュネとジュリの姉妹が色めきだった。


「まだ一枚撮れる」


 手に持ったカメラを見回しながら、ニコルが言った。


「何を撮ろうか?」

「クニカが決めればいいと思うゾ」

「わたし?」

「ン!」

「いいかもな」


 カイの提案に、リンも賛同する。


「残り一枚はさ、クニカがさ、好きな写真を撮ればいい」


 差し出されたカメラを、クニカは受け取る。想像していた以上に、カメラは重かった。


 ふと顔を上げたクニカの視界に、リンとニコル、二人の姿が切り取られる。


――アイツラ、オ互イニ惹カレ合ッテイルンダナ。


 以前、“カタコンベ”にいたサリシュ=キントゥスの人が、リンとニコルのことを、そう言っていたの。リンはこれから、クニカと一緒に、シャンタイアクティまで向かう。ニコルは戦争が終わるまで、このチカラアリに留まり続けるだろう。


 クニカの思いは決まった。


「じゃあ、リンとニコル」

「え?!」


 クニカの言葉に、リンが素っ頓狂な声を上げる。その隣では、ニコルもそわそわしていた。


「何でオレとニコルなんだよ! ほかにあるだろ、撮んなきゃいけないもの」

「わたし、リンとニコルがいいな、って思ったんだ」

「いいじゃん、リン。恥ずかしがんないでさ」


 ジュリがにやつきながら言った。


「だいたいさ、リンだって、『好きな写真を撮ればいい』って言ってたじゃん」

「ちぇっ。分かったよ。特別だかんな。あと、一枚だけだぞ!」

「何言ってんだよ、初めから一枚しかねえだろ」

「ハ、ハ!」


 ジュネのツッコミに合わせて、カイが笑い声を上げる。


「それじゃ、撮るね」


 ファインダー越しに、クニカはリンとニコルを見る。二人とも、お互いを意識し合っているのか、妙な距離感があり、互いに少しだけ、外を向いていた。


「もっと近寄って。正面向いて――」


 クニカの指示に、二人は渋々、と言った様子で近づき、正面を向いた。


「撮るね――」


 そう言ってから、シャッターを切るまでの間。その間はわずかだったが、こみ上げてくる切なさの前に、クニカは立ちすくんでしまった。どうしてニキータが泣いてしまったのか、その理由が、何となく分かる気がした。それは語り得ぬもの、語り得ぬ感情だったが、とても大切なものであるように、クニカには思えた。


「リン、ニコル、ありがとう――」


 この場にいる全ての人たちに「ありがとう」と言うつもりで、クニカはシャッターを切った。

「第4章:チカラアリ少女行(В Чикараари)」は、本話にて終了です。来週(7/21)から「第5章:時間と自由(Опыт о непосредственных данных сознания)」に入ります。

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