表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第2章:暗い光・輝く闇(Темный свет, Сияющая тьма)
28/165

028_東の巫皇(Дева Восточного)

――父は、生命をうけた者たちに、私を通じて、その生命を開示するのである。

(『ペトロの黙示録』、第2章)

 今度こそ、クニカの番だった。


 右手に力を込め、クニカは「白い稲妻」を握り締める。振りかぶると、クニカはそれを、オリガに投げつける。


 至近距離にいたせいで、今回はオリガも避けられなかった。稲妻の直撃を受け、オリガの身体が、反転した世界から浮き上がる。オリガはそのまま、クニカの視界を垂直に落下し、すり鉢状にくぼんだ所へ叩きつけられた。


 “地面の浮力”に支えられ、クニカの身体は、自然と地上まで持ち上がる。降ってきた土埃に気付き、クニカは天井を見る。


 クニカもようやく、状況を理解する。稲妻を喰らい、地中からふっ飛ばされ、オリガは天井に叩きつけられていた。


「オリガ!」


 天井にめり込んでいたオリガが、そのまま床へ落下する。床に叩きつけられる直前に、オリガの身体は抱きとめられる。抱きとめたのは、使徒騎士のひとり・ニフシェだった。


「すごいじゃん、クニカ!」

「チャイ?」


 クニカは振り向く。両手の拳を突き出しながら、チャイハネが近づいてきた。クニカが、オリガから対戦を申し込まれた後に、チャイハネは病院から呼び出されたのだろう。


「な、役に立ったろ? 『あたしの考えた最強の“竜の娘”』が? いいモノ観れたよ」

「来てたんだ、チャイ」

「おい、クニカ!」


 声に振り返ろうとした矢先、クニカは背後から抱きしめられる。リンだった。


「リン?」

「よくやったぞ、クニカ!」


 まくし立てるようにして、リンが言う。興奮しているのか、リンの鼻息がうなじにかかる。


「リン、くすぐったいって」

「胸がスカッとしたよ。偉いぞクニカ、胸を張れよ! ちゃんとシャンタイアクティ(びと)を懲らしめたんだから」


 “ディエーツキイ・サート”で、チカラアリのちびっ子たちに読み聞かせた絵本、『正義のチカラアリ(びと)とにっくきシャンタイアクティ(びと)』を思い出し、クニカは苦笑いする。


「クニカ、良かったです!」


 エリッサも、クニカのところまで駆け寄ってきた。


「刺されたときは、どうなるかと思いました……」

「ごめんね。びっくりさせちゃって」

「えっと、オリガさんは大丈夫です?」


 エリッサに促され、クニカたちは、シャンタイアクティの一行に目を向ける。


「オリガ、しっかり」


 目を閉じたままのオリガに、ニフシェは腕を貸している。隣では、ミーシャがカイと手をつないだまま、二人を見守っていた。


「オリガ」


 クニカたちの見つめる前で、オリガが唐突に目を開いた。目を開けるやいなや、ニフシェの手を払いのけるようにして立ち上がると、オリガはクニカの正面に向き直る。


「オリガ、大丈夫――」

「しつこいな!」


 ニフシェの声をかき消すほどの語気で、オリガが言う。と同時に、クニカはオリガの“心の色”が、瞬間的に真っ赤に光るのを見て取った。


 オリガは、ニフシェのことを嫌っている。クニカたちがそのことを確信したのは、だいぶ後になってからだった。


 首を左右に(かし)げ、オリガは身体をよじる。その動作に伴い、関節の鳴る音が、オリガの首と背中から聞こえてくる。稲妻をまともに浴びて、オリガも(こた)えたのだろう。


 皆が見守る中、オリガは右手の人差し指をクニカに向ける。


「――どうです?」


 オリガが何かを言い出そうとした矢先、広間のドアが開け放たれ、プヴァエティカが入ってきた。


 ここに来てようやく、広間の外、ウルトラ市全体が、夜のように暗くなっていることに、クニカは気付いた。雨雲が、ウルトラ市を覆っていた。“黒い雨”が降ってこないのは、プヴァエティカが結界を張り終えたからだ。


 プヴァエティカが入ってきたことで、オリガは口を開くきっかけを失ってしまったようだった。腕を組むと、オリガはニフシェとミーシャの後ろまで引き下がり、そっぽを向いてしまった。


「何かありましたか?」

「いえ、何も」


 そっぽを向いたまま、オリガがプヴァエティカに答える。


「『何も』って」


 クニカの隣で、リンが鼻を鳴らす。


「クニカは、ボクたちの予想以上です」


 オリガに代わって、ニフシェが答える。


「そうですか」


 プヴァエティカが言った矢先、天井がきしみ、土埃が降り注いだ。ドームの天井にはひびが入っており、目を凝らしてみれば、人の形――に見えなくもない。


経緯(いきさつ)は、後でソーニャから聞くことにします」


 籐製の椅子に、プヴァエティカは腰を下ろす。


「ドームの修繕費を誰宛てにするかも。いずれにしても、クニカが“竜の娘”であることは、当人が証を立てたようですね? 何のために“シャンティの乙女(シャンタイアクティ)”からやってきたのか。そろそろ、あなた方が理由を明らかにすべきときではないですか?」

「ミーシャ」


 背後にいたミーシャに、ニフシェが声を掛ける。一同の前に進み出ると、ミーシャは背負っていた背嚢から、何かを取り出した。


 それが何であるのか、クニカが確かめるより前に、ミーシャはそれに、息を吹きかける。それは床に張り付いて、緑色の光を放ちはじめる。魔法陣だった。


 魔法陣の中央に、ミーシャが身体をすべり込ませる。次の瞬間、ミーシャはがくりとうなだれ、動かなくなる。


「ど、どうしたんです?!」

「チャネリングだ」


 エリッサの上ずった声に対して、チャイハネが答える。


「誰かが、ミーシャを媒介(メディア)にして、共感覚(テレパシー)を送ってる」

「ご明察だ」


 ミーシャの位置から、声が聞こえた。その声は、男性のように低い。息を呑む声が、クニカの周囲から上がる。


 しかしクニカは、声に聞き覚えがあった。エリッサと出会ってすぐの白昼夢で、クニカが出会った、緑の長髪を持つ女性――ペルガーリアの声だ。


「オリガ、いるんだろう?」


 胡坐(あぐら)を掻くと、“ミーシャ”は顔を上げ、オリガに呼びかける。うやうやしく、オリガは“ミーシャ”の脇にひざまずいた。


「ここに、“(シン)(シア)”」

「オレが誰なのかを、紹介してやってくれ」

「ミーシャの身体を駆って話されているのは、シャンタイアクティの六百九十九代巫皇(ジリッツァ)、ペルガーリア・トレ=シャンタイアクティ(シン)(シア)です。ここにいる使徒騎士一同・オリガ、ニフシェ、それからミーシャは、西の巫皇(ジリッツァ)・プヴァエティカ・トレ=ウルトラ臺下に拝謁し、かつ、“竜の娘”であるクニカ・カゴハラ様に(まみ)えるため、西の都・ウルトラまで参った次第です」


 オリガは、クニカを手で示す。クニカを見ると、”ミーシャ”は肩をすくめ、ウインクしてみせる。その仕草は、まさしくペルガーリアの仕草だった。


 ぎこちなくお辞儀をしながら、クニカは、朝に見た夢を思い出す。ペルガーリアこそが、シャンタイアクティの巫皇(ジリッツァ)だったのだ。


「ありがとう、オリガ。とまあ、こんなわけだ。電話でもできれば良かったけれど、今はどこも通信がやられちまってるからな。回りくどいけれど、(しん)使()を派遣する、昔ながらのやり方を採用した」

「久しぶりですね、ペルジェ」


 頬杖をついた姿勢で、プヴァエティカが言う。


「三年ぶりでしょうか? まだ、私が巫皇(ジリッツァ)に就任する前で、あなたはそれを見届けてから、シャンタイアクティに戻って使徒騎士に昇叙された。お変わりないようですね。声だけですが」

「おかげさまで。ただ、あなたは」


 ペルガーリアは何かを言いかけたが、結局、言うのを諦めたようだった。


「それにしても、ずいぶんとたくさん集まってるな。照れるな。そちらさんは?」

「は、ははは。ははははは」


 プヴァエティカの隣で、エリッサが汗だくになっている。


「は、は、初めまして! わ、わたし、わたしは――」

「ハハハ、お初に。エリッサ・トレ=ビスマー(げい)()。マダム・ルーチェから話は聞いてるよ」

「え……ルーチェ先生から?」

「そうさ。あのヒトも元・シャンタイアクティの騎士なんだ。オレも頭が上がんないんだ」


 そう言いながら、ペルガーリアは無邪気に笑ってみせる。今までの話は、他愛のない話だったが、ペルガーリアの声は大きく、声音が低いために、クニカは自然と、ペルガーリアの話に聞き入ってしまっていた。


「えへん、えへん」


 オリガが、わざとらしく咳払いをする。


「星下、本題に入られては」

「ああ。帝国の話は、もう知ってるな?」


 帝国――。その言葉を聞き、クニカはエリッサと顔を見合わせる。


 北の大陸を領土に持つサリシュ=キントゥス帝国が、クニカたちのいる南の大陸・キリクスタン国に攻めこんでいる。クニカもエリッサも、ついさっき、プヴァエティカから聞いたばかりである。


「聞きました。この大陸に攻め込んでいる、って!」


 エリッサが答える。


「そう。残念ながら事実だ。初めに降った“黒い雨(ドーシチ)”と同時に、奴らはやってきた。まずチカラアリが掌握されて、それから東、西に進軍を開始している。どっちも抑え込めているが、いつまで()つか分からない」

「それで、どうするつもりです?」


 今度はプヴァエティカが言う。


「懸念は三つある。ひとつは、帝国軍の進撃。ひとつは、この“黒い雨”。あとひとつが、チカラアリ巫皇の不在だ」


 ペルガーリアは続ける。


「だが、三つの懸念は、一本筋が通せる。チカラアリの巫皇(ジリッツァ)が立てば、東西南北、四地域の巫皇が揃う。そうすれば、“黒い雨”を封印するための結界が張れる。あとは“聖戦(クルセイド)”だ。体勢さえ整えられれば、勝機はある」


 「黒い雨を封印する」、その言葉に、クニカの胸は高鳴った。もし、それができるのならば、南大陸の現状はひっくり返る。


「そのためには、まずチカラアリを解放しなければならない――」

「なぜです?」


 ペルガーリアの言葉を、プヴァエティカが遮る。


「チカラアリを解放しなくとも、チカラアリの巫皇(ジリッツァ)ならば、シャンタイアクティ巫皇の権能で立てられるはずではないですか? 『チカラアリの巫皇(ジリッツァ)が後継者を指名せずに没したときは、シャンタイアクティの巫皇(ジリッツァ)がその任を負う』、ゼラブランカ公会議協約の、第十一条です」

「ちょっと……」


 クニカの隣で、リンがめずらしく、弱気そうに呟いた。


 リンの呟きを聞いて、クニカもはっとなる。チカラアリは、リンの生まれ故郷だ。生き延びるためにウルトラまでやってきたリンだが、故郷のことは、リンの心にずっとあったのだろう。


 「チカラアリを解放する」、そんなペルガーリアの言葉は、「黒い雨を封印する」という言葉と同じくらい、リンの胸には響いたはずだ。プヴァエティカの応答は、そんなリンの心情を(なみ)するものだった。


「ずいぶん厳しいことを言うな」


 口笛を吹くと、ペルガーリアは腕を組んで、覗き込むようなしぐさをする。その視線は、リンに向けられていた。


「奴さん、可哀そうだとは思わないのか?」

「オレは……別に……」

「ただな、先代のチカラアリ巫皇(ジリッツァ)は、後継者を指名している。それで、その後継者は生きている」

「どこにいるのです?」

「チカラアリさ。レジスタンスを組織して、帝国軍と戦ってる」

「死ぬのを待つのが得策では?」

「そうは思わないな」


 ペルガーリアは答えたが、答えるまでには、やや間が開いた。


 そもそも、ペルガーリアが答えるまでの間、広間は水を打ったように静まり返っていた。


「あ、あの……!」


 クニカは言いかける。重苦しい空気と、プヴァエティカの物言いを和らげたいと考えたためだった。しかしクニカは、そのときになって、プヴァエティカの“心の色”が青色を湛えているのを見てしまった。


「どうしました、クニカ?」

「何でもないです」


 プヴァエティカに尋ねられ、クニカは先が続けられなくなる。プヴァエティカの言うことは、冷たいことばかりだった。ただ、プヴァエティカの言うとおりにすれば、被害は最小限で済むかもしれない。あくまで為政者として、プヴァエティカは最善にこだわっているのだ。プヴァエティカの心の色から、クニカはそれに気づいた。


「アンタの言ってることは、リーダーとしては正しい」


 ペルガーリアが言う。


「ただ、ウチらは指導者(リーダー)であるより前に、まず巫女(ジリッツァ)だ。人に希望を与えなければならない。綺麗事であったにせよ」

「そうですね」


 長い金髪を、プヴァエティカは手で()く。


「それは、あなたの言うとおりです」

「ええっと、そうしたら?」


 ペルガーリアとプヴァエティカをかわるがわる見つめながら、エリッサが言った。


「そうしたら、どうなるんです……?」

「チカラアリの奪還さ」


 ペルガーリアが言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ