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ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第4章:チカラアリ少女行(В Чикараари)
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057_度肝を抜く作戦(Потрясающая стратегия)

――肉が霊ゆえに生じたとすれば奇跡である。しかし、霊が肉ゆえに生じたとすれば、奇跡の奇跡である。

(『トマスによる福音書』、第29章)

「さあ、こっちだ」


 “自由チカラアリ”の兵士に誘導され、クニカたちは、旧市街の路地を静かに進む。旧市街の路地は、水路と同じくらい入り組んでいた。街並みは、すき間なくレンガに覆われている。


「大丈夫か?」


 使徒騎士のミカイアが、後ろを振り返る。毒ガスに当てられたクニカのことを、心配しているようだった。


「えっと……舌がヒリヒリするかも」

「ハハハ」


 ミカイアは笑った。笑い声を聞いて、自分たちは助かったのだと、クニカは改めて実感する。


「ここだ」


 道を曲がった先で、クニカの視界が開ける。通りの一角に、青銅の門を備えた、大きな建物がある。周囲はバリケードに覆われ、ものものしい。


 先頭を歩いていた兵士が合図をしてくる。姿勢を低くしながら、クニカたちは小走りに、建物まで駆け寄った。入口にはうず高く()(のう)が積まれていて、兵士の助けを借りながら、それをよじ登らなければならなかった。


「よっ、大将!」


 建物の中にいた男の一人が、ミカイアに声をかける。


「無事なお戻り、何よりで! ビックリしたよ、いきなり飛び出しちゃうんだから」

「しょうがねえだろ」


 手に巻いた包帯を緩めながら、ミカイアが言った。


「『助けて』って聞こえたんだから。『弱きを助ける』、それが星誕殿(サライ)の、昔ながらのやり方さ」

「ハハハ。……ん?」


 軽口を叩いていた男性が、ふと真顔になると、ミカイアの肩越しをのぞき込む。


「おい、ちょっと待て――まさか、ジュネちゃんかい?!」

「あっ、オッサン! 靴屋の!」


 男性を見るやいなや、ジュネが叫んだ。


「知合いか?」

「料理屋のオレグのとこの娘だよ。ジュリちゃんも――あっ、一緒か! ウルトラにいたんじゃなかったのかい?!」

「エゴールおじさん、ウチら戻って来たんよ。ね?」

「お、おう」


 ジュリにウィンクされて、リンがしどろもどろに答えた。


「へえ、地元だったんだ」


 ミカイアが、打ち解けた調子で言った。


「それにしても、ウルトラの方が安全だろ? どうしてチカラアリまで――」

「ミカちゃん!」


 ミカイアが言い終わらないうちに、別の扉から、恰幅の良いおばさんが現れた。


「なに、おばさん?」

(プリンツェーサ)からよ、共感覚(テレパシー)で」


 “(プリンツェーサ)”の言葉に、クニカとリンは、互いに顔を見合わせる。クニカたちがチカラアリへ向かったのも、“(プリンツェーサ)”に会うことが目的である。


「話したいことがあるんだって」

「おう。あたしもそう思ってたんだ」

「あ、あの……」


 別の部屋へ行こうとするミカイアを、クニカは引き止めた。


「あの、わたしたちも、できれば“(プリンツェーサ)”に――」

「あー。ちょっと今回はパスな」

「どうして?」

「人見知りすんだよ、あの人。いや、人見知りじゃないんだろうけど、ああいうのは。まぁ、人見知りみたいなもんかな」

「でも……」

「とりあえず、休んどけ。ここなら安全だから」


 おばさんと一緒に、ミカイアは扉の奥へと消えてしまった。


「オレグが亡くなったって聞いたときは、ホントにびっくりしたよ」


 広間の中央では、ジュネとジュリを囲むようにして、人だかりができている。


「ジュネちゃんとジュリちゃん、どうしているかなって、下町のみんなが心配してたんだ。それがまあ……こんなに大きくなって……よく無事で……」

「やーね。しみったれた顔しないでよ、おじさん!」


 ジュリが肩をすくめる。


「そうそう! ウチらさ、ウルトラで“おおさじ亭”、続けてるんだ」


 ジュリに続いて、ジュネが腕を組んだ。


「でさ、リンたちがチカラアリに戻る、っていうから、ウチらも着いて来たんだよ。みんなに、旨いもん食わせてやろうと思ってな」

「ソイツは嬉しいね! ウチらは始終腹ペコだから。な、ニキータ?」

「失礼しちゃうなぁ! オレをそうやって、食い意地張ってるみたいに言いやがって」


 ニキータおじさんの言葉に、みながどっと笑う。


「リンちゃんも、無事で何よりだよ」

「ええ……まぁ……」

「リヨウちゃんは?」


 そう言いながらも、男性はじっと、クニカを見つめていた。自分が見られていることの意味を理解していたから、クニカは気まずい状況に耐えるしかなかった。


 リヨウとは、リンの実の妹の名前である。その昔、リンとリヨウは、チカラアリからウルトラまで、疎開するはずだった。しかし、乗り込んだ列車はコイクォイに襲われ、リヨウは命を落としてしまった。


 忘れてはならない事実が、ひとつある。クニカの顔かたちは、リヨウとうり二つだった。


「リヨウは死んだんだ。オレが守れなかった」


 一語一語を、みずからに言い聞かせるようにして、リンは言う。広間が静まり返った。


「リヨウを守れなかった分、ほかのみんなは守りたいと思ってるんだ。オレたちがここへ来た理由さ」

「そうだったのか……すまなかったな」

「いいんだ。今ではリヨウと同じくらい、大切な人たちがいるんだ。カイと、ニコルと、それから――」

「――大変だ!」


 リンが、クニカのことを紹介しようとした矢先、扉が開け放たれ、“自由チカラアリ”の兵士が駆け込んできた。


「どうしたんだよ?」

「ボリスが撃たれた!」

「何だって?!」

「機銃掃射だ。逃げ遅れちまったんだ。足をやられちまって、血が止まらない――」

「クニカ、」


 リンが囁く。


「いけるか?」

「うん……」


 返事をしながらも、クニカの心はざわついていた。ウルトラ市中央病院で行ったように、これからクニカは、怪我人を癒すことになる。


 だが、心持ちは、その時と同じではない。“竜の魔法使い”として、救世主の立場を引き受けて、クニカは怪我人を癒さなければならない。それが、クニカがチカラアリへとやって来たことの意味でもあるからだ。


「なあ、連れてってくれよ」

「ダメだ! 危ないから――」

「だ、大丈夫です」


 クニカは言う。皆の注目が、一斉に自分に集まり、クニカは汗が止まらなくなる。


「その、わたし、何とかできると思います」

「何とかって、何だよ。奇蹟でも起こすってのか?」

「は、はい」


 緊張するあまり、クニカは率直に応答してしまった。“自由チカラアリ”の兵士たちの間から、失笑が漏れる。


「とにかく、頼むよ」

「変な真似したら、承知しねえからな」


 リンに負けたのか、兵士は舌打ち混じりに、二人を案内する。



   ◇◇◇



 角を曲がると、クニカとリンは、早足で廊下を抜ける。建物は、クニカが考えていたよりも、奥まで続いていた。


「天女堂だよ、ここは」


 クニカが辺りを見回していることに気付いたのか、リンが言った。


「歴代の巫皇(ジリッツァ)を讃えるための場所さ。チカラアリには幾つもあるけれど、ここの“セラフィマ天女堂”が一番大きいんだ」

「ここだ」


 男が顎で、扉を示す。クニカは扉を開いた。むせるような血の臭いとともに、男のうめき声が聞こえてくる。とにかく声を上げていなければ、自分の命をつなぎとめていられないとでもいうような、切実な響きがあった。


「ボリス、しっかりしろ!」


 メガネの男性が、横たわる男性――かれが、ボリスなのだろう――に向かって、声をかける。その隣では、白衣を血まみれにした女性がすすり泣いている。


「おい、ボリス! こんなところで死ぬってか? ええ? 冗談じゃない――」

「ちょっと待て」


 一歩踏み出そうとしたクニカのことを、案内してきた兵士がさえぎろうとする。


「言っただろ、変な真似したら――」

「クニカの好きにさせてやってくれ」


 ボリスの隣に膝をつくと、クニカは、毛布にできた赤黒いシミを凝視する。袖をまくると、クニカはそっと、毛布をどけようとする。


 ボリスのうめき声が大きくなる。女性から悲鳴が上がった。


「おい!」

「オッサン、黙って見てろ――」


 兵士の怒声に、リンの声が重なる。クニカの前に、傷口があらわになる。右足が銃弾を浴び、膝は引き裂かれ、腿の辺りは、肉がかき混ぜられたようになっている。


 息を殺すと、クニカはボリスの傷口に触れる。クニカの両手から、光が解き放たれる。


「何だ……?!」


 光を前にして、兵士が息を呑んでいる様子が伝わってくる。隣では、女性が悲鳴もなく、口元を両手で覆っていた。


 救済の光。クニカの魔法により、ボリスの傷口は包まれる。光に目を細めながら、クニカは、ボリスの脚が元どおりになる様子を思い描いた。


 光が収まる。


「嘘だろ……」


 兵士が声を上げる。ボリスの脚は元どおりになっていた。


 興奮と緊張のあまり、クニカは肩で息をする。その視界には、茶色いアンスリウムの花が映りこんでいる。


「ピャーッ?!」


 背後から、突拍子もない声が聞こえてくる。ニキータが立っていた。クニカたちに遅れて、ここまでやって来たようだった。


「ボリス! ボリスよう……。何だ、おめェ、ピンピンしてるみたいじゃねぇか!」

「お前……お前がやったのか?!」


 正面に膝をつくと、クニカの肩に、兵士が手を掛ける。


「え、っと……」

「信じられん……お前、自分が何をしてるのか、分かってるのか?!」

「奇蹟よ……これは奇蹟よ!」


 白衣の女性が天を仰いだ。


「救世主だわ!」


 救世主、その言葉を誇って良いのか、打ち消すべきなのか分からず、クニカは曖昧に頷くことしかできなかった。自分がチカラアリまでやって来た理由。それはまぎれもなく、“救世主”としての役割を果たすためだったが、相変わらずクニカは、その言葉に居心地の悪さを覚えていた。


「ねえ、手を握ってくれないかしら?」


 だが、そんなクニカの感情とは裏腹に、白衣の女性はクニカの側に膝をつくと、両手をクニカの正面に差し出した。


「ずるいぞ! なあ、小さい救世主さん、俺のことも、祝福してくれよ」

「何だい、まったく!」


 腰に手を当てて、ニキータが怒鳴った。


「どいつもこいつも、だらしがないんだから――」


 ニキータが全てを言い終わらないうちに、外から轟音が聞こえてくる。


「何の音だよ……?」

「シッ! リンちゃん、伏せろ!」


 音を聞くやいなや、ニキータは姿勢を低くして、窓の近くへ寄った。


「セントウキだよ、セントウキ!」

「何だよ、それ?」

「なら、見てみろ」


 ニキータに手招きされ、リンは窓の下にしゃがんで、空を見上げる。クニカもリンに倣った。


 日が沈みつつある中、天女堂の上空を、航空機の一群が横切った。昔、この世界へと転移する前に、クニカは航空自衛隊のセレモニーを見学して、似たような航空機を見たことがあった。


「飛んでる……」


 だが、リンは初めて戦闘機(イストリビーチリ)を見たようだった。戦闘機が通り抜ける轟音とともに、巻き起こした風にさらされ、窓が小刻みに震える。


「あんなに速く、空を飛べるなんて」

「行ったみたいだ……」


 身を起こすと、窓の外を、ニキータは慎重に確認する。


「ここがバレるのも、時間の問題だ」


 兵士の一人がぼやいた、その時。扉を開け放って、ミカイアが戻ってきた。


「ミカ嬢!」

「ここにいたのか……」


 床で眠り込んでいるボリス、窓辺にしゃがみ込んでいるクニカとリンを交互に見ながら、ミカイアが言った。


「何かあったな」

「この子は救世主だ、ミカ嬢!」


 クニカのことを指さしながら、兵士が言った。


「救世主だよ、俺たちを救ってくれる――」

「とにかく、作戦開始だ」


 興奮気味の兵士の言葉を、ミカイアは遮る。


「おう。(プリンツェーサ)と合流するんだな?」

「いや、合流しない」


 ミカイアはそう言ったが、その言い方には、奇妙な響きがあった。まるで、ミカイア本人が、自分の言ったことを信じていないような、そんな言い方だった。


「合流しないって、どういうことだよ?」

「気が狂ったと思わないんでほしいんだけど……。うって出るんだよ、敵の本拠地に」

「ピャーッ?!」


 ニキータが、素っ頓狂な声を上げた。


「おっさん、変な声出すなって!」


 両腕を抑えながら、リンが言った。


「鳥肌立ったろ!」

「だってよう、その作戦は、さすがに頭おかしいだろ! いったいどうしちまったんだよ、(プリンツェーサ)は!」

「だけど……できないわけじゃない」


 ミカイアの視線が、自分に向けられたことに、クニカは気付く。


「それもこれも、クニカの働きにかかってる。分かるか、クニカ、あたしの言いたいこと?」

「は、はい」

「そうか、よし! なら話は早い。作戦はこうだ――」


 作戦を、ミカイアは話し始める。

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