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ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第4章:チカラアリ少女行(В Чикараари)
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059_異常な愛情(странная любовь)

「見たか?!」


 ガラス細工職人の男性が、バリケードを紙屑のように破りながら、サリシュ=キントゥス帝国軍の陣地に分け入っていく。自動小銃を構えて必死に応戦していた帝国軍の兵士たちも、男性がいっこうにひるまないと見るや、悲鳴を上げて逃げ出していった。


「待て待てぇ!」

「よくもうちらの街を――それっ!」


 もう一人の“自由チカラアリ”の兵士が、土嚢を掴むと、逃げていく帝国軍の兵士たちに投げつける。二人掛かりで持ち上げるのがやっとのはずの土嚢が、まるで石の(つぶて)か何かのように放り投げられ、帝国軍の兵士たちの頭上を飛び越え、有刺鉄線の柵に激突する。


「ざまあみろってんだ」


 そう言いながらほくそ笑む男性は、これまでに肉体労働とはほとんど無縁であった、時計技師である。


 旧市街のあちこちで、異変が起きている。それまで、地下水路に潜伏してゲリラ戦を展開していた“自由チカラアリ”の兵士たちが、突然地上に現れ、一斉にサリシュ=キントゥス帝国軍の陣地に突撃を始めたのである。しかもかれらは、老若男女を問わず丸腰だった。


 あり得ないことが、もうひとつある。いくら小銃を撃ち込んでも、かれらはびくともしないのだ。それどころか、拳の一撃、蹴りの一撃で、バリケードをなぎ倒し、兵士を蹴散らしている。


(アクーラ)だ」


 サリシュ=キントゥス帝国の兵士がうめく。


(アクーラ)だ……!」


 悲鳴を上げて逃げる歩兵と入れ替わりに、一台の戦車(ヴァク)が、建物の角から姿を現す。石畳を破壊しながら、戦車は砲塔をうならせ、ガラス細工職人と時計技師に照準を合わせる。


「行くぞ!」

「おうっ!」


 戦車に向かって、二人はまっすぐに駆け出す。戦車の砲塔が火を噴く。男たちに砲弾が殺到する。砲弾は男たちを逸れ、レンガの塀を打ち砕く。だが、飛散したレンガの破片が当たっても、二人が痛がることはない。


「こっちの番だぜ、やあっ!」


 ガラス細工職人が、拳を突き上げる。プラスチックのストローのように、砲塔はあっさり折れ曲がる。


「ほら、ねんねしてな!」


 戦車の脇に回り込むと、時計技師は体当たりをする。戦車は一回転し、そのまま裏返しになった。


「やったぜ!」

「どんどん行くぞ、お礼参りだ!」


 二人はなおも、敵陣にまで分け入っていく。これと同じようなことが、旧市街のあちこちで起きている。



   ◇◇◇



「すげえ! すげえよ!」


 “自由チカラアリ”の兵士のひとりが、クニカのところまで舞い戻ってくると、鼻息を荒くしながら、早口でまくしたてる。兵士の身体は真っ黒に煤けていた。戦車の砲弾が直撃したのだろう。


「痛くも痒くもねえ。目に入ったって、どうってことねえ。ミカ嬢の身体、マジで最高だぜ!」

「やめろよ、オッサン!」


 うすら寒そうに、ミカイアは二の腕のを抑える。


「気持ち悪いなァ。セクハラだぜ、そういうの」

「クニカちゃん、大成功だよ!」


 遅れてやってきたニキータが、満面の笑みで言った。ニキータの服はあちこちが破けていたが、身体には傷ひとつない。


 (プリンツェーサ)の、“度肝を抜く作戦”。それは、ミカイアの(アクーラ)の能力を利用したものだった。ミカイアは、みずからの能力を駆使して、身体を鮫の歯のように硬化させることができる。この能力を、クニカの(ドラクォン)の能力を利用して、“自由チカラアリ”のすべての兵士たちに共有したのだ。


 使徒騎士として鍛錬を積んでいるミカイアは、自らの能力を鉄の硬度にまで精緻化していた。だから“自由チカラアリ”の兵士たちは、銃弾はおろか、砲弾でさえも真正面から受け止めることができた。これまで一人きりだったミカイアが、何十人、何百人と増殖したも同じだった。


「何でもできるんだなァ。羨ましいよ」


 前線まで突っ走っていく“自由チカラアリ”の兵士たちを見ながら、ミカイアはぼやいた。能力の都合上、近接戦闘を余儀なくされるため、火器を持っていると誘爆の危険がある。“自由チカラアリ”の兵士たちが丸腰なのは、これが理由だった。


「山に命令して、『海に飛び込んでください』とか言えば、その通りになるのかもな。ハハハ」

「クニカ、大丈夫か?」


 冗談を飛ばすミカイアの傍らで、リンが尋ねてくる。


「うん……」


 “竜”の能力による“祈り”によって、クニカは今、ミカイアの能力を共有している。みずからの思考を流し込んでいるようで、クニカは落ち着かなかったし、集中のあまり、気分も悪かった。


「いや、大丈夫! 平気だよ?!」


 頼りない返事をしてしまったことに気付き、クニカは言葉を重ねた。もしここで、集中を切らし、魔法から解き放たれてしまえば、前線に深入りしている“自由チカラアリ”の兵士たちを死に追いやることになる。


「大変だ!」


 そのとき、“自由チカラアリ”の兵士のひとりが、慌てて戻ってきた。


「どうした?」

「増援だ! 新市街からなだれ込んでやがる」

「それだけじゃねえ」


 もうひとりが、何かを言おうとした矢先、空の奥から、重苦しいプロペラの音が響いてきた。


「爆撃機だ!」


 ニコルが声を上げる。三台の爆撃機が隊列を形成し、クニカたちの方角に近付いてくる。


 左右に控えていた機体が、前方で旋回し、下部のハッチが開く。爆弾が吐き出され、地面に落下する。建物がこなごなになって、周囲が炎の渦に変わった。


「こっちに来るぞ!」


 中央の爆撃機が、クニカたちまで迫ってくる。ハッチが開いた。


「ヤバい、逃げろ――!」


 兵士が言い終わるよりも、ミカイアが動き出す方が速い。クニカは、瞬きもせずにミカイアを見ていたが、それでもミカイアが剣を抜き放つ瞬間を見逃してしまった。


 何の予備動作もなしに、ミカイアは剣を放り投げる。剣は中空を直進し、吸い込まれるようにして、爆撃機のハッチに呑み込まれる。次の瞬間、尾翼が弾け飛び、爆撃機が真っ二つになる。


「うっ……?!」


 閃光を前にして、クニカは目をつぶる。暴風と熱気、轟音が、少し遅れて、クニカたちに殺到する。


()っちいな」


 クニカはまぶたを開く。ミカイアが額の汗を拭っていた。クニカははっとした。いかにミカイアが鉄の硬度を誇っていたとしても、熱さや寒さなど、皮膚を通じての感覚は人間と変わらないのだ。爆風に巻き込まれてしまえば、“自由チカラアリ”の兵士たちはひとたまりもない。


「ミカイア、あの――!」

「分かってるさ、」


 ミカイアが腕を伸ばす。煙を切り裂き、何かが飛んできたかと思えば、ミカイアの掌中に収まる。長剣だった。


「前線にいる奴らに、水路へ逃げるよう伝えるんだ」

「ミカ嬢は?」

「敵陣を突く」

「ピャーッ?!」


 ミカイアの言葉に、ニキータが素っ頓狂な声を上げる。


「おっさん、変な声出すなよ! 鳥肌が立つだろ!」


 リンが怒鳴った。


「旧市街が突破されんのを、連中は怖れてんだよ。だから爆撃機なんか持ち出してんだ。こっちが旧市街を抑えれば、連中は新市街に引きこもるさ。爆撃も止む。意味がなくなるからな」

「このまま突っ込むってのか?」

「いや……空を飛ぶ」


 ミカイアは振り返ると、リンとニコルとに、目で合図を送った。


「行けると思う」


 ニコルが切り出した。


「爆撃機は、空の敵には対応できない。むしろ空を縫っていけば、目的地まで安全かもしれない」

「だけど……誰が行くんだよ?」

「オレと、クニカだ」

「危険すぎるだろ!」


 クニカを守るように、リンがミカイアの前に立ちはだかった。


「リン、大丈夫だって」

「大丈夫なわけないだろ」


 リンを前にして、クニカは慎重に言葉を選ぶ。


「わたしが行かないと。その、みんなを危険に巻き込んじゃうから……」

「だけど……!」

「クニカはオレが守るよ」


 ミカイアがクニカにウィンクする。


「死なせやしないさ」

「信じるぞ、その言葉」


 次の瞬間、リンの背中には、鷹の翼が広がっていた。


「ニコル!」

「ああ、」


 ニコルも同じように、鷹の翼を広げる。


 リンとニコル、それぞれから差し出された手を、クニカとミカイアは掴む。


「行こう!」


 ニコルのかけ声とともに、クニカとミカイアの足が、石畳から離れる。

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