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ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第1章:終わりのない平和みたいに(Мост над неспокойной водой)
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007_霊長と竜(Приматы и Драконы)

「最後の単元は、“創世神話”さ」


 チャイハネの講義は続く。


「ちょっと前まではね、あたしは、こういう話は好きじゃなかった。神話ってのは、どこまで行っても神話に過ぎないと思ってたからね。だけど、クニカに会ってから、考えが変わった。神話にも何かのヒントがあるんじゃないかって、最近はそう思ってる」


 まず、この世界には“至高者”と呼ばれる存在がいる。


「“(プネウマ)”とも呼ばれていてね、“(プネウマ)”は、『そのものに先立って制約を与える者がいないゆえ、制約を受けることがなく、そのものに先立って推し測るものがいないゆえ、推し測られることがなく、計り知れず、目に見えず、永遠で、言葉では表せず』、したがって『名前も付けられない』、というような、超越的な存在なんだ」


 クニカは頷きかけたが、ふと、あることを疑問に思った。


 “(プネウマ)”が、言葉では説明できず、見ることもできず、この世界のありとあらゆるものに先立って存在する、超越した存在なのだとすれば、そもそも人間は、“(プネウマ)”の存在を感知することなど、できないのではないだろうか?


「いい質問だね、クニカ。実はね、これには答えがある」

「そうなの?」

「これからのお楽しみさ。ちなみに、今の説明は『ヨハネのアポクリュフォン』から引っ張ってきているから、気になるなら、後で読んでみるといい」


 “(プネウマ)”のほかに、“(ソフィア)”が存在する。このほかにも、“(プネウマ)”を父とし、“(ソフィア)”を母とし、“子”が存在する。“父”と“母”と“子”。これで、三位一体(スヴィタヤトロイツァ)だ。


「ちなみにね、“子”とは呼んでいるけれど、“子”も“(プネウマ)”や“(ソフィア)”と同じように、自分の力で生まれた存在なんだ。これを、“自ら生まれた者(アウトゲネース)”って呼ぶ。――あんま難しそうな顔をするなって、クニカ。おまじないだと思って聞いてりゃいいんだ」


 “父”と“母”と“子”は“不滅の王国(バルベーロー)”におり、自分たちの霊的な力を利用して、“霊的存在(アイオーン)”を生み出した。


「生み出された“霊的存在(アイオーン)”の数は十二個あって、それらの“霊的存在(アイオーン)”が互いに協力し合って、全部で七十二の天界と、光り輝くものが生み出された。それで、この七十二の力は、ひとつびとつが五つの霊力を生み出して、三百六十の力が生み出されたんだ」

「なんだか……すごいたくさん……」

「簡単さ。霊的存在(アイオーン)の“十二”って数は、一年間の月の数に対応している。生み出された七十二の天界は、古い言伝えで、この世界に存在する民族の数を現している。で、“三百六十”ってのは、一年間の日数だな。五日分足りないけど、そこはご愛敬さ」


 幸い、この世界の“年”、“日”、“時間”の概念は、クニカの住んでいた“地球”のものと一致していた。


 天体も“地球”と同じであり、太陽と月はひとつずつあった。よく晴れた日に、クニカは金星を目にしたこともある。


「いま言ったことは、『聖なるエウグノストスの手紙』に書いてある。気になったら、後で図書館で読んでごらん」


 ある時、事件が起きる。“(ソフィア)”が、自分の姿に似たものを創り出そうとしたのである。しかし、“(プネウマ)”はそのことに反対していた。


「“(ソフィア)”は、単独でそれを行おうとして、失敗するんだ」


 その結果、“創造神(デミウルゴス)”が生まれる。“創造神(デミウルゴス)”は、生み出されると同時に“(ソフィア)”の“霊性”の一部を奪い去った。


 「“創造神(デミウルゴス)”は、“支配者たち(アルコンテス)”とも呼ばれるね。“瞋恚者(ヤルダバオート)”、“愚痴者(サクラス)”、“貪欲者(ネブロエール)”って名前で、まぁ要するに、何人かいる」


 “支配者たち(アルコンテス)”は、“(ソフィア)”から奪い取った“霊性”を利用して、この世界を創り上げる。


「その時に人間も造られた。それでね、思い出してほしいんだけれど、“(ソフィア)”はもともと、“(プネウマ)”と三位一体を構成していたわけだ。ということはだよ、造られた人間の中にも“霊性“が宿っているはずだから、人間は遠いところで“(プネウマ)”ともつながっているわけだよ」


 だが、その“霊性”を、人間が覚知することはない。なぜなら、“支配者たち(アルコンテス)”の作り上げたこの世界はあまりにも不完全であり、被造物である人間もまた、不完全な存在だからだ。“霊性”は塞がれ、人間は無知の(とりこ)となってしまっている。


「そこに“(プネウマ)”が救いの手を差し伸べる。三位一体の最後の要素である“子”を、啓示者として下界に遣わすんだ。その“子”は、“始祖男性(アダム)”と“始祖女性(エバ)”の三人目の子供・セツとして、この世界にやって来る」


 セツの霊験により、人間は、自らの内に宿されている“霊性”を覚知することができる。“覚知(グノーシス)”を成就させた人間は、“不滅の王国(バルベーロー)”まで昇り、その本質と一致する。


「というのが、大まかな流れだよ。いろんな聖典にいろんなことが書いてあって、聖典によっては違うところもあるけれど、大筋はそんな感じだ」


 ポケットから煙草を取り出すと、チャイハネは煙草を(くわ)え、吸い始める。


「人間は“霊性”を秘めているから、“(プネウマ)”が超越的な存在であっても、それを知ることができる。これが、クニカの質問への答えかな」

「ねえ、チャイ。“覚知(グノーシス)”をするには、どうすればいいの?」

「この世界について、正しい知識を身に着けること。それが、楽園に至るための、唯一のやり方さ。本来ならね」

「『本来なら』?」

「そう。だけど、この世界にいる全ての人が、正しい知識を得られるとは限らない。知識なんて更新されるものだし、誤って伝えられることも多いから。だから、別に方法がある」

「それって何?」

「“祈る”ことさ」


 “(プネウマ)”は、人間の言語と思考との外側に存在する、超越的な存在である。そうした“(プネウマ)”の存在は、いかに人間が“霊性”を通じて繋がっていると言ってみたところで、捉えがたい存在であることには変わりない。


 にもかかわらず、人間は“(プネウマ)”が超越的であることを“受け入れる”ことができる。では“(プネウマ)”の超越性を“受け入れている”とき、「受け入れている」という言葉をもって、人間は実際のところ、何を考えているのか? 実はこのとき、人間は“(プネウマ)”と、特殊な関係に入っている。


「それが、“祈り”ってヤツさ」

「祈り」

「そう。“(プネウマ)”について語ろうとしたり、考えたりしようとした時、人間は『祈る』っていう、特殊なやり方をしている」


 自分の“祈り”について、クニカは考える。“竜”の魔法属性は、“祈り”を現実に置換する能力である。「傷が治るように」と祈れば、クニカは誰かの傷を癒すことができた。銃弾を空中で止めることだって、誰かの行動を操ることだって、クニカにはできる。


 では、祈っているとき、自分はいったい、何を考えているのだろうか?


「セツが降臨した後のことは、昔、話したよね? セツが降臨する前、この世界はドロドロしていて、人間は言葉さえ忘れ去り、獣みたいになって、互いに殺し合っていた」


 チャイハネは続ける。


「セツの降臨を、“支配者たち(アルコンテス)”は怖れた。だから、まず“竜”をけしかけて、セツを始末しようとした。だけど、“竜”は人語を話すことも、解することもできたから、セツの霊験に感化された」


 “(ドラクォン)”の単語を耳にした瞬間、クニカの脳内を、あるアイデアがほのめいた。


「“竜”は、セツのために、世界の案内役を買って出た。目論見が外れた“支配者たち(アルコンテス)”は、四人の淫魔を派遣して、セツを誘惑しようとした。だけど、彼女たちもセツの霊験に感化されて、自らの“霊性”を思い出し、天女になった」


 かくして、“霊長”であるセツは、“所与”の象徴として、“竜”は“輪廻”の象徴として、世界を祝福して回った。セツの霊験に感化され、人間は言葉を思い出し、“(プネウマ)”について考え、語る力を取り戻したのである。


「めでたし、めでたし、と」

「ねえ、チャイ。私って“竜”の魔法使いだよね?」


 チャイハネが語り終わるのを待ってから、クニカは尋ねる。


「そうだな」

「“竜”の魔法は、伝承の存在だって、ずっと言われてたんだよね?」

「そう」

「神話では、“霊長”と“竜”がいる。ならば、“霊長”の魔法属性も、もしかしたら、いるんじゃないかな?」

「ハハハ」


 チャイハネは笑った。


「クニカ、考えてもごらんよ。そもそも人間が“霊長”なわけだろ? 霊長が“霊長”の魔法属性になったところで、それって結局、ただの“霊長”じゃん」


 “竜”の魔法使いとして、自分が存在する以上、“霊長”の魔法使いがこの世界に存在してもおかしくはない。


 この世界のどこかに、自分と同じような運命の人がいる。そう考えただけで、クニカは、胸が高鳴るのを感じた。


「それはそうだけど……」

「――起立!」


 なおもチャイハネに言おうとした矢先、“異邦人の間”の外から、侍従の声が聞こえた。

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