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ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第4章:チカラアリ少女行(В Чикараари)
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055_自由チカラアリ(сопротивление)

「う、動くな!」


 クニカたちの背後から、男の声が聞こえてくる。


 しかし、クニカも、カイも、それからニコルも、男の命令には従わなかった。男の声が滑稽なまでに上ずっていたために、三人は思いがけず振り返ってしまった。


「ひいっ?!」


 そんなクニカたちの行動に、男の方が取り乱す。男は背が低く、ずんぐりむっくりしている。丸鼻に、つぶらな青い瞳の小男は、自動小銃をクニカたちに向けていたが、その腕は小刻みに震えており、銃を構えているのがやっと、といった様子だった。


 何より、クニカの目を引いたのは、男、もといおじさんに宿っている“心の色”だった。おじさんの心臓の辺りには、青と灰色の光が渦巻いていた。青は悲しみ、憂いを表す色で、灰色は困惑を表す色である。


「う、動くなって言ったのに! つ、つ、次動いたら――」

「おっさん、あのさ」


 ニコルが右手を動かした。ニコルとおじさんの身長差は、残酷だった。クニカは、ニコルがおじさんの頭を鷲掴みにしてしまうのではないか、とさえ思った。


「な、な、何だ……?」

「安全装置」

「え?」


 ニコルの指さす先を、クニカも目で追う。おじさんが構える小銃の根元には、指の長さほどのレバーが付いている。そのレバーの隣は”П”と刻印されていた。「安全装置」のイニシャルである。


「あっ、あっ、えっと……」

「――フンッ!」


 慌てふためくおじさんをしり目に、カイが自動小銃を両腕で掴むと、そのまま上へと持ち上げる。


「あっ?!」


 おじさんが悲鳴を上げる。自動小銃はおじさんの手からもぎ取られ、あとはただ、おじさんだけが残った。


「あァ……」


 無力化されたおじさんは、ため息をついて、その場にへたり込む。丸腰になったおじさんは、しかしどこか安堵しているようであり、幸せそうにさえ見えた。自動小銃を取り上げられたことにより、おじさんは、小銃からのしかかってくる責任の重さからも解放されたのだろう、とクニカは考える。


 クニカたちと、恍惚とした表情を浮かべるおじさんの間を、奇妙な沈黙が横たわる。いたたまれない気分になったクニカは、水路を流れる水のせせらぎが、妙に大きく聞こえてきた気がして、視線をそっと水路に注ぐ。上流のどこかから流れてきたツツジの花が、クニカの視界を横切り、下流へと流されていく。


「あの……」

「お、おっちゃん?!」


 場の空気に耐えられなくなったクニカが、口を開きかけた矢先。クニカたちの後ろから、声が上がった。ジュネとジュリ、それからリンが、クニカたちのところまで来ていた。


「おっちゃんじゃん?!」

「ジュネちゃんかい?」

「やだ、ニキータおじさんじゃない!」


 ジュリが甲高い声を上げる。おじさんは、“ニキータ”という名前らしい。


「すごい! 全然変わってない!」

「えっと、知り合い?」

「そうよ、皮なめし職人の、ニキータさん!」


 クニカの質問に、ジュリが答える。


「ウルトラに引っ越す前にね、ご近所さんだったのよ」

「いやあ、懐かしいなァ。ジュネちゃん、ジュリちゃん」


 立ち上がったニキータは、とても嬉しそうに、短くなった後頭部の茶髪を掻いた。


「リンちゃんもか、無事だったんだな」

「まあ、何とか」


 そう答えるリンは、どこか照れくさそうだった。


「それよりさ、おっちゃん、どうしたんだよ、その恰好!」


 クニカの隣に立つと、ジュネは腕を組んで、ニキータを凝視する。ジュネの言うとおり、ニキータは自動小銃のほかにも、ベルトにこん棒や、瓶をくくり着けていた。


「何だかウケるわ、おじさんの格好!」

「笑いごとじゃあないんだぞ、ジュリちゃん」


 ニキータは答う。


「今な、わしらは戦ってるんだから。それに――」


 “戦う”、その言葉に、クニカはドキリとする。だが、クニカが口を差し挟むよりも、リンの方が早かった。


「『それに』、何なんだよ?」

「待て、シッ!」


 そう言うと、ニキータは口元に人差し指を当て、聞き耳を立てる仕草をする。息を潜めるクニカたちの耳に、金属同士が触れ合う音と、靴音とが響いてくる。


「誰か来る」


 音がする方向の反対側に、リンはクニカを退かせようとする。


「だれがよ?」

「火薬の臭いだ」


 ジュリに答える代わりに、ジュネが顔をしかめる。“(サバーカ)”の魔法属性であるジュネは、だれよりも鼻が利く。


「兵士だ」


 カイにやっつけられ、地面にのびているサリシュ=キントゥスの兵士たちをにらみながら、ニキータが言った。


「みんな、逃げよう、こっちだ!」


 カイから銃を返してもらうと、ニキータは身を翻しつつ、一行に手招きする。


「どうすんだよ、おじさん――」

「へっへっへ、秘密のルートがあるのさ。ほら、早く!」


 リンの呼びかけにそう返すと、ニキータは踵を返す。クニカたちは、そんなニキータの後を追った。



   ◇◇◇



「“自由チカラアリ”?」


 ニキータの言葉を、リンは繰り返す。


 クニカたちは今、ニキータに誘導され、チカラアリ市の地下に潜っていた。水路の街であるチカラアリは、旧市街にも新市街にも、無数の水路が網の目のように張り巡らされている。戦争の都度、チカラアリの街は灰燼に帰したが、そのたびに立ち直り、新たに水路が造り直された。これを繰り返すうちに、古い水路は地下へと潜り込み、チカラアリ市の地中に迷路を描き出している――。


「クニカちゃん、それ、面白い?」


 ナップザックに入れていた『よい子のためのチカラアリ市』を読んでいるクニカに、ジュリが声をかけた。


「う、うん」

「しかし、これはすごいな」


 地下水路の壁に手を当てながら、ニコルが周囲を見渡している。


「何百年も昔からあるんだろうけれど、全然古びてない」

「へへへ、すごいだろ、兄ちゃん?」


 ニキータは得意げだった。


「ここは職人の街さ。建築だって、一流の人間が揃ってる。先祖だってそうだった。そりゃ、シャンタイアクティみたいに優雅じゃないだろうけど、アイツらさ、実用的なものはダメダメなんだ。てんで、使う人の気持ちなんか考えちゃいねえ。貴族みたいな仕事なんだから」


 ニキータの言いっぷりを聞くうちに、クニカは噴き出しそうになってしまった。シャンタイアクティ(びと)とチカラアリ(びと)とは相性が悪い。これは、チカラアリ人であれば、だれしもが当てはまるようだった。


「んで、自由チカラアリってのは何なんだよ?」


 涙声混じりに、ジュネが言った。水路がいかに歴史の重みに耐えられていようとも、埃やカビは繁茂している。()えた水の臭いと、カビ臭さとは、鼻が利くジュネには堪らないのだろう。地下水路に入り込んでからというもの、ジュネは口だけで息をしているようだった。


「ウチらにも分かるように、説明してくれよ」

「“黒い雨(ドーシチ)”が降るようになってからな、この街に、白い制服を着た奴らが、ぞくぞくと乗り込んでくるようになった」


 ニキータは話を続ける。


「はじめはな、シャンタイアクティの奴らかと思ったんだ。こういうわけの分からんことには、大抵の場合シャンタイアクティ(びと)が絡んでるからな。だが、どうも様子が違う。奴ら、聞いたこともない言葉を話してやがる。それで分かったんだ――」

「北の帝国――サリシュ=キントゥスの兵士たち――」

「そうそう、そういうこった! ……ん?」


 ニコルの言葉に、ニキータが反応した。


「そういえば、あんた、オレが飛び出す前に、兵士と話してなかったか?」

「おじさん、隠しててもしょうがないから言うけど、ニコルは、サリシュ=キントゥスの人なんだ」

「な、なんだって?!」


 リンの言葉に、ニキータがうろたえる。


「じゃあ、何でリンちゃんたちは、コイツと一緒に……?」

「色々あったんだよ。後でちゃんと説明するから」


 答えを探るように、ニキータはクニカとカイ、ジュネとジュリをかわるがわる見た。クニカたちは、皆リンに同意する気持ちを込め、ニキータに頷き返す。


「まあ、みんながそういう気持ちなら、わしから言えることはありゃせんよ」

「おじさん、ありがとう」

「ただなぁ、(プリンツェーサ)が何て言うか……」

(プリンツェーサ)?」


 ジュリが尋ねる。


「だれよ?」

「そうそう、それで話が戻る。とにかく、やって来たサリシュ=キントゥスの兵士たちはな、冷たい奴らばっかりで、新市街はまたたく間に占拠されちまった。そんで、奴らが旧市街に手を伸ばしだしたところで、奴らの鼻を明かしてやるために、わしらは武装蜂起することにしたんだ。それが、“自由チカラアリ”さ。(プリンツェーサ)は、“自由チカラアリ”のリーダーをやってる子さ」


――先代のチカラアリ巫皇(ジリッツァ)は、後継者をちゃんと指名しているんだ。

――レジスタンスを組織して、帝国軍と戦ってる。


 大瑠璃宮殿で聞いたペルガーリアの話を思い出し、クニカはリンの方を見た。リンもまた、同じことを考えているようだった。


「ニキータさん、わたしたち、(プリンツェーサ)に用があって来たんです」


 クニカは言った。


(プリンツェーサ)は、チカラアリ巫皇(ジリッツァ)の正式な後継者だ、って聞いて――」

「うん、うん。そうか、そういうことか。わしも分かってきたぞ」


 顎のあたりを手でさすりながら、ニキータも頷いてみせる。


「ただ、だとしたら、なおさら今は最悪のタイミングだ」

「どうしてだよ?」

「それがな、はぐれちまってるんだ、わしらは(プリンツェーサ)と」

「ええ……」


 ジュリが声を上げた。


「じゃあ、何? あたしら、おじさんの迷子に付き合わされてるってわけ?」

「違う違う! おじさんはな、これでも任務の途中なんだ。昨日、“自由チカラアリ”のアジトに対して、サリシュ=キントゥス軍が攻撃を仕掛けてきた。攻撃の話は事前に予期していたから、わしらは先回りして逃げ出したんだが、逃走経路が良くなかった。結局、“(プリンツェーサ)”のいる部隊と、わしのいる部隊とは分断されちまったんだ。だからこそ、わしは水路を伝って、(プリンツェーサ)”のいる部隊と連絡を取ろうとしている」

「アンタのいる部隊は、誰に指揮されているんだ?」

「おお、そうだった。それはな――」


 ニキータが言いかけた矢先、地下水路の天井から、土埃が降り注いできた。それに合わせ、くぐもった砲声が、クニカの耳にも飛び込んでくる。

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