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ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第7章:ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)
154/165

154_それは何の光?(Что это за свет?)

「シノン、しっかり」


 アアリの声が聞こえる。シノンからの返事はない。


「切るしかない」


 チャイハネが言う。周囲から、息を呑む声がした。


「助かるの?」

「切らないよりは」

「キミがやれ、ミーシャ」


 ジナイダの声が響く。ジナイダは、大部屋の窓の側にいて、外の様子を眺めていた。


 クニカたちは今、アエリア=カピトリナの一角にいる。結界を展開したまま建物に降り立ったため、天井には大穴が開いていた。対空砲は止んだが、地上の軍隊が、間もなくやってくるだろう。


 アアリや、チャイハネから離れたところに、クニカはいる。壁の前に立ち、クニカは絵の前――無数の小魚の中から一匹の大魚を選び、それを見つめる漁師の絵――の前に、立ち尽くしていた。壁には等間隔で、大小さまざまの絵が掛けられている。ほかにも、この大部屋には、彫刻や磁器が展示されていた。


 建物に人はおらず、絵も、彫刻も、床も、埃にまみれていた。ここは美術館で、何年もの間、それこそクニカたちが不時着するまで、人は入らず、手入れもされなかったのだろう。


 シノンの救護の邪魔をしないために、自分は離れている。クニカは初め、みずからにそう言い聞かせた。しかしクニカは、そのような理由付けが欺瞞であると分かっていた。


 “竜”の魔法で、クニカは“救済の光”を用い、人びとを死の淵から救うことができた。クニカ自身の能力が、クニカをクニカたらしめていた。それを喪った今、クニカにできることは何もない。世界から疎外されてしまったように、クニカは感じていた。ただ、その事実を指摘する者は、身の回りにはいないだろう。それは周囲の人々の優しさのためだが、だからこそ、クニカの心はひりついた。


「キャー。」


 ミーシャの甲高い声が、背後から響いてくる。手のひらを拳で叩いたような、湿った音とともに、少し遅れて、何かが床に転がった。


「押さえ込むぞ」


 チャイハネの掛け声に合わせ、足音と、衣ずれの音が響く。床に転がった“何か”の位置を、クニカには音から察することができた。見ないように努めれば努めるほど、その存在感は、クニカの意識を吸い取っていく。


 ふとクニカは、真横から人の気配を感じ、そちらに目を向けた。オリガが立っていて、クニカと同じように、壁にかかっている絵の前にいた。クニカの視線に気付くと、オリガは振り向いて、あいまいな笑みをクニカに返した。


 いたたまれない気分になり、クニカはきびすを返し、窓辺に近づく。窓の向こうには、アスファルトと、鉄筋に覆われたアエリア=カピトリナの街が広がっている。街は灰色で、人の気配はない。戦争以上のただならぬ気配を感じ、クニカは不気味だった。


 反対側の窓から、クニカと同じようにして、ジナイダもまた外の景色を眺めていた。窓に映るジナイダの姿を、クニカは自然と目で追っていた。


 そのとき、窓ガラスの一点が青く光る。――それは何の光か?


「うわっ?!」


 リンが声を上げる。部屋全体が、青い光に包まれる。静電気に煽られ、服の袖が、髪の毛が、重力を喪ったようになる。唇の端に、クニカはかすかに、鉛の味をかぎ取った。


 “神の鉄槌”。間近に迫る死の光を前に、クニカは立ちつくすだけだった。


 光の洪水に、魂が漂白されていく――。そう思った瞬間、部屋に充満していた光が、一点に集められる。ジナイダだった。“神の鉄槌”の稲妻を、ジナイダはひとり、右手で抱えている。眩しさも、音も、空気の震えも、ジナイダの右手に収まり、消え去っていった。


「ニフリートだ」


 壁に空いた大穴の前に立つと、ジナイダは言う。


 どうして、と言おうとして、クニカは口をつぐむ。キラーイ火山で焼け死んだ後、ニフリートは地上に帰ってきた。チカラアリで倒した後、ニフリートはシャンタイアクティに帰ってきた。


――キミの近く。


 ウルトラで、みずからの夢に(ちん)(にゅう)してきたニフリートの、去り際の言葉。


――キミのずっと近く。あまりにも近すぎて、君が永遠にたどり着くことのできないような、そんな近く。


 そして今、シャンタイアクティで死んだ後、ニフリートはアエリア=カピトリナに帰ってきている。逃れることはできず、しかし追いかけられない存在。それがニフリートなのだ。


 クニカの方を、ジナイダが振り向く。ジナイダは笑っていた。


「決着をつけてくるよ」


 錫杖(カッカラ)で床を打ち鳴らしながら、ジナイダは言う。


「よかったな、クニカ」

「え?」

「姉はキミを狙っていた」


 “神の鉄槌”の放たれた方角に、ジナイダは顔を向ける。


「本当にキミが無価値なら、キミを狙う理由がない。キミには何かがある。姉はそれを知っている」


 みなの視線が、クニカに集まる。


「アアリ、チャイ、シュム。キミたちは、シノンのために残ってほしい」


 ジナイダの言葉に、三人はうなずいた。


「残りのみんなは、宮殿まで進んでほしい。ボクはニフリートを叩く。それから合流する――」

「私も行く」


 クニカの隣から、声が上がる。オリガだった。


「キミはジイクと一緒だ。クニカを宮殿まで連れて行ってほしい」

「私は行くからな」


 オリガの声は震えていた。


「分かったよ。止めやしない」


 そう言うと、ジナイダはオリガに手を伸ばした。オリガはその手を掴む。


「だれも止めやしない。人は本質的に自由だ」


 手を取り合いながら、壁に空いた大穴から、二人は飛び立った。中空を蹴りながら、ジナイダは前へと進む。彼女が宙を蹴るたびに、澄んだ鐘の音が響き渡った。


「クニカ、行くぞ」

「うん」

「クニカ」


 立ち去る間際に、チャイハネとシュムが、クニカのところまで駆け寄ってくる。


「チャイ、シノンのこと、よろしくね」

「死なせやしないよ」


 チャイハネは笑ってみせる。


「誰かを生かすために、あたしは医者になろうとしてんだ。な、シュム?」

「ええ。クニカも気をつけてください」


 チャイハネとシュム、それからアアリに見送られながら、クニカとリン、カイ、ジイクとミーシャは先を急いだ。

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