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ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第7章:ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)
155/165

155_和解(примирение)

――()の日()の時を知る者なし。天の使いたちも知らず、子も知らず、ただ父のみ知り(たま)ふ(終わりの日を知る者はいない。天使たちも知らず、基督(キリスト)も知らず、ただ天の父のみがそれを知っておられる)。【『馬太(マタイ)による福音書』、第24章第36節】

 アエリア=カピトリナの中空を闊歩しながら、ジナイダとオリガは東に向かう。都市の東側は海に面しており、複数の幹線道路が、ひとつの巨大な施設に接続していた。


 クニカが見れば、それが空港であると気付いたことだろう。しかし、南大陸では、航空機はまだ発明されていなかった。


「お前、飛べたのか?」


 しばらくしてから、オリガがジナイダに尋ねる。


「大気の音のうねりを、踏んでいるだけさ」


 ジナイダは答える。次の瞬間、大気のうねり方が、急激に変化したことを、ジナイダは肌で感じ取った。魔力を右手に集中させると、ジナイダは腕を前に突き出す。自分たちに向けられた“神の鉄槌”が、二人の前で弾ける。


「ニフリート!」


 オリガが叫んだ。その間、ジナイダは目線を下に向ける。視力を喪っているジナイダだったが、生命や静物の霊気(アウラ)から、ジナイダは事物の本質を直観できる。“神の鉄槌”が、地面をえぐり取り、大地に深い亀裂がはしっているのを、ジナイダは理解した。


 亀裂の奥底には、何かがある。ジナイダは、それに意識を傾注させようとしたが、正面から伝わってくる別の霊気(アウラ)にさえぎられる。アスファルトの中心に立っている、ニフリートの霊気(アウラ)だった。


「剣を預かろう」


 着地した二人の前に、ニフリートが近づいてくる。


「この街全体が皇帝(コスモクラトゥーラ)の殿堂だ。ケガをしたいわけじゃないだろう?」

「今のあなたじゃ、ボクには勝てませんよ」


 ジナイダは、両手に魔力を集中させる。魔力は掌中で具現化し、音叉が形成された。


「ずいぶん陳腐なことを言うな」


 ニフリートが答えた。


「勝つか負けるかは、大した問題じゃない」

「そう。大した問題じゃない」


 応じたのは、オリガだった。ジナイダの一歩前に、オリガが踏み出す。


「ケリをつけに来た」

「かたきを討ちに?」

「違う」


 ニフリートの問いかけに、オリガが答える。オリガの答えは、ジナイダには意外だった。


「では、何のために?」


 それは、ニフリートも同じようだった。


「すぐにわかる」


 直後、長剣を抜き放つと、オリガはニフリートに肉薄する。


「オリガ!」


 オリガの行動は唐突だった。ジナイダは止めることも、援護のために追随することもできない。


 ニフリートの間合いに踏み込むと、オリガは剣を振り上げる。オリガの動きは洗練されていたが、単純すぎた。肘を折り畳むようにして、ニフリートはオリガの剣を弾く。オリガの剣が宙を舞った。


 丸腰になったオリガに、ニフリートの剣が振り下ろされる――。


 そのとき、ニフリートの動きが止まった。剣の刃先は、オリガの額に触れている。オリガの皮膚からは、ぽつりと血のしずくが滴っているが、肉には食い込んでいない。見えない力にさえぎられ、ニフリートは身動きができないようだった。


 オリガは両腕に、“(ソーム)”の魔力を集めている。“(ソーム)”の魔法は、地中に潜るだけが能ではない。大地を揺らし、重力を操るのもまた、“(ソーム)”の真骨頂だ。


 “磁場の糸”が張り巡らされているのを、ジナイダは直感する。糸はオリガの腕に局在化し、ニフリートを拘束するとともに、オリガ自身の腕も締め上げていた。


「今だ」


 オリガが叫ぶ。オリガの両腕に、”磁場の糸”が食い込む音、アスファルトに滴る血の音を、ジナイダは聞き分ける。


「死んじまうぞ」

「早くしろ!」


 再びオリガが叫ぶ。


 それ以上のことは、ジナイダも言わなかった。


 握りしめた音叉を、ジナイダは突き出す。放たれた音の波が、”磁場の糸”に引き寄せられる。音波は(しゅう)(れん)し、ニフリートの全身に殺到する。


 空気の破裂する音に続き、飛び散った血液が、ジナイダの服を濡らした。血はニフリートのものであり、オリガのものでもあった。


 ニフリートの身体が地面に倒れる。遅れて、何かが地面に落下した。ニフリートの首が粉砕され、頭部が地面に落ちたのだ。


 魔力が発散し、音叉は消え失せる。風が、ジナイダの銀髪をなでる。


「勝利!」


 オリガが言った。おぼつかない足取りで、オリガは前へ出る。その傍らに、オリガの両腕が落ちているのを、ニフシェは直覚する。


 オリガは倒れる。駆け寄ると、ジナイダはオリガの身体を起こした。


「どうした……笑えよ? ……は、はっ」

「キミはバカだ」

「うるさいな。あたしの人生だ」


 オリガの血で、ジナイダの服が染まっていく。


「最低だ」


 オリガの言葉に、ジナイダは首を振る。


「だれもキミを笑ったりなんかしないさ」

「好きに言えばいい」


 オリガは言った。


「好きに言え。もうただ、みじめなだけだ。みじめなんだ……!」


 オリガの瞳から、大粒の涙がこぼれる。ジナイダにはもう、オリガに掛けるべき言葉がなかった。


「あたしはお前を赦さない」


 途切れ途切れに、オリガは言う。


「死んでもお前を赦さない。卑屈だって言われようが……お前が嫌いなんだ……」

「オリガ……」

「憎いんだ」


 最後に、オリガは溜息をもらした。


 ジナイダの腕に抱かれ、オリガは永遠の眠りについた。


「ナンセンスだ」


 オリガの亡骸(なきがら)を、ジナイダは抱きしめる。みずからの負の感情を、オリガは死によって清算した。ジナイダが、どんな言葉を掛けたとしても、オリガを救うことはできなかっただろう。ニフリートの生が繰り返されようが、この戦いで負けようが、オリガには関係がなかった。オリガが本当に憎いのは、オリガ自身だからだ。


「あーっ」


 背後から声がした。頭だけになったニフリートが、声を上げている。


 立ち上がると、ジナイダはニフリートの髪を掴み、頭部を持ち上げる。


「もっとうまく殺せ」


 ニフリートは言った。


「退屈が身に染みる」

「ボクたちにはお似合いでしょう?」


 ジナイダは言う。


「もう、あなたを分かろうとは思いませんよ。たぶん、あなたもそうなんだ。誰もあなたを理解することはできないし、あなたもまた、自分自身が分からない。たけど、もういいでしょう? だれもあなたを苦しめられやしないんです。はじめからそうだった」

「まるで、全てが分かったかのような言い草だな」


 ニフリートは言う。ジナイダは答えなかった。


「まあいい。結局、今を生きる人間に、勇気ある人間なんていないのさ」

「ボクを案内してください、皇帝のところまで」

「焦るなよ」


 ニフリートがせせら笑う。


「地獄の苦しみを味わうためには、一日は十分すぎるほどある。こっちに来い」

「こっち?」


 ジナイダの脳裡に、ニフリートの思念(エンノイア)が投影される。 “神の鉄槌”で破壊された地下シェルターの奥を、ニフリートは示している。


「面白いものを見せてやる」


 ニフリートに従い、ジナイダは地下へと潜る。

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