表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第4章:チカラアリ少女行(В Чикараари)
66/165

066_天雷の姉妹(Воанергес)

「ここで


 ∑[k=1→n]1/2^k → 1 (k → ∞)


 だから、永遠に”新市街”にはたどり着けない、と言ってしまってもいい。ハ、ハ!」


 公会堂の会議室は、”自由チカラアリ”の兵士たちでごった返している。少しでも頭を動かしたら、鼻先がぶつかってしまうくらいの混み方だった。


 そんな会議室の中央で、フランチェスカは、額を黒板にこすりつけながら、機関銃のように”新市街奪還作戦”をまくし立てている。フランチェスカは、話すのと同じくらいの速度で黒板に数式を書きつけており、前に書いた数式の上に、平気で数式を重ねていた。クニカは全然、作戦の内容が頭に入ってこなかった。


 目玉だけを動かして、クニカは周囲をぬすみ見る。兵士たちは、あいまいなほほえみを唇の端に浮かべつつも、みな遠いところを見つめていた。フランチェスカに着いていけていないのだろう。


「ニキータさん、」


 隣で眠そうにしているニキータに、クニカは尋ねる。


「いつもこんな感じなの?」

「ビックリするよなァ。黒板と喋ってるんだから」


 笑顔で答えるニキータに、クニカはため息をつく。


 フランチェスカの隣には、ミカイアも座っている。腕を組んだまま、ミカイアは床のタイルをじっと見ている。


「というわけ。理論は完璧!」


 満足したのか、小さくなったチョークを、フランチェスカは放り出す。


「具体的な指示は後で」

「だそうだ、みんな、良かったな」


 ミカイアの言葉は、まるでみずからに言い聞かせるかのようだった。周囲の人たちは、みな息を吹き返したようになって、ざわめき始める。口より先に手が出るのが、チカラアリ(びと)の性分である。その割には、よく忍耐したな、とクニカは思った。


 そのとき、


「戦争だ!」


 会議室の後方、扉の辺りから、声が飛んだ。居合わせた人々が、一斉にそちらを向く。


「カイ?!」


 扉の前に立つ人物を見て、クニカは声を上げる。そこにはカイが立っていて、白くて長い髪が、濡れそぼっていた。足下には水たまりができていて、何より、両腕でカツオを担いでいた。


「おっ。幸先いいじゃないか」


 ニコルが言った。遅れて、クニカの鼻孔を、磯の香りがくすぐる。カイは海に行ったのだろう。


「戦争だ! セ・ン・ソ・ウ!」

「ちょうど作戦会議だったんだ」


 リンが言う。


「よく分かんなかったけど」

「おおさじ亭!」


 カイがなおも叫んだ。


「おおさじ亭……?」


 リンの眉間にしわが寄る。


「まさか……ジュネとジュリが……?」

「行ってみよう、リン」


 クニカは胸騒ぎを覚えた。


 思えば昨日から、ジュネとジュリには会っていない。人づてに聞いた話では、生家はなくなっていたが、すぐ近くで新生”おおさじ亭”を立ち上げ、料理に奔走しているという。


「カイ、案内して」

「オッシャー!」


 カツオを手に持ったまま、カイが両腕を振り上げた。


「オレも行く」

「待ってくれ」


 ニコルが言った矢先、ミカイアが口をはさんだ。


「悪いけど、ニコルには残ってほしい」

「オレに?」

「話したいことがある。フランも」


 そう言うと、ミカイアはクニカに目配せをする。意図が分からず、クニカはミカイアの“心の色”をのぞこうとする。


「ほら、クニカ、さっさと行くぞ――」


 しかし、リンの方が早い。


「うん」


 リンにせかされ、クニカは会議室を、すぐに去らなければならなかった。出ていく間際、ミカイアの視線が背中に注がれるのを、クニカは感じ取った。



   ◇◇◇



 惨劇が繰り広げられていた。


「ふんっ!」


 という声とともに、ジュネのフロントスープレックスによって、クニカの知らない人が、石畳に叩きつけられている。


「ちょっと、ジュネ!」


 すぐ隣には、暴れている姉に近づこうとしているジュリと、やはりクニカの知らない、真珠色の長い髪をツインテールに束ねた、白い肌の少女がいた。


「キャーッ! イヤーッ!」


 と、白い少女は、絹を裂くような高い声で悲鳴を上げている。


「フンッ!」


 フロントスープレックスをお見舞いした相手に馬乗りになると、ジュネは背後から、相手の関節を()めはじめる。


「ぐえーっ。苦しいー。アンコが出るー」


 極められている相手が、()を上げる。その人の顔を見て、クニカは白い肌の少女を二度見する。同じ髪型に、同じ輪郭、同じ背格好で、違うのは肌の色と、声だけだった。


「どうなってんだよ?!」


 風変わりな双子の少女を、交互に見やりながらも、リンはジュリに尋ねる。


「それが、このお客さんが、バインセオにオイスターソースかけちゃって……」

「バインセオ?」


 バインセオなら、ウルトラにいたときも、クニカは何回か食べている。テーブルに目を向けてみれば、ソースのかけられたバインセオが、湯気を立てていた。


「バインセオにオイスターソースをかけただと?!」


 リンの目が、血走りはじめる。


「クニカ、ためらうな。ジュネに加勢すっぞ!」

「リン、落ち着いて……」

「フンガーッ!」

「クニカちゃん、カイちゃん、手伝って――」


 相手の首を締め上げているジュネを、ジュリが引き剥がそうとする。クニカとカイ、それからジュリは、三人がかりになって、暴れるジュネをようやく引き離した。


「コノヤロー」


 三人に取り押さえられながらも、ジュネはまだ足をばたつかせていた。


「許さねーかっな! バインセオにソースをかけるなんて、シャンタイアクティ(びと)みたいな真似しやがって」

「知らないわよ、そんなの!」


 白い肌の少女が言い返す。


「それに、シャンタイアクティではそれがフツーなんだから!」

「むむっ! さてはシャンタイアクティ(びと)だな?!」

「にゃーっ!」


 その言葉に、リンとジュリまでもが反応する。シャンタイアクティ(びと)とチカラアリ(びと)は仲が悪い――そんな因縁を、クニカは思い出した。


「みんな、落ち着いてって……」

「シャンタイアクティ(びと)が、何しに来たってんだよ」

「決まってるでしょう? あなたたちに会いに来たのよ」


 白い肌の少女が答える。周囲は水を打ったように静まりかえった。


「正確には、クニカに会いに来た、ってこと」


 立ち上がると、黒い肌の少女がつけ加える。


 みなの注目が、黒い肌の少女に集まる。乱闘のせいで誰も気付いていなかったが、黒い肌の少女の声は、男性のように低かった。ペルガーリアを思い出し、クニカはぎょっとする。


「オイラの名前はジイク。こっちが妹のアアリ」


 黒い肌の少女――ジイクは、自分たちを紹介する。


「ウチらは使徒騎士で、オイラもアアリも“天雷(ボアネルゲス)”を拝命してる。クニカに会いに来るために、シャンタイアクティからやって来たんだ。会えて嬉しいよ、クニカ」

「どうして、わたしのことを……」

「直感さ」


 ジイクの言葉に、リンが鼻を鳴らす。


「オリガも、同じことを言ってたな」

「オリガに会ったのね」


 アアリが言った。


「なら話が早いわ。クニカのお友達、ってところ?」

「加勢に来た……って?」

「まぁ、そんなところかな」


 ジイクの答えに対し、リンがクニカを肘で小突く。「ジイクとアアリが何を考えているのか、心を覗いてほしい」、リンはそう考えているようだった。


「あのね」


 不意に、アアリが声を上げる。その声が、明らかに自分に向けられたものだったため、クニカはぎくりとなる。


「私たちの心を覗こうとしているでしょう?」

「ええっと……」

「お見通しなのよ、その程度は」

「あっはっは」

「ジイク、笑いごとじゃない」

「まあまあ、アアリ」


 咳ばらいをしてから、ジイクは言った。


「クニカ、それから、リン。オイラとアアリは、ペルガーリア……ペルジェに派遣されて、ここまで来た。理由は二つ。ひとつはクニカと、フランチェスカに会うため。もうひとつは、実は、これはまだ言うことができないんだ」

「言うことができない?」


 ジイクの言葉を、リンがくり返す。


「どうして?」

「事情がフクザツなのよ」


 アアリが肩をすくめる。


「当事者にあることを言わなきゃいけないんだけど……言う前にこう、ドンパチやんなきゃいけなくなっちゃうかもしれないし。ほら、あれよ、『既定路線で考えればこうなるけれど、今回はそのような事案には該当しませんでした』ってことを、既定路線が確実だと思ってる人に伝えなきゃなんないわけ。分かる?」


 アアリの言い方が小難しいため、クニカもリンも、顔を見合わせるしかなかった。


「難しいってさ、アアリ」

「そうよねぇ。だって、これって要するに内輪ネタでしょ? 分かってもらえるわけがないのよ」

「取込み中悪いけどさ、もういいよ」


 大げさに手を振りながら、リンが言った。リンはもう、これ以上よく分からない話を続けるのが嫌なようだった。


「何でもいいけど、じゃあ、証明してくれよ。あんたたちがオレたちの味方だってことを」

「言葉を返すようで悪いけれどね、リン」


 アアリが答える。


「人々は“(しるし)”を欲しがるけれど、使徒騎士の業は、みだりに出せるもんじゃないのよ――」

「オッケー。いいよ」


 アアリがすべてを言い終わらないうちに、ジイクがあっけらかんと返事をする。アアリが渋い表情をする。


「ちょっと!」

「いいじゃんかー。力を見せつけたいわけじゃない。みんなに分かってもらうため、みんなを安心させるためさ」


 まったく、と愚痴をこぼしながらも、アアリはジイクとともに身を翻し、坂道を上っていく。


「クニカ。信じられるか?」

「信じてみようよ」


 クニカは、ジイクとアアリの背中に目を向けていた。二人は長剣を背負っている。オリガ、ニフシェ、ミーシャ、それにミカイア。これまでに出会った使徒騎士で、長剣を背負っていない者はいない。


「信じて良いと思うぜ。あいつらは間違いなくシャンタイアクティ(びと)だ」


 ジュネが言う。


「バインセオにソースかけるんだもんな。そんな食い方する奴、シャンタイアクティ人くらいだぜ。間違いない。それより、カイ、でっけえ魚だな!」

「ン!」


 カイは誇らしげに、捕らえてきたカツオをジュネに差し出した。ジュネの関心は、既に魚料理に向いているらしい。


「よし、魚料理だ。ジュリ、カイ! バインセオは三人で食うぞ」

「ええ、あたしも……?」

「もったいねぇじゃねえか。ソースはかかってるけど、絶対美味い。ほら!」


 そう言いながら、妹とカイとを引き連れ、ジュネは新生”おおさじ亭”へと引き返す。クニカとリンは、少し遅れて、ジイクとアアリの後ろをついて行く。



   ◇◇◇



 坂道は尽き、見晴らしの良いところまで、四人は到着する。この場所からは、低地にある新市街の様子が、手に取るように分かった。


「始めよう」


 そう言うと、ジイクが一歩踏み出す。次の瞬間、ジイクの身体が宙に浮いた。クニカの見守る中、ジイクは空中で胡座(あぐら)をかく。周辺の空気が張り詰めたのを、クニカは感じ取る。


 ジイクの隣では、アアリも同じようにして、空中に正座していた。着物の縁が地面に着くのを、アアリは気にしているようだった。


 ジイクとアアリ、二人のツインテールの房が、静電気を放つ。クニカの二の腕が、一気に鳥肌になる。二人から解き放たれた魔力のためだと、クニカは気付く。


 両手を掲げ、ジイクが手のひらに息を吹き込む。息にあおられ、白い花びらのようなものが空中を舞い、大気に溶け出す。


 並行して、アアリが右腕を振り上げ、指を鳴らす。アアリの手からは稲妻がほとばしり、地上から天上へと、白い稲光が垂直に跳ね上がる。すると、稲妻の先端が弾け、花火のように上空で展開する。稲妻は立て続けに打ち上がり、花火の幕は途切れることなく、”旧市街”を包み込み始める。


「これは……!」


 リンが息を呑む。


 瞬く間に、チカラアリの旧市街が、ドーム状の結界に覆われる。結界はシャボン玉のような色味で、陽光を受け、紫に、緑に、まだらな光を返す。


「これで大丈夫さ」


 地面に足をつけると、ジイクが右腕を伸ばす。ジイクの手の内に、光が集められる。奥義(ウパニシャッド)・”天雷”だ――とクニカが気付いたときには、ジイクは天雷を、上空へと投げつける。天雷は、結界の表面に当たった途端、散逸してしまった。


「マ、自分で作った結界だから、説得力ないけど」

「向こうの攻撃もそうだけど、こっちの攻撃も通さない」


 アアリが咳払いをする。


「破られたら、どうすんだ?」

「破られない」


 リンの言葉に、アアリが答える。


「私たちより強い奴が来ない限り。でしょう?」

「うんにゃ」


 クニカもリンも、顔を見合わせる。ジイクとアアリのやりとりは、うぬぼれのためというよりも、正真正銘、二人が強いためのやりとりであると、クニカもリンも感じ取った。


「徴はこれで十分かしら?」


 アアリの言葉に、クニカは無言で頷いた。


「ではクニカ、連れていって。私たちを”(プリンツェーサ)”のところまで」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ