表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第2章:暗い光・輝く闇(Темный свет, Сияющая тьма)
30/165

030_遥けき故郷(далеко от дома)

――こうして私たちは、力ずくによって閉じ込められないうちに、陰府の底にいざなわれないうちに、私たちの歩みを終えるべきである。

(『三体のプローテンノイア』、第18章)

「あ、プヴァエ……」

「やめときな、」


 プヴァエティカを追いかけようとしたクニカだったが、チャイハネに止められる。


「そっとしとくもんだよ」

「でも……」

「いいかい? プヴァエはもう腹を決めたんだ。これ以上何かを言うのは、野暮ってもんだ」

「いいんですか、クニカ?」


 チャイハネの隣にいたシュムが、クニカに尋ねる。


「心配です。クニカがチカラアリに向かうなんて」

「へっちゃらだろ? あたしらがいなくたって、ピンピンしてるさ。ハハハ」


 チャイハネは笑うが、シュムは神妙そうな表情のままだった。


「分かってるよ。冗談だよ。でも、だからこそ、あたしたちはクニカと一緒じゃない方がいい」

「どうしてです?」

「シュム……キミ、戦場に出たとして、何ができる? 自分の身を、自分で守れる保証は?」

「それは――」


 シュムは言いよどむ。


「悪いけれど、たぶんできない。シュムで無理なら、あたしならもっと無理さ。そりゃ、使徒騎士が助けてくれるかもしれない。けれど、もしかしたら、クニカの命と、あたしたちの命が、天秤にかけられるときが来るかもしれない。あたしは御免だよ。もっと生きたい」


 チャイハネの言葉を、クニカは胸の奥で噛みしめる。チャイハネたちと離ればなれになるのは、心細かった。しかし、チャイハネの言うような事態がもし起きてしまったら、堪えられそうもなかった。


 それに、自分が選ばれる側ではなく、選ぶ側になってしまったら? チャイハネかシュムか、二人のうちどちらかを生かし、どちらかを死なさなければならなくなったとしたら? そんな決断が自分にはできないことくらい、クニカにはよく分かっていた。


「あたしらがクニカに同行しないことで、クニカも助かるんだ。だから――」

「オレは……」


 チャイハネが言い終わるよりも前に、リンが声を上げた。


「オレは……行く」

「もしもし、リン? 聞いてた? あたしの話?」

「それでも行くぞ、オレは」


 顔を上げると、リンがクニカの手をにぎり締める。リンの鼓動の高鳴りが、クニカにも伝わってくる。リンの息は荒く、瞳はうるんでいた。


「リン……」


 リンの手を、クニカもにぎり返す。チカラアリはリンの故郷(ふるさと)である。どれほどの危険が待ち受けていようとも、リンは故郷を、もう一度見たいのだ。


「分かるだろ、チャイ? オレの気持ちくらい」

「死ぬかもしれないぞ?」

「やってみなきゃ分かんないだろ? そんなこと」

「そりゃそうだけど……ハァ……」


 溜息をつくと、チャイハネはクニカとリンから、背を向ける。


「リン、キミが羨ましいときがあるよ。結局のところ、あたしゃ勇気がないのさ」

「お前のことを弱虫だなんて、オレは思わないけどな」


 ばつ悪げに、リンも言葉を返す。


「ハ、ハ、ハ!」


 その時、チャイハネとリンの間を通り抜けると、カイががっしりと、クニカの肩を掴んだ。


「カイ?」

「ハ、ハ、ハ! と笑う息! カイも、クニカと一緒に行くゾ、チカラアリに!」

「お前は残っとけ」


 カイに対し、リンは目をいからせる。


「チャイだって言ってるだろ? 危険なんだぞ」

「フフフン」


 そんなリンをよそに、カイは口角だけを上げ、笑みを作ってみせる。


「チカラアリには海がある。カイ、海を見てみたいゾ」

「そんな理由で――」

「ニンゲンを獲る漁師! 海はカイの故郷!」


 カイの言葉に、リンが目を見開いた。カイが突き上げた拳を、クニカは自然と見つめる。


 (カサートカ)の魔法属性であるカイにとって、海はあこがれの場所なのだ。リンがチカラアリを求めるように、カイも海を望んでいる。


 どれほどの危険が待ち受けていようとも、故郷は人を待ち、人は故郷を待つ。誰もカイを止めることはできない。ちょうど、誰もリンを止めることができないのと同じように。


「分かったよ。一緒に行こう」


 背伸びをすると、カイの突き上げた拳を掴み、クニカはカイと手をつなぐ。


「二人は大丈夫だよ。わたしは、リンとカイと一緒に、チカラアリに行く」


 押し黙ってしまったリンとチャイハネに代わって、クニカは口を開いた。


「本当に平気ですか?」

「大丈夫! それに」


 シュムに返事をしつつも、クニカは頭の中で、朝に見た夢を思い返していた。


 夢の中に出ていた、“鉛色の光”を帯びた少女。もし、クニカが(ひる)み、立ちすくんでしまおうものなら、少女は歯を見せて笑いながら、クニカが大切に思っているものを、全て奪い去ってしまうだろう。


 奪い去られないようにするために、クニカには何ができるか? 考えられることは、ひとつしかない。立ち向かうことだ。


「それに、わたし、今のままじゃダメなんだと思う」

「ダメって?」

巫皇(ジリッツァ)が皆に希望を与える存在ならば――」


 使徒騎士たちと話し込んでいるエリッサの姿を横目に見ながら、クニカは言った。


「わたしも、“竜の魔法使い”として、そうあるべきだと思うんだよね」



   ◇◇◇



「ねえ、知ってる? シャンタイアクティのネコってね、なまいきな鳴き方をするのよ」


 “おおさじ亭”の軒先で、近所のネコたちにパンくずを与えながら、ジュリはひとりごちる。


「『にゃーん』じゃなくて、『にゃおーん』って鳴くんだって。ホント、ませてるんだから」

「おい、ジュリ!」


 そんなジュリに対して、リンは空から舞い降りながら、大声を掛ける。


 リンの“鷹”の翼のはためきで、パンくずは吹き飛ばされてしまい、ネコたちは散りじりになった。


「ちょっと! 大人しく降りなさいよ」

「うるさいな。落ち着いてられるかってんだ」

「ちょうど良かった、クニカ!」


 厨房から出てきたジュネが、クニカに声を掛ける。


「今からさ、スープを作ろうと思ってんだ。クニカも手伝ってくれよ。うちのオヤジ直伝のスープの作り方、特別に教えてやっからさ」

「ええっと、それがさ――」

「今はそれどころじゃないんだ」


 クニカに代わって、リンが言い放つ。


「どうしてだよ?」

「チカラアリに戻るんだよ、オレとクニカは」

「どういうこと?」


 リンの言葉に、ジュリが素っ頓狂な声を上げる。


「『戻る』? どういうわけ?」

経緯(いきさつ)があるんだよ」


 大瑠璃宮殿ラズール・ドヴァリエーツでの一部始終を、リンはジュネとジュリに説明した。


「というわけさ。オレもクニカも、チカラアリへ行く。早ければ、明日にでもトレーラーに乗り込む」

「戦いに行く、ってこと?」


 胸の前で、ジュリは手を握り締める。


「そうなるな。行くのはオレとクニカ、それからカイだ。チャイとシュムは別行動で、シャンタイアクティを目指す」

「勝てる見込みは?」

「そ分からない。でも大丈夫だ。こっちにはクニカがいるし、シャンタイアクティからは、使徒騎士がバックアップに入ってくれる」

「でも――」

「なあ、ジュリ」


 黙って聞いていたジュネが、ジュリの言葉を遮った。


「リン、分かったよ。二階で荷物をまとめてきな」

「ジュネってば――」

「ジュリ、相談したいことがある」


 ジュリの肩に手を添えながら、ジュネは連れだって厨房へと引き返していった。


「クニカ、もたもたすんな」


 そんなジュネの様子が気になったものの、リンに急き立てられ、クニカは二階へ上がる。


 部屋へ戻ってすぐ、二人は準備に取り掛かる。リュックサックを手に取ると、口を拡げ、必要なものを、思いつく限り、どんどん詰めていく。


「戻れるんだ――チカラアリに」


 クニカの後ろで、同じように荷造りをしていたリンが、自分自身に呟くように言っていた。


「クニカは……初めてだよな? チカラアリは。いい街だぞ。見せたいものがたくさんある――」


 想像していた以上に、荷物はさっさとまとまってしまった。ウルトラに至るまでの旅の中で、サバイバルのために必要な最低限の道具は何か、クニカもリンもよく分かっていた。


「こんなもんか?」


 腰に手を当て、リンが室内を見渡している。荷物のほとんどは室内に残され、あとは足元にリュックサックが転がっているだけである。思いのほか荷物が小さくまとまっていることは、リンも予想外なのだろう。


「うん」

「よし……戻るぞ」


 荷物を背負うと、クニカとリンは、大瑠璃宮殿まで引き返そうとする。


「クニカ、リン」


 一階まで駆け降り、“おおさじ亭”の軒先へ出たタイミングで、クニカとリンは、声を掛けられた。ジュネの声だった。


「何だよ、ジュネ?」

「チカラアリ行のトレーラー……あと何人乗り込めるんだ?」


 リンは、すぐには返事をしなかった。


「どういう意味だよ?」

「うちもジュリもチカラアリに行く。な?」


 ジュネの隣では、ジュリがしきりに頷いていた。


「何言ってんだよ? この店はどうなるんだ?」

「大丈夫さ。ご近所さんに鍵は預ける。何なら、ちょっとばかし居候だってお願いするさ」

「リン、今二人で話し合って決めたことなの」


 姉に寄り添いながら、ジュリが答えた。


「そういう問題じゃねえだろ」

「そういう問題なんだ」


 リンの前で、ジュネは腕を組んだ。


「なあ、リン。昨日のイーゴリ爺さんのこと、覚えてるだろ? 『今日ほど料理を作り続けてて良かったと思った日はない』って、ウチはあのとき、確かにそう思った。そんで今、ジュリと話し合った。チカラアリに戻って、料理でみんなを元気にできるんなら、それに越したことはないって、二人でそう考えた」

「ばか。危険なんだぞ」

「そんなこたぁ分かってるさ。でも、リンもクニカも行くんだろ? だったらウチらも行くぜ。意地でもトラクターに乗り込んでやっからな」


 “トレーラー”を“トラクター”と言い違えながら、ジュリが言った。


「どうする、クニカ?」


 リンに尋ねられたとき、クニカは、昨晩の“おおさじ亭”での会話を思い出していた。クニカとリンが“カタコンベ”へ行っている間に、ジュネとジュリは、イーゴリ爺さんのことについてずっと話し続けていたのだろう。“おおさじ亭”を再開したことの意味、料理を作り続けてきたことの意味。「料理を続けてきて良かった」というジュネの感想は、二人が知っていることの全てなのだ。


「分かったよ。一緒に行こう」

「ホントか?! よっしゃあ!」


 クニカの言葉を聞くやいなや、ジュネが身につけていたエプロンを外し、右手に巻き付けた。


「おい、聞いただろ、ジュリ?! ウチらも準備すっぞ」

「はいよ!」

「いいのか?」


 店へ引き返していった従姉妹たちを見送りながら、リンは言った。


「うん。二人の気持ち、大事にしたいんだ。それに――」

「それに?」

「もし、わたしたちがダメ、って言っても、二人ともついてくると思う」

「ハハハ、違いねえや」

〈――おい、クニカ! リン!〉


 そのとき、クニカの脳内に、チャイハネの声が響きわたった。共感覚(テレパシー)である。


〈チャイ、ごめんね〉


 チャイハネの共感覚(テレパシー)に、クニカが応じる。


〈今すぐそっちに戻るから。あと、追加でチカラアリに行きたいって人が――〉

〈大変なことになったぞ〉


 チャイハネの共感覚(テレパシー)が流れ込んだ瞬間、クニカの脳内に、カタコンベと、ニコルたちの姿がよぎった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ