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ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第7章:ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)
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157_永遠の子供(Вечный ребенок)

――我、地に平安を(もたら)さんために(きた)れりと思ふな。平安に(あら)ずして、(かへ)つて(つるぎ)(もたら)さんために来れりと知れ(私が平和をもたらすためにこの世にやってきたのだと思ってはいけません。私がやってきたのは、平和ではなく、剣(戦争)をもたらすためなのです)。【『馬太(マタイ)による福音書』、第10章第34節】

 引き金に指を掛けるかすかな音が、ジナイダの耳まで届く。小銃の弾が飛ぶよりも速く、ジナイダは音の波・音のうねりをたぐる。音波を前にして銃弾は縦に裂け、サリシュ=キントゥスの兵士たちは粉砕される。


 ジナイダの魔力によって生まれた空振が、正面の鉄扉を叩き、それをなぎ倒す。ジナイダの通る通路の後ろには、振動で全身を焼かれた兵士たちの亡骸が転がっていく。


 ニフリートの示す先は、地下へとつながっていた。アエリア=カピトリナの中枢は、すべて地下にあると知るのに、そこまで時間は掛からなかった。


「四半世紀の昔に、地上は放棄された」


 ニフリートが言う。首だけになっても、彼女は生きていた。


「なぜ?」

「汚染されてしまったからさ。土壌はガラス質になり、農産物は見込めない。公害が深刻になり、地上では長く生きられない。だから地下に潜った。安全だから」


 安全(ビザパースナスチ)。――ニフリートの言葉を繰り返しながら、ジナイダは魔力を右手に収れんさせる。“天雷”が投げられ、行く手を塞いでいた兵士たちが炭に変わる。


「皇帝は常に怖れている。世界に裏切られることを」


 扉が開く。視力を喪っているジナイダだったが、魔法の力で、事物の本質を直観できる。扉の向こう側で、ジナイダが捉えたのは、通路ではなく、広間だった。広間には、透明な円筒が、等間隔に配置されている。円筒は液体に満たされており、その中には、人間がうずくまっている。全て、ニフリートの形相(エイドス)をしていた。


「ボクは繰り返される」


 ニフリートが言う。


「クローンさ。生命を複製する技術。オリジナルのニフリートは、それに関心があった。それで、みずからを提供した。だからボクは繰り返される――」


 ジナイダは最後まで聞かなかった。念力で小銃を引き寄せると、ジナイダは引き金を引く。銃声、ガラスの割れる音、液体が漏れる音、空になった薬莢が床に落ちる音、硝煙の臭い。――全てのニフリートを破壊すると、ジナイダは小銃を投げ捨てる。ニフリートの首を掴んだまま、ジナイダは扉を抜け、階段を降りる。


 二人は、更に地下へと潜る。再び、扉がジナイダの行く手に立ちはだかった。兵士の姿はない。


 ジナイダは扉をくぐる。再び広間へと出た。先ほどの広間とは比較にならないほど、天井は高く、奥行きがある。その広間には、柱のようなものが無数に並べられていた。小型のものと、大型のもの、二種類があった。


「小さいのが、“永遠の子供”」


 ジナイダが尋ねるより早く、ニフリートが答える。


「焼夷ミサイルさ。地上から空に発射され、この街に降り注ぐ」

「この街に?」


 姉の言葉に、妹は眉をひそめる。


「どうして?」

「生きているのは、皇帝と、霊長の魔法使いだけでいい。ただ、大きいミサイルは破壊しすぎる」


 ニフリートの視線が、大型のミサイルに向けられていることに、ジナイダは気付く。


「“黒い巨人”さ。これは核ミサイルと呼ばれている」


 核ミサイル――その言葉を聞いた瞬間、ニフリートの脳裡に浮かぶ影像(イメージ)を、ジナイダは直感した。青白い、鉛色の光――。


「“永遠の子供”がこの街を焼いた後、“黒い巨人”が、世界に解き放たれる。“黒い巨人”は、世界のすべてを破壊し、暗くて、冷たい時代がやってくる」


 “霊長の魔法使い”は、世界を生み出す権能を有している。その権能を発揮させるためには、生み出される前の状態に、世界を戻さなければならない。逆に考えるのだ、生まれるためには、世界は終わっていなければならない――と。“黒い巨人”が世界に降り注ぐことで、世界は破滅する。その破滅のエネルギー、死のエネルギーを注がれ、“霊長の魔法使い”は、世界に生を()ける。


「ビックリしたかい?」

「ビックリしたよ」


 ジナイダは素直に答える。ニフリートが笑った。


「それで、どうするつもりだい、ニフシェ?」

「ボクはジナイダだ――」


 階段を下りながら、何者かがこちらへ近づいてくるのを、ジナイダは聞きつける。裸足で階段の鉄板を踏む音、無様に転げ落ちる音。――ガラス管の中で、完全に生成されることのないまま覚醒を遂げた“できそこないの”ニフリートたちが、そこにいた。ある者は腕がなく、ある者は足がなく、ある者は耳がなく、ある者は首がない。


「ボクがいるぞ!」


 “できそこない”のひとりが、ジナイダに腕を伸ばす。本当は指を差したかったのだろうが、親指と、人差し指と、中指を欠いていた。


「この身体はボクのものだ――」

「違う、ボクのものだ――」

「ああ?! ッハ?! ッハ?! ッハ?! ッハ?! ッハ――?!」

「ボクたちはひとつなんだ――」


 できそこないのニフリートたちが、ジナイダに押し寄せる。身体はフェンスに押し付けられ、そのはずみで、ジナイダはニフリートの頭部を取り落とす。


「おいおい、これで終わりか」


 広間を落下しながら、ニフリートの頭部がぼやく。


「もっと楽しみたかったな」


 できそこないのニフリートたちに取り囲まれ、ジナイダは身動きが取れない。


 その最中、ジナイダの背後で轟音が上がる。天井が開き、“永遠の子供”が射出された。

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