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ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第3章:シャンタイアクティ少女行(в СянтайАкти)
35/165

035_オリジナル(оригинал)

「今のは……?!」


 密林を震わせ、大気を突き抜けた鋭い音に、チャイハネもシュムも顔を上げる。


「銃声です。――あっ?!」


 音のした方向に振り向くと、シュムが声を上げる。チャイハネが振り返ったときには、ミーシャが一目散に、木々の合間へ分け入ろうとしているところだった。


「オリガだ」


 チャイハネは言った。


「ニフシェもいるはずだ」

「何の騒ぎです?」


 そのとき、中央のトレーラーのコンテナが開き、プヴァエティカが顔を出した。プヴァエティカは眉をひそめており、うろん気な表情だった。


「銃の音でしょう? いったい誰が――」

「オリガか、ニフシェです」


 ミーシャが消えていった先を、チャイハネはにらむ。


 「この辺りにコイクォイはいない」と、ニフシェはそう説明していた。エンジンを再稼働させた代償として、ニフシェは手を油まみれにしてしまったため、それを拭い去るべく、茂みの奥へ入っていった。そんなニフシェの後を、オリガが追いかけている。


 これらを勘案すると、今の銃声は、人に対して向けられたものだ。しかし誰が、何のために?


「行ってみましょう」

「待ってください」


 サンダルを引っ張り出し、道に降りようとするプヴァエティカを、シュムが止める。


「危険です、何があるのか――」

「私たち非戦闘員を放り出して、使徒騎士たちは行ってしまいました」


 「非戦闘員」という言葉を強調して、プヴァエティカは言う。


「であれば、むしろ取り残されている私たちの方が危険。そうではないですか?」

「それは……」

「『見出すとき、動揺するであろう』、」


 『トマスによる福音書』の一節を、プヴァエティカは(そら)んずる。


「『動揺するとき、驚くであろう。そして、万物を支配するであろう』。私たちは差異をとらえ、存在者を見極めて、初めて存在を了解することができる。何が起きたのかを知ることは、わたしたちの務めです」

「かもしれませんけれどね、(だい)()。それでも――」

「わ、わ、わたしも……!」


 コンテナの、半開きになった扉の奥から、か細い声が聞こえてきた。もうひとりの巫皇(ジリッツァ)・エリッサである。エリッサは、扉の影に身を潜めながら、緑の瞳を震わせていた。


「わたしも、行きます。ひとりなんて、耐えられないです……」

「決まりですね」


 言うが早いか、ミーシャの後を追うようにして、プヴァエティカも木々の奥へと分け入っていく。


 慌てて靴を履き出したエリッサを置いて行かないようにしながら、チャイハネもシュムも、プヴァエティカの後を追った。


「まったく」


 虫が飛び込んでこないように、口と鼻を覆いながら、チャイハネとシュムは先を急ぐ。一分も歩かないうちに、チャイハネたちは開けたところにたどり着いた。


 この辺りも、元々は集落の一部だったのだろう。その証拠に、周辺を覆う植物は、成長の早いツタ植物だけである。足元に目を向ければ、地面は石畳に覆われていた。


 チャイハネたちの前方には、ニフシェと、オリガと、ミーシャがいる。ニフシェは、地面に膝をつき、長剣を構えてオリガに対峙している。オリガもまた、ニフシェを見降ろしつつ、左手に握り締めた銃の照準を、ニフシェの額に向けていた。


 追いついたエリッサが、小さく悲鳴を漏らす。ニフシェは右耳から血を流しており、オリガもだらりと下げた右腕から、血が流れていた。


 そんなオリガとニフシェの間に立って、ミーシャは両者を仲裁している。右手に構えた剣で、ミーシャはニフシェの長剣を受け止めており、左手をオリガにかざし、銃口を塞いでいる。


 オリガが斬られるか、ニフシェが撃たれるか――その刹那に、ミーシャが割って入ったのだろう。


「そこをどけ、ミーシャ」


 小刻みな笑い声を漏らしながら、オリガが言う。


「キャー。」

「どかないって言うんなら、キミごと撃ち抜くぜ。同罪だ」

「ちょっと待って、タンマ」


 眼鏡を外すと、対峙している二人の使徒騎士を前にして、チャイハネは言う。


「いったい何をやって……」

「おっと、近づくな」


 歩み寄ろうとしたチャイハネを、オリガが制する。


「見て分かるだろ? あたしが今、体勢で優位なんだ。でなけりゃコイツ、お前を殺してた」

「ええ?」

「オリガ、その傷……」


 チャイハネの後ろから、シュムが口を開く。


 ニフシェが地面に膝をついている一方、オリガはニフシェを見下ろす位置で、銃を構えている。オリガの言うとおり、「体勢で優位」と言えば、優位なのかもしれない。


 しかし、ニフシェよりもオリガの方が重傷なように、チャイハネには見えた。ニフシェは、顔の右半分が真っ赤に染まっているが、目を凝らしてみれば、単に血が飛び散っているだけで、受けている傷は大きくない。その一方で、オリガの右腕はだらりと垂れており、その下には血だまりができていた。


 自分たちがやってくる前に、何があったのか。チャイハネは想像する。まず、オリガが発砲した。チャイハネたちが最初に聞いた銃声も、これだろう。


 ニフシェの頭に風穴を開けるはずだった銃弾は、しかし、ニフシェの右の耳たぶを斬り取っただけだった。引金を引こうと指がきしむ音、又はオリガの呼吸を聞き分け、ニフシェは間一髪で銃撃をかわしたのだ。


 と同時に、ニフシェは長剣を抜き放ち、銃を構えるために伸びていた、オリガの右腕のつけ根を刺し貫いた。チャイハネの見立てでは、オリガは肩を脱臼している。右腕を折りたたむことも、これ以上伸ばすことも、今のオリガには至難の業だろう。引金を引くことなど、もってのほかである。だからオリガは、右手から左手へと、銃を持ち替えている。


「それで? 何をやっているのです?」


 チャイハネたちに代わって、プヴァエティカが尋ねる。


「内輪で殺し合いの真似事ですか? ちゃんばら遊びならば――」

「こいつは裏切り者です、(だい)()


 ニフシェを見据えながら、オリガが言った。ニフシェは何も答えない。


「裏切り者?」

「ええ。こいつの姉は、ニフリート・ダカラー。ペルガーリア星下(シンシア)の暗殺を企て、一年前にキラーイ火山の噴火口に落ちて焼け死んだ……」


 言葉を切ると、一瞬だけオリガが眉をひそめた。血の雫が血だまりにはねる音が、チャイハネの耳に、やけに大きく聞こえる。


「しかし、ニフリートは生きている。生きていて、サリシュ=キントゥス帝国と結託し、この南大陸を脅かそうとしている。ニフシェは、ニフリートの妹。その急先鋒なんです」

「証拠は?」

「ありません。これは(しん)()星下(シンシア)の意向です」


 オリガの言葉に、チャイハネもシュムも、互いに顔を見合わせる。はっきりとした証拠がないにもかかわらず、「ペルガーリアの意思」ということだけで、オリガはニフシェを殺そうとしている。


「内輪の話は聞き飽きました」


 プヴァエティカが言った。チャイハネも同意見だった。


「それで、オリガ? この後どうするんです?」

「決まってるでしょう」


 オリガは露骨に嫌そうな顔をした。


「あたしらの話が内輪揉めだっていうんなら、いくら臺下でも、この殺生を止める筋合いはありませんよ」

「当然です。好きにしてください」

「プヴァエさん……?!」


 様子を見守っていたエリッサが、プヴァエティカの言葉に、目を白黒させる。


「でも、それじゃ……」

「なるほど、これで分かりました。ペルジェが何を考えているのか」


 エリッサの言葉をかき消すようにして、プヴァエティカが話を続ける。


「なぜ、あなたたちがクニカに同伴しないのか? 私はそれが不思議でした。でも、今ならば分かります。ペルガーリアとあなたは、ニフシェがクニカに接近することを怖れた。だから、クニカを単身でチカラアリに追いやってでも、ニフシェと引き離す必要があった」

「へへえ!」


 珍しく嬉しそうに、オリガが言う。


「ご理解のとおりですよ、臺下。辛抱してみるもんだ」

「であれば、ニフシェを殺すのは惜しいことではないですか?」

「はい?」

「考えてもみてください」


 オリガの脇を通り過ぎると、プヴァエティカは、手押しポンプの()(しゅ)を押した。あふれ出る水を飲むと、プヴァエティカは話を続ける。


「サリシュ=キントゥス帝国と、ニフシェの姉は通じている。そしてニフシェは、その姉と通じている。とすると、ニフシェを経由して、私たちはニフシェの姉や、ひいては帝国の動向を掴めるかもしれない」

「ええ」

「ならば、ニフシェの魔法を封印して、生かしておくのはどうでしょう? もしかしたら、共感覚(テレパシー)を利用して、向こうが正体を露見するかもしれない。あるいは、嫌疑が晴れるかもしれない」


 プヴァエティカの意図を理解し、チャイハネはほくそ笑む。エリッサと同様に、プヴァエティカもまた、ニフシェが殺されることには反対なのだ。


「いや、しかしですね……」


 プヴァエティカの提案に、オリガは困惑しているようだった。


「危険というもので――」

「それにですね、オリガ。もし、本当の裏切り者が、あなただとしたら?」

「何だって?」

「『ペルガーリアはニフシェを殺したがっている』とは、あなたが言ったことです。あなたの一方的な意見だけを信じるわけにはいきません。ニフシェの言い分を聞いてみたいものですね。あなただって、意見があって二人を止めたわけでしょう、ミーシャ?」

「キャー。」


 ミーシャは黄色い声を上げる。オリガが煙たそうに目を細めた。


 プヴァエティカの言うとおり、もし、ニフシェを殺すことがシャンタイアクティの巫皇(ジリッツァ)、騎士たちの総意であるというのならば、ミーシャが二人を制止したことに理由はない。


 プヴァエティカとニフシェに、オリガが代わるがわる目線を移していることに、チャイハネも気付いた。オリガは今、プヴァエティカが提案したことの妥当性と、ニフシェの潜在的な危険性と、ペルガーリアの命令に背くことの必要性を、天秤にかけているのだろう。


「フン。分かりました。いいでしょう」


 とうとう、オリガが言った。その言い方は、渋々、といった感じだった。


「その代わり、コイツのために、トレーラーはまるまる一台使わせてもらいますよ。そこに監禁する」

「好きにしてください。あなたに任せます。異論はありますか?」

「キャー。」


 これまでと同じように、ミーシャは黄色い声を上げる。


「……いいえ」


 ぼそぼそとした声で、ニフシェは言った。


「ミーシャ、ニフシェから剣を預かれ」


 銃をしまい、ミーシャから剣を受け取ると、オリガはニフシェを前に歩かせながら、トレーラーまで戻ろうとする。そのときを見計らって、チャイハネはオリガの傷口を眺めてみる。チャイハネの見立てどおり、傷は無視できない深さだった。


「オリガ、その傷――」

「かすり傷だよ」


 チャイハネを一瞥もせずに、オリガはその場を離れていった。


「もう、何なんですか。あのオリガっていう人は」

「後で苦しむぜ」


 腹を立てているシュムの隣で、チャイハネは言った。日が陰り、雲行きは怪しくなっていった。

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