026_使徒騎士(Паладин)
ソーニャは、クニカとエリッサには目もくれず、プヴァエティカに耳打ちする。
「え?」
眉根を寄せると、プヴァエティカはソーニャに向き直った。
「使徒騎士?」
プヴァエティカの言葉に、クニカとエリッサは顔を見合わせる。クニカの心臓は高鳴っていた。
使徒騎士――東の巫皇の藩屛である、シャンタイアクティの騎士が、南大陸を横断して、ウルトラまでやって来たのだ。
目的があるとすれば、ひとつしかない。クニカに会うことだ。
「分かりました。広間に向かいます」
ソーニャを行かせると、プヴァエティカは席を立つ。
「クニカ。使徒騎士は、リンと一緒だそうです」
「リンと?!」
クニカは驚いた。
「あの、わたし、どうすれば……」
「もちろん一緒ですよ、エリッサ」
おずおずと手を挙げたエリッサに、プヴァエティカは答える。
「で、ですよね。ハァ」
エリッサはため息をついた。
「あ、違います! 嫌ってわけじゃないんです! ただ、その、緊張しちゃって」
「大丈夫ですよ。クニカが一緒です」
プヴァエティカが言う。
「それに、私とあなたが揃っていた方が、おそらく話が早い」
プヴァエティカの言い方が、クニカには引っかかる。しかし、真意を問う間もなく、プヴァエティカは広間へと向かおうとする。
侍女に伴われながら、クニカとエリッサも、プヴァエティカの後に続いた。
◇◇◇
列柱廊を通り抜け、クニカたちは、大瑠璃宮殿の中心にある広間までやってきた。広間の天井は真円のドームに覆われており、ドームの内側は、真鍮のメッキで黄金色に輝いている。
広間の中心に、二人の人影がうやうやしく跪いている。一人はクニカのよく知る人物で、背が高く、痩せていて、黒髪をポニーテールにしている少女だった。リンである。
「クニカ?」
クニカの姿を認めるやいなや、リンが叫んだ。
「“おおさじ亭”に戻ったんじゃないのか?!」
「ええっと……」
リンの言葉に、クニカは頭を掻いた。リンの言うとおり、本来の予定であれば、クニカは午前中にエリッサとの謁見を済ませ、昼前には“おおさじ亭”に戻っているはずだった。
だが、リンは目を丸くしたまま、隣に控えている少女を向いていた。少女は、赤色の髪を腰の辺りまで伸ばしており、飾り気のない黒いブラウス、黒いズボン、黒い沓という格好だった。
クニカの目を引いたのは、彼女が背負っている長剣だった。長剣は、長い柄と鍔とを持った独特の形状で、十字架を背負っているように、クニカの目には映った。
「な? あたしの言ったとおりだろう」
頭を垂れたまま、赤髪の少女が答える。「クニカは大瑠璃宮殿にいる」と予見したのは、この少女のようだ。リンは半信半疑のまま、少女に説得される形でここに来て、それで実際にクニカが現れたから、驚いたのだろう。
「予言でも何でもない。直感さ。あたしくらいのレベルになれば、このくらいは朝飯前で――」
「顔を上げたらいかがです?」
少女の話を遮って、プヴァエティカが言った。顔を上げると、少女は前髪を手でかき分ける。
「あっ」
顔立ちを見て、クニカはぎょっとなる。食堂に向かうまでの道すがら、突然引き込まれた“うすあかり”の世界で、“ペルガーリア”と名乗る女性が見せた少女のイメージ。その実像が今、クニカの目の前にいる。
クニカは記憶が、鮮明さを取り戻す。イメージに映り込んでいた少女は、裸で、汗だくで喘ぎながら、身もだえしていた。
「エロい人だ!」
思わず口走ってから、クニカは、自分がとんでもないことを口走ってしまったことに気付いた。
「どういう意味です?」
隣にいたプヴァエティカが、クニカに尋ねてくる。
「えっと、それは……」
「どういう意味です?」
プヴァエティカは機械的に繰り返したが、クニカの失言には、すぐに興味を失ってしまったようだった。プヴァエティカが腕を伸ばすと、念動力に手繰られて、広間の隅にあった籐製の椅子が三脚、クニカたちのところまで吸い寄せられてくる。
「えへん。まあいいや」
咳ばらいをすると、赤髪の少女は肩をすくめてみせる。
「お初にお目にかかります、臺下。拙者はオリガ=サ・ウィル=キムルと申す者。任務においては本名を匿すのが通則なれど、こと星命によって参りましたがために、あなた様を前にしてご無礼つかまつる――」
「口上は結構です。あなたの相棒は」
再びオリガの話を遮ると、プヴァエティカが言った。
「どこにいるのです? 使徒騎士は、二人一組で行動するはず」
「臺下、私は星下より”双子”の使徒騎士を拝命している者です」
オリガが答える。
「”双子”の名を襲る者は、任務においても、単独で行動するのが古くからのならわしです」
「キャーッ!」
そのときだった。クニカたちの前方、広間の扉が開け放たれば、二人の少女が入ってくる。少女のひとりは、紫色の長い髪を持ち、そのうちの二房を、てっぺんでお団子状に束ねている。少女はどういうわけか、大きな魚を腕に抱えていた。
「ウオーッ!」
そんな少女の隣には、透き通った白い髪を持ち、ゴーグルを首に提げ、黒いオーバーオールを身にまとった少女が、魚籠を振り回しながら叫んでいる。カイだった。
「カイ?!」
「ミーシャか」
カイと一緒にやって来た女の子を見ながら、オリガが目を細める。このときになってクニカは、カイと一緒にやって来た女の子も、長剣を背負っていることに気付いた。
(この子も使徒騎士なんだ)
カイと一緒に抱き合いながら、「キャー。」と叫んでいる女の子――ミーシャのことを、クニカは凝視する。ミーシャはクニカと比べても、一回りは年下に見える。
「ってことは、アイツもそろそろかな」
プヴァエティカに向き直ると、オリガは続ける。
「彼女はミーシャ。ミーシャ・ルゥ=ラァ。あたしと同じ使徒騎士で、“フィリポ”を拝命している者」
「ウオーッ!」
「キャーッ!」
カイとミーシャは、お互いに抱き合うようにしながら、滑り込むようにしてリンたちのところまでやって来た。カイの声も大きいが、それ以上に、ミーシャのかん高い声が耳につく。クニカの隣では、エリッサが耳を塞いでいた。
「うるさいな」
けたたましいと感じているのは、クニカたちだけではないようだった。座り込んでいるカイとミーシャに向かって、オリガが膝立ちになる。
「臺下の前だぞ、ミーシャ! 静かに!」
「キャーッ!」
「ほら、そっちの背の高い方も、ミーシャと抱き合ってないでさ――」
「ウオーッ!」
オリガの忠告も、ミーシャとカイにはどこ吹く風のようだった。
「ミーシャ」
その時、再び広間の扉の方から、別の声がした。その声は、クニカたちの方角に、まっすぐ飛んでくるかのような、よく通る声だった。
声が聞こえた途端、ミーシャは叫ぶのを、ぴたりと止めた。ミーシャの様子が気になっていたクニカも、自然とミーシャの視線を追いかける。広間に集まっているほかの人たちも同じだった。
一同の視線が、広間の入口に集中する。そこには、二人の少女が立っていた。ひとりは、クニカのよく知る人物で、銀髪に褐色肌の少女・シュムである。もうひとりは、こちらも銀髪だったが、その髪色は夜空の星のように透き通っていた。少女は、そんな銀髪を頭の後ろでひと房に束ねており、リンと同じくらい背が高く、紺色の瞳を持っている。何より、オリガやミーシャと同じように、長剣を背負っている。
フン、と、オリガが鼻を鳴らす。その音だけが、なぜかクニカは耳についた。
「にゃーん……」
広間の中央に居並ぶ人びとを見て、シュムがのけ反っている。シュムも同じように、隣の使徒騎士とともに、クニカのるところまでやって来たのだろう。しかし、こんなにも大勢いるとは考えていなかったようだ。
「失礼しました、臺下」
ミーシャの下まで歩きながら、三人目の使徒騎士が言った。
「この子、感情表現が苦手で。嬉しかったみたいです、同類に会えて」
ミーシャの傍らに正座をすると、三人目の使徒騎士は、カイに目くばせしながら答える。
「嬉しい……そういう風に聞こえますか?」
「ええ」
プヴァエティカの言葉に、三人目の使徒騎士の眉根が寄る。
「そういうことにしておきませんか? 悩ましいことならば、ほかにもたくさんある」
「いい加減名乗ったらどうだい。“アンデレ”?」
咳ばらいをすると、“アンデレ”と呼ばれた使徒騎士を一瞥もせず、オリガが言った。この使徒騎士は、オリガやミーシャのように、十二使徒の一人・“アンデレ”を拝命しているのだ、と、クニカは理解した。
「オリガ?」
“アンデレ”が、目を丸くする。
「どうしてキミが?」
「星命だよ、キミと同じさ」
オリガは肩をすくめる。
「申し遅れました。私の名前は、ニフシェ・ダカラー。使徒騎士の“アンデレ”を拝命する者で、ここにいるミーシャとともに、星命により参じました。プヴァエティカ臺下、エリッサ猊下、それに、クニカ様。以後、お見知りおきください」
「ええっと、ええっと」
胸の前で両手を合わせながら、上ずった声でエリッサが言う。
「その……どうして私と、クニカの名前が分かるんです?」
「直感です」
「キャー。」
ミーシャが叫ぶ。
遠くの空で、雷鳴が鳴った。




