表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第6章:神の子は都(みな)沓(くつ)を履く(Каждый ребенок Божий носит обувь.)
148/165

148_証人(свидетель)

――パリサイ(びと)尋ねて(いは)く「(なんじ)(あるじ)何処(いずこ)に在りや」と。約翰(ヨハネ)答えて曰く「彼、彼の来たりし所へと再び帰り(たま)ふなり」と(「お前の主人はどこにいるのか」と、パリサイ人は問うた。それに対してヨハネは「主人は、彼がやって来たところへと再び戻って行ったのです」と答えた)。【『ヨハネのアポクリュフォン』、第2節】

 “花嫁の間(ニユンフオーン)”で、ジナイダは裸のまま、最小限の踊りを踊っていた。


 “一者(モナス)の間”で、ジナイダはこれから、即位灌頂(バプテスマ)の儀を遂げる。シャンタイアクティの古くからの伝統として、「天女は(いち)(にん)にして立つ」という言葉がある。ウルトラ、チカラアリ、ビスマーの巫皇(ジリッツァ)と異なり、シャンタイアクティの巫皇は、独力で即位灌頂(バプテスマ)の儀を成し遂げることができる。シャンタイアクティの巫皇はアウトゲネース、すなわち、“みずから生まれた者”であるからだった。


 足の運び、手の動きに合わせ、ジナイダの魔力は発散する。“花嫁の間”の小物や調度が、魔力に感化され、宙を舞う。それらは天体のようになって、ジナイダの周囲をめぐる。


 ジナイダは踊りを止める。宙を舞っていた物たちは、元のところへ戻っていく。


 浴槽に近づくと、ジナイダは手を洗う。そのときジナイダは、影がやってきたことに気付いた。ニフリートだった。影は、ジナイダから一定の距離を取り、出方をうかがっているようだった。


「ボクを殺しに来たんだろう?」


 かぎたばこを()い終えると、ジナイダは言う。


「やってみろ。抵抗しないから」


 両腕を垂らすと、ジナイダはまぶたを閉じる。影が迫るのを、ジナイダは感じる。ジナイダを撫でるように、影は周囲をめぐる。しかし、それだけだった。影の気配が消え去ったことを感じ取り、ジナイダはまぶたを開いた。


 “花嫁の間”の扉が開くのを、ジナイダは聞き取った。“麒麟(ジラファ)”の魔法使いであるジナイダは、微細な音も聞き分けられる。


 息づかい、足音から、ジナイダは相手が分かる。フランチェスカだった。


「どうした?」

「寂しいだろうと思って」

「どうしてそう思う?」

即位灌頂(バプテスマ)のとき、私は心細かったから」

「違うだろう」

「え?」


 フランチェスカのところまで、ジナイダは近づく。


「今が一番心細い。キミが本当に言いたいのは、それさ」


 フランチェスカは答えなかった。


「音に敏感でね。相手の(ローシ)が、声音から分かる」


 ジナイダは言う。


「ただ、嘘が分かったところで意味はない。嘘の逆が、必ずしも真実にはなるとは限らないから。ボクはずっと、自分にそう言い聞かせてきた」


 きびすを返すと、ジナイダは別の扉を抜ける。“一者の間”に直接つながる通路が、“花嫁の間”にはある。


「ただ、今はもう分かる。嘘に対して『嘘だ』と言うこと。それだけでもう、計り知れない意味がある。来るといい」


 入口に立ったまま、逡巡しているフランチェスカに、ジナイダは呼びかける。フランチェスカの足音が近づくのに合わせ、ジナイダは階段を降りる。降り切った先で、ジナイダのくるぶしは水に浸かる。すでにジナイダは、“一者の間”に足を踏み入れている。


「言いたいことがあるんだろ?」


 冷たい水の中を歩きながら、ジナイダは言う。


「話すといい。マナー違反とか関係ない。生きている間に、人は多くを忘れるのだから」

「ペルガーリアも」


 フランチェスカが言った。


「同じことを言っていた。ここで」

「繰り返しか」


 すでにジナイダは、腿の辺りまで水に浸かっていた。まもなく正面の壁にたどり着く。後は潜るだけだった。


「姉が嫌がりそうだ」

「私はペルガーリアに、『あなたのことが嫌いだ』と伝えた」


 フランチェスカは続ける。


「ペルガーリアは、『自分で自分が耐えられない』と言っていた。私はエリッサに『愛している』と伝えた。エリッサは私に『愛している』と言った。ペルガーリアもエリッサも、もういない」


 水を掻き分けながら、フランチェスカはジナイダに追いすがる。服を着たままのせいで、フランチェスカは歩きにくそうだった。


「私は、二人を嫌っていたり、愛していたりしたけれど、それは私の問題に過ぎない。二人ともいい人だった。少なくとも、悪い人とする理由はない。それなのに、二人は死んだ。そして、私は生きている」

「それで?」

「どうして二人が死んで、私が生きているのか」

「選ばれたからだ」


 フランチェスカの問いに、ジナイダは答える。あごを引いて、ジナイダは水面を見つめる仕草をする。失明しているので、当然ジナイダは、水深を図ることはできない。


「選ばれた? 何に?」

「運命」


 手を伸ばし、ジナイダは水に触れる。


「逆に考えるしかないんだ。ペルジェやエリッサが死んでいったんじゃない。私たちが死に損なったんだよ。彼女たちはこの世界から解放され、ボクたちは後始末を負わされている」

「死んだ人は、死すべき運命だった?」

「そう」

「どうして?」

「ボクたちが生きているから」


 ジナイダは笑った。


「先回りして、二つだけ言っておく。第一に、生は繰り返さない。だから、自分たちが死んでいたとしたら、のような仮定は、何ら意味をなさない。第二に、フラン、本当に死んだ人間も、本当に生きた人間も、実はまだいないんだ」


 フランチェスカの息を飲む音が、ジナイダの耳に届く。


「どういう意味?」

「クニカさ。分かるだろ?」


 ジナイダの言葉に、フランチェスカはすぐには答えなかった。“一者の間”を、水が流れていく。


「ニフシェ」

「ジナイダだ」

「ジナイダ、言いにくいけれど、私とあなたは、たぶん“違う島”にいる」


 フランチェスカの言葉に、ジナイダは再び笑った。


「ボクの生き証人か。嘆きばかりになるよ」


 そのままジナイダは、“一者の間”の深みへと飛び込んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ