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ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第4章:チカラアリ少女行(В Чикараари)
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071_魔法陣少女(Девушка волшебного круга)

「おい、よそ見すんな」


 クニカの耳元で、リンの怒号が響く。クニカは今、リンと手をつなぎながら、空を渡り、新市街を目指している。


 隣では、ニコルに連れられながら、カイが両足をばたつかせていた。リンとニコルの外側では、ジイクとアアリの姉妹が、翼もないのに、自由に空を飛んでいる。


――(トスカ)


 離陸間際、聞き慣れない名前に、リンは目を白黒させていた。


――何だよ、それ?

――空棲類にして、神聖類なのよ、あたしたちは。


 空中で直角に軌道を変更すると、クニカとリンを囲むようにして、アアリはジグザグと空を飛ぶ。


――ま、見てなさい。じきに分かるわ。


「あそこだ!」


 クニカの思念が、リンの叫び声に呼び戻される。目を向ければ、四本の尖塔を有した巨大な建造物が、前方に屹立していた。結界はすっかり中和され、日蝕の合間だというのに、外壁の白さは眩しいくらいだった。


 チカラアリ大聖堂――その形姿に、クニカは息を呑む。周囲の建物と比べても、大聖堂はひときわ高くそびえている。大瑠璃宮殿ラズール・ドヴァリエーツのようなドームを想定していたクニカだったが、むしろ塔と形容した方が正しいだろう。建物の中央には、円形の巨大なステンドグラスが凝らされており、一人の女性を(かたど)っていた。


「アスイさんだよ。天女の!」


 風にかき消されないほどの大声で、リンが言った。チカラアリ人の始祖にして、伝承上の初代チカラアリ巫皇・天女アスイ。多産とされた逸話のとおり、ステンドグラスの中のアスイも、その(かいな)(えい)()を抱いていた。


 クニカの耳に、花火が打ち上がるときの音に似た、かん高い汽笛のような音が響く。それと同時に、細長い鉄の塊が、煙の軌跡を描きながら、クニカのもとへ殺到する。――それが、高射砲から放たれたミサイルだと気付いたときには、クニカたちのはるか手前で弾け、潰えた。ジイクの張る結界のお蔭だった。クニカたちのところには、熱も、煙も届かない。


「なあ、どうする?」


 側面から迫ってきたミサイルが、アアリの”稲妻の鞭”でなぎ倒される。その様子に仰け反りながら、ニコルが尋ねる。


「降りるのか?」

「突っ込むのよ、ステンドグラスに!」

「何だって?!」


 リンの目の色が変わる。


「『街は壊さない』って約束だろ!」

「勝ちにこだわるのよ、リン」


 握りしめていた稲妻の束を、アアリは正面へ殺到させる。ミサイルや、地上からの弾丸は薙がれ、ときにその尖端はしなやかに伸びきり、地上の戦車の群れ、空中の戦闘機をもなめ取った。


「どうしてもぶっ壊すんだな」

「当たり前よ――」

「クニカ、覚えとけ!」

「え?」


 急に話を振られ、クニカはまごつく。


「いいか、まずニフリート、お前がこいつをぶっ叩く。そしたら、すぐにステンドグラスを思い出して、祈りで戻すんだ。分かったな!」

「は、はい――」

「あっはっは」


 結界を展開しながら、ニコルの脇を滑空していたジイクが、高度を下げて、カイの近くまで身体を寄せる。


「”竜”の(おう)(ばん)振る舞いだ。ペルジェが聞いたらぶっ飛ぶぞ。カイ、大聖堂に何人いる?」

「二人!」

「二人……?」


 アアリが目を細める。


「ニフリートと……もうひとりは?」

「ウーン。……ワカンネ!」


 カイの返事は、いさぎよかった。


「だれだっていい。いる奴はみんなぶっ叩く。ほら、すぐそこ――」


 リンの言うとおり、ステンドグラスは目と鼻の先だった。


「いいかい、クニカ?」


 ジイクがそっと、クニカに呼びかける。


「目を閉じて。イメージを送るから、そのイメージを自分のものにしたら、目を開けて」

「分かった」

「突っ込むぞ――」

「おう――」


 リンと、ニコルのかけ声。天女アスイの懐が、クニカの目前に迫る。


 クニカは目を閉じる。次の瞬間、クニカのまぶたの裏に、まだら模様を描きながら動く、らせん状の魔法陣が投影される。クニカは、その軌跡を目で追うことなく、ありのままのイメージとして、心に思い描く。”竜”の魔法、思考を現実に置換する能力がクニカからほとばしり、ジイクとアアリの魔力がなだれ込んで――それは文字通り、すさまじい魔力だった――大聖堂の内部に殺到する。ステンドグラスの割れる音と、鞘なりの音とが、少し遅れて、クニカの耳に到来する。


 まぶたの裏に描かれた魔法陣が、暗闇の中へと消えていく。それを合図に、クニカは目を開けた。


 クニカの正面では、ジイクとアアリが剣を抜いて、腕を突き出している。剣の先端は空中で交差し、正面に立つ人物の胸を刺し貫いている。


「どうした……笑えよ?」


 貫かれていたのは、ニフリートだった。顔色ひとつ変えず、ニフリートは言い放つ。ニフリートの視線が、まっすぐ自分を捉えていることに、クニカは気付いた。


 そのとき、クニカは自分の視覚の隅で、歯車のような魔法陣がうごめくのを感じ取った。眼球に入ったゴミを目で追おうとしてしまうために、かえって見つけられなくなってしまうようなもどかしさが、クニカを襲う。しかしクニカは、次第にその魔法陣が、まばたきをしても――目を見開いても――しまいには、自分の意識から追い出そうとしても、まるで意識に直接与えられたもののように、自分に吸い付いて離れないことに気付いた。


「あ……!」


 視野に迫る、魔法陣の質感を前にして、クニカはうめいた。次の瞬間、クニカは、自分の魔力が、どこか別のところへ投げ込まれるのを感じ取った。


「違う!」


 カイが叫ぶと同時に、ニフリートの姿が忽然とかき消える。


「罠か……!」


 ジイクが舌打ちする。大聖堂の奥から、黒い影が二体、立ち上がる。二体の影は点滅し、渦を巻きながら、実体を帯び始める。中心にあるのは、人の死体だった。頭が変形しているために、もとはコイクォイだったに違いない。


「お、おい……?!」

「リン、離れて!」


 クニカがよろめいたことに気付き、リンが手を貸そうとする。そんなリンの手を払いのけると、アアリが剣を振りかぶる。


「ううっ?!」


 次の瞬間、アアリの長剣が、クニカの目の辺りを一閃する。それと同時に、クニカの意識を覆い尽くそうとしていた魔法陣が、視界から消え去った。だれのものでもない悲鳴が響き渡り、クニカの全身が総毛立つ。魔力がしぼり取られるような感覚が抜け、クニカは息をついた。


「何だ……?!」


 正面をにらんでいたニコルが、更に目を細める。


 渦は、中心にいる二体のコイクォイを取り巻いていく。初めこそぎこちなかった二体のコイクォイの動きは、影と重なり合い、クニカたちの前に立ちはだかったときにはもう、生者と変わらないほど、しなやかに動いていた。


 かつてコイクォイだった二体は、形姿までもが変容し、生身の少女のような外観を帯びる。二体の少女は、どこからか取り出した剣を構え、クニカたちに対峙する。


「擬人化だ」


 剣を構え直すと、ジイクが言った。


「コイクォイを媒介(メディア)にして、クニカの魔力を吸って、魔法陣を擬人化したんだ。うかつだった」

「フランが危ない」


 アアリの言葉に、クニカははっとなる。


 はじめから、ニフリートの思惑どおりだったのだ。大聖堂にニフリートがいると考えた一行は、全勢力を傾け、大聖堂へと乗り込む。だが、ニフリートのねらいは、フランチェスカにあったのだ。


「リン、戻ろう!」

「戻るって――」

「ここは任せて」


 擬人化された二体の“魔法陣”を正面に、アアリが言った。


「フランの確保が先よ。ニフリートに見つかる前に」

「分かった」

「急ごう!」


 ニコルのかけ声とともに、カイとリンが、大聖堂の外へ向かって駆け出した。一緒に駆け出したクニカの背後から、稲妻の迸る音と、剣同士が触れあう音が響いてくる。



   ◇◇◇



 大聖堂の正面玄関から、クニカ、リン、カイ、ニコルは、外へ出る。足下では、突入の際に砕け散ったステンドグラスの破片が、乾いた音を立てる。


「どうする?」

「旧市街まで戻る」


 リンの問いかけに、ニコルが答える。


「フランは、正面からまっすぐ、新市街へ乗り込む作戦だった。陽動のために。だから――」


 全てを言い終わらないうちに、ニコルが言葉を切る。ニコルが視線の先に、リンも、カイも、それからクニカも、自然と目を向ける。


 ひとりの人物が、ゆっくりと、クニカたちのところまで歩みを進めてくる。


 ミカイアだった。

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