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ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第4章:チカラアリ少女行(В Чикараари)
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070_希望(Надеяться)

「はぁっ!」


 ミカイアは声を上げ、装甲車の側面に掌底をたたき込む。


 “(アクーラ)”の能力により、ミカイアの一撃は、鋼鉄の強度にまで高められている。装甲車は放物線を描きながら空中で一回転し、正面の戦車に衝突する。戦車の砲塔はひしゃげ、重油にまみれ、たちどころに引火して爆発した。


 “自由チカラアリ”の兵士たちとともに、ミカイアは”新市街”になだれ込んでいる。指揮を執るのはフランチェスカで、サリシュ=キントゥス帝国の残党を相手に、正面作戦を決行していた。


 しかし、この作戦には裏がある。


 顔を上げると、ミカイアは新市街の中央、チカラアリ大聖堂の方角に目をやった。中空では、半透明の結界が、魔力のせめぎあいによって、湯気をさかんに立てている。


 チカラアリに、ニフリートが乗り込んでいる。このことは、ミカイアもついさっき感知したばかりだった。かつてのシャンタイアクティの使徒騎士であり、東の巫皇(ジリッツァ)・ペルガーリアに並び立つ巨人(ギガント)が、自分たちに敵対し、この街を支配しようとしている。チカラアリの出身であるミカイアにとって、それは度しがたい裏切りだった。


 しかしニフリートの企ては、今や水泡に帰しつつある。このまま、うまく行けば――。ミカイアの喉がゴクリと鳴る。


 フランチェスカの作戦は、攻めやすく守りにくい、チカラアリ新市街の急所を突く攻撃だった。資力に差があるとはいえ、サリシュ=キントゥス帝国は、その防衛のために全勢力を投入しなければならない。


 その側面、サリシュ=キントゥス帝国の部隊が手薄になった個所を、ミカイアは突いている。“自由チカラアリ”の兵士たちを正面から防衛しつつ、側面からのミカイアの攻撃にも、サリシュ=キントゥス帝国は注意を割かなければならない。


 そして――上空にはクニカたちの影がある。“救世主”は、ジイクとアアリの力を借り、大聖堂にいるはずのニフリートを目掛け、飛んでいる。


 ニフリートの魔力は強大で、シャンタイアクティの使徒騎士たちの中でも圧倒的だった。互角に渡り合うことができるのはペルガーリアくらいで、ほかの使徒騎士などは、ニフリートを前にすれば赤子も同然である。


 しかし、クニカは? それまで伝説とされていた“竜”の魔法使いであれば、あるいは、もしかしたら、ニフリートを倒せるかもしれない。それは決して、希望的観測ではなかった。ひとつ信念のようなものを、ミカイアは心に、確かに抱いていた。


 大聖堂に、クニカたちが辿り着ければ――。ミカイアがそう考えた、そのときだった。


「ごきげんよう、ミカイア」


 背後から、少女の声が響いた。声を聞きつけた途端、ミカイアの背筋を、冷たいものが駆け巡った。


 煙の合間から、ひとりの人物が姿を現す。中背で、亜麻色の髪を肩まで垂らし、青い瞳を持つ少女が、そこにいた。


 少女の名は、ニフリート・ダカラー。


 本来ならば、大聖堂にいるはずの人物である。


「何でここにいる?」

「簡単なことさ、」


 首を傾げながら、ニフリートは言う。


「陳腐な言い方だけれど、ボクも人並みに欲望するときがある。策を弄するときがある」


 次の瞬間、ミカイアの脳内に、ニフリートの思考が洪水のように流れ込んできた。ニフリートが、みずからの思考をミカイアに押し付けている。


 全身から、脂汗が噴き出し、ミカイアはよろめき、レンガ塀に手をつく。


――()(らい)、我ら人の子として、死の(わざ)を教えられたるなり。


 塀には赤い文字で、聖書の一節が落書きされていた。


「地獄の苦しみを味わうだけの時間は、一日の内にたっぷりとある」


 ニフリートは言う。


「野暮ったいけれど、そういうことだ。チカラアリは陥落する。千年の歴史を誇るキリクスタンの北都は、闇に呑まれる。フランチェスカは死ぬ。竜の娘も、キミも」


 ニフリートの思考が途切れ、ミカイアは解放される。ミカイアが顔を上げたときには、ニフリートは長剣を握り締めていた。


「ミカイア、今だったら……キミを助けてあげようと思う」


 ニフリートは言った。


「安っぽいけれど、ボクにはその権限が与えられている。今ならば――どうした?」

「ハハハ」


 ニフリートに思考を押し込まれ、息が上がっているにもかかわらず、ミカイアは、笑い出さずにはいられなかった。


「あのさ、ニフリート。たぶんアンタじゃ、クニカもフランチェスカも止められないよ」

「分からないのか?」


 ニフリートは目を細める。


「ボクと闘ったところで……キミは五分と()たない」

「『オレがどうか』じゃない」


 ミカイアは口元をぬぐった。


「『アンタじゃ、クニカもフランチェスカも止めることはできない』って話をしてる。今のアンタじゃ、永遠にムリだ。オレの頭ン中で作戦を披露したのは……本当はアンタが、失敗を恐れているからだ」


 ニフリートは答えなかった。


「オレは絶望なんかしちゃいない。オレだけじゃない。この街で闘っている、みんながそうだ。誰しもが希望を持ってる……分かちがたいほどの大きな希望を、みんなで共有している」


 右膝を折り曲げ、左足を前に投げ出すと、ミカイアは姿勢を低く保つ。左手は丹田の前で構え、右腕は折りたたみ、脇を締め、構えた剣の切っ先を、ミカイアはニフリートに向ける。――星誕殿(サライ)の使徒騎士の中でも、体術にもっとも習熟するミカイアが習得した、”決闘者の構え”である。


「アンタの言うとおり、オレの実力じゃ、五分と()たない。そんなことは百も承知で、オレは今、アンタと対峙している。バカだろ? でも、それがどうしたってんだ。チカラアリが陥落するって? クニカや、フランが死ぬって? ふざけんのもいい加減にしろ」


 ミカイアは笑った。


「ほんの少しでも、アンタをここで引き留めれば、アンタの作戦は停滞する。五分で充分だ。三分でもいい。一分でもいいかもしれない。言い過ぎかな? ただ、それで全てが変わる。アンタが想像もしなかったようなことが、次々に起こる。押し潰されるぜ、アンタは。アンタは”希望”に押し潰される。ウチらにあって、アンタにないものだからだ。ほら、どうした?」


 左手を突き出すと、ミカイアはニフリートに手招きする。


「早くしろよ。チカラアリ(びと)は、せっかちなんだ。分かるだろ?」

「ちゃんと生きていた頃に――」


 首を傾げながら、ニフリートが言った。その動作は機械的で、ミカイアの言葉など、まるで響いていないかのようだった。


「キミと、もっと話をすべきだったかもしれないな……」


 ニフリートが剣を振りかざす。


 それが合図だった。

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