051_主よ、人の望みの喜びよ(Хесу, радость человеческих желаний)
――彼らの思考は閉ざされた。見えざる者が、彼らの前に立ったためである。
(『ペトロの黙示録』、第24章)
ニフシェは目を開く。トレーラーに据えられた、コンテナの中に、ニフシェはいる。ニフシェの周囲は、檻に覆われていた。
檻の近くには、“影”がいる。“影”は、ニフシェの隣でうずくまっており、頭の位置にある、二つの眼のような青い光が、ニフシェに視線を投げかけていた。
「“本物”か」
あぐらをかくと、ニフシェは無造作に、“影”の正面に向き直る。手を伸ばせば、ニフシェは“影”に触れられるだろう。それほどの近さにもかかわらず、“影”は何の反応もしなかった。それどころか、“影”はニフシェに見つめられ、ひるんでいるようだった。
「“本物”か! われながら面白いことを言った」
“影”に向かって、ニフシェは身を乗り出す。
「どうした? 来いよ」
人差し指を立てて、ニフシェは近づくように、”影”に促した。首を横に振ると、“影”はニフシェから遠ざかろうとする。
「来いってば」
声を荒げると、ニフシェは腕を伸ばし、“影”の手首を掴む。“影”の口があるはずの辺りに、ぽっかりと穴が空く。声にならない悲鳴が、“影”の頭部から漏れ出すのを、ニフシェは感じ取った。
「怖がるなよ」
“影”を引き寄せると、ニフシェはそれを抱きしめた。ニフシェの下を離れようと、“影”は四肢をばたつかせる。ニフシェは意に介さず、“影”を抱きしめ続ける。
「怖がるな。怖れているようなことは、起きやしない」
“影”が、抵抗をやめる。
「心配要らない」
ニフシェと“影”の間から、青白い光がほとばしる。




