006_魔法の三原則(Три Принципа Магии)
「というわけで、次は“魔法”について。さて、第一問。“魔法の三原則”とは、何のことでしょう?」
「“独立の原則”と、“潜在の原則”と、それから、“得手不得手の原則”」
「いいですね、クニカさん」
チャイハネが笑った。
「ちゃんと覚えてますね。それじゃ、“独立の原則”について説明してください」
「“独立の原則”は」
これまでに習ったことを思い出しながら、クニカは答える。
「別名が“無原則の原則”で、子供の魔法の属性は、親の魔法の属性に関係ない」
「そうですね。正解です」
この世界の魔法には、“属性”というものがある。属性はすべて、動物の特徴を持っていた。
例えば、リンは“鷹”の魔法属性を持つ。そのため、リンは視力が良く、遠く離れたところの、わずかな変化でも見逃さない。加えて、背中から鷹の翼を生やし、空を飛ぶことだってできる。
しかし、仮にリンに子供ができたとしても、その子供が、必ずしも“鷹”の魔法属性になるかは分からない。“犀”の魔法属性になるかもしれないし、“狐”の魔法属性になるかもしれないし、“蛇”の魔法属性になるかもしれない。もちろん、“鷹”の魔法属性になってもおかしくはない。要するに、生まれてくる子供については、何も言えないのである。
「生命の神秘、ってやつなんだろうねえ、きっと」
チャイハネが、しみじみと言った。
「では、“独立の原則”に関連して、第二問。“魔法属性”についてですが、発現の仕方で二つの系に、その生得的な特徴で四つの類に、それぞれ分類されます。それぞれ、何でしょう?」
「発現の仕方で、ええっと、“具体系”と、“象徴系”。生得的なのは、“陸棲類”、“海棲類”、“空棲類”、“神聖類”……」
「やっと言えましたねぇ、クニカさん」
眼鏡を外すと、チャイハネはわざとらしく、涙を袖で拭う仕草をしてみせる。
「聞いてるこっちが冷や冷やしますよ」
「ハハ……すみません」
“系”とは、魔法の現れ方を指す用語である。“具体系”とは、その名のとおり、身体の一部が、具体的に変形する系を指す。“鷹”の魔法属性であるリンは、背中に翼が生えるため、“具体系”に該当する。
一方で、チャイハネは“梟”の魔法属性である。リンのように、翼が生えてきても良さそうなものだが、チャイハネは全く翼を生やせない。その代わりに、チャイハネは、“梟”が象徴しているかのごとく、一度読んだ本の内容はほとんど覚えており、博識だった。このように、象徴的に魔法属性が発現する“系”を“象徴系”と言った。
「だから、同じ魔法属性でも、“系”が異なると、全然違ってくる」
灰皿にあったタバコの吸い殻をもてあそびながら、チャイハネは言った。
「ジュネは“犬”の魔法属性だけれど、あれはすごい嗅覚の持ち主だから、まぁ、具体系だ。だけど、象徴系の“犬”だと、空を飛んだり、木を生きたまま変な形にしたり、火を吹いたり……」
「えぇ?」
クニカは声を上げた。
「ホントに“犬”なの?」
「あたしも分からんよ。でも、そういう話がある」
“系”が魔法の現れ方ならば、“類”は「その魔法属性の由来」を指す用語である。先ほどの例を取れば、“犬”は陸地に住んでいるので、“陸棲類”である。“鷹”は空を飛ぶので、“空棲類”である。
ここまでは分かりやすい。
「じゃあ、“亀”は?」
「は……」
あやうく「爬虫類!」と答えそうになり、クニカは口をつぐむ。それでは正真正銘、生き物の分類になってしまう。
クニカは考える。ウミガメ、は海にいるが、すべての亀が、海にいるわけではない。この世界に転移する前、クニカの通っていた小学校では、大きめのビオトープでミドリガメを飼っていた。ミドリガメは池にいるよりも、陽射しの当たる地上で、甲羅干しをしていることが多かった。
「だから、陸棲類!」
「ブッブー」
「え? じゃあ、海棲類!」
「残念! “亀”は神聖類でした! ……泣くんじゃないよ、クニカ」
「ずるいよ……」
このように、生き物の分類と、魔法属性の“類”は、全く別物である。したがって、変わった“類”の魔法属性については、その都度覚えるようにしましょう――。
「『ちなみに、神聖類の魔法属性は、必ず“陸棲類”、“海棲類”又は“空棲類”の、どれかの特徴を兼ね備えます』。というわけで、クニカさん。第二問はペケですな」
「ハア。……あ」
クニカは思った。クニカは“竜”の魔法属性だが、果たしてどの“類”に該当するのだろうか。
「まあ、神聖類だろうね」
そう答えながらも、チャイハネは首を傾げる。
「でも、この本のとおりなら、ほかの三つの“類”のどれかの特徴を持つらしいけど、どうなんだろうね? “空棲類”かな?」
「うーん?」
「もしかしたらさ、クニカこそが、正真正銘、単独の“神聖類”かもしれないね」
「そんなことあるかな?」
「その方が夢がある」
「そういう理由?」
「そうさ、第一発見者はあたしだ。どこかの学会に発表しないと」
『ガイドブック』のページを、チャイハネはめくる。
「さて、“三つの原則”に戻ろう。では、四問目。クニカさん、“潜在の原則”について説明してください」
「魔力はすべての人間が持っているけれど、魔力を発揮できる人は、限られている。南の大陸では処女だけが、北の大陸では男性だけが、魔力を発揮できる」
「いいですね。大陸別の特徴も含めて、完璧な回答です!」
これが、この世界の魔法の、奇妙な特徴だった。動物としての魔法属性が使えるのは、南大陸では処女だけ、北大陸では男性だけらしい。「らしい」と言ったのは、北大陸と南大陸との交渉は、ここ数十年単位で途絶えてしまっているためだ。
だが、クニカは事実として、そのことを知っていた。ウルトラまでの冒険の最中に、クニカは、北の大陸にあるサリシュ=キントゥス帝国の兵隊だった、ニコルという名前の青年と知り合ったことがあるからだ。ニコルは、リンと同じく“鷹”の魔法属性で、やはり背中に翼を生やすことができた。
それに、「魔法が発現しない」ことと「魔法が使えない」ことは、イコールではない。南大陸の男性も、北大陸の女性も、魔法陣などの助けを借りれば、魔法を使うことができる。初めてクニカがリンに会った時、リンは特殊な形状の銃を持っていた。その銃は、針金製の魔法陣のカートリッジを利用する“魔法銃”だったが、避難の道中に、リンが男性車掌から奪ったものだった。
それでも、クニカは思う。南大陸は女性だけの、しかも、処女だけしか魔法が発現しない。その一方で、北大陸では、すべての男性が魔法を使うことができる。ずるいのではないか?
「程度の問題なんじゃないかな」
クニカの質問に、チャイハネは肩をすくめる。
「それはそうだけど……」
「あとね、北大陸の男性の魔力は、こっちの女性の魔力よりも、全然弱いんだ。おまけに、北の魔術は、南の魔術より百年以上遅れてる」
「そうなの?」
「歴史の本を読めば分かる。北の帝国と戦争になるたびに、シャンタイアクティの騎士たちがボコボコにしてるんだよ。面白い読み物を何冊か知ってるからさ、今度教えてあげるよ」
ニコルの魔力が弱いようには、クニカには見えなかった。だが、技術が立ち遅れているのだとすれば、クニカにも理解できる。
ふとクニカは、ウルトラまでの冒険の記憶を思い出す。ウルトラにたどり着く直前、サンクトヨアシェという町の外れで、サリシュ=キントゥスの兵士たちが、“シャンタイアクティの騎士”の噂をしていた。騎士たちがあまりにも強すぎ、東部に進出したサリシュ=キントゥスの兵士たちは攻めあぐねている――という話だった。
一国の軍隊と渡りあえる騎士団なんて、ちょっとかっこいいな、と、クニカはそう思う。
「そんじゃ、“三つの原則”の最後、“得手不得手の原則”について、説明してください」
「ええっと、魔法属性には、相性がある」
「はい、正解です。ちょろいですね」
“得手不得手の原則”は、分かりやすい原則だった。「動物同士の天敵の関係が、魔法属性にも影響する」ということである。
「例えば、『“犬”と“猿”の魔法属性同士は、すぐにケンカをし始めるから、なるべく遠ざけろ』って、よく言われるな」
「そうなんだ」
「だけど、そこに“雉”の魔法属性がいるんなら、むしろ“犬”と“猿”とくっつけた方が、上手くいくらしい」
「フーン?」
よく分からなかったが、なぜかクニカの脳内を、桃のイメージがよぎった。
「そんなわけで、当たり前だけれど、天敵のいない魔法属性っていうのもある。カイなんか、まさにそうなんじゃないかな?」
カイは、クニカの四人目の仲間にして、最後の仲間である。サンクトヨアシェの橋の下に住んでいたカイと、クニカは偶然出会い、友達になった。
そんなカイは、“鯱”の魔法使いである。本物のシャチは、クジラにかじりついたり、イルカを蹴散らしたり、サメを追い回したりできるのだから、確かにカイは、海棲類の中では敵なしかもしれない。
「でも、カイはそんなことしなさそう」
「それが、カイのいいところなんじゃないかな。さて、これで“三つの原則”も抑えました。忘れそうになったら、ジュネとジュリを思い出すといい」
「何で?」
「全部満たしてるからだよ。姉のジュネは“犬”で、妹のジュリは“猫”。姉妹だけど、属性は別々。だから“独立の原則”。二人とも女の子だから、“潜在の原則”。んで、“得手不得手の原則”のとおり、“犬”属性のジュネがぶっ飛んでても、“猫”属性のジュリは『にゃーん……』しか言えない」
「なるほど」
そう言われれば、クニカにも覚えやすそうな気がしてくる。
「そうだ。ねえ、チャイ。もしわたしに“得手不得手の原則”が当てはまって、苦手な存在がいるとしたら、どんな魔法属性なんだろう?」
「そんなのは」
何かを言いかけてから、チャイハネは眼鏡を外し、一度目の辺りをこすった。
「考えられるとしたら、“霊長”の魔法属性かな?」
「“霊長”?」
「そうさ。ちょうどいいや、最後の単元だ」
チャイハネの講義は続く。