145_代償(компенсация)
大食堂から抜け出すと、オリガは二階にある、みずからの部屋に戻った。窓ガラスは割れていたが、それ以外に変わりはない。机があり、椅子があり、ベッドがある。机の上には棚があって、経典が収められている。
オリガには、それが奇妙に思えた。部屋は、これまでと同じようにオリガを迎え入れてくれる。しかし、部屋の主であるはずのオリガは、オリガであってオリガではない。見知らぬ土地へ迷い込んでしまったかのような気分だった。
戦争は終わり、ペルガーリアは死んだ。オリガはいまだに、それが信じられなかった。戦争が終わったことは嘘であるか、ペルガーリアが死んだことは嘘であるか、あるいは両方とも嘘であるか、それらのいずれであるか、またはそれらの全てであるように、オリガには思えた。それでも、あずまやの床に横たわり、固く目を閉じていたペルガーリアの表情は、オリガの瞼の裏に克明に焼き付いていた。あれは、まぎれもなく死者の表情だった。
誰が死んでもおかしくない戦いであると、オリガも覚悟はできていたつもりだった。しかし、いざ自分が生き残り、ペルガーリアが死んだ段になると、オリガはそれが奇妙に思えてならなかった。
――次の巫皇を立てないと。
――使徒騎士会を立てよう。今夜。
ジイクとアアリのヒソヒソ話を、オリガは耳にしていた。聞くまいと、心を空にしようと努めても、言葉はいやおうなしに耳に入ってきた。
使徒騎士会がどのような結末を迎えるか。その時を待たずとも、オリガには分かる。ニフシェは処刑されず、それどころか巫皇に推挙される。オリガを除く使徒騎士たちは、誰も反対しないだろう。ニフリートを撃破したのは、紛れもなくニフシェなのだから。それはオリガにも分かる。オリガひとりが反対したとして、オリガの立場が危うくなるだけだ。
何より、オリガが反対することに理由はなかった。それはただ、オリガがニフシェのことを嫌いだという、そのことだけだった。
――ちゃんと言えよ。みんなには聞こえないよ。
星誕殿に戻る前に、ニフシェに言われた言葉を、オリガはまざまざと思い出す。と同時に、大瑠璃宮殿で、ニフシェの手を強引に振りほどいたときの記憶がよみがえってくる。時間をかけて、自分は代償を支払わされた。オリガはそう考える。そして、これらの出来事を代償と考えてしまうことそれ自体が、オリガには許せなかった。オリガは、自分が辱しめられ、卑しめられた存在であり、しかもこの屈辱を雪ぐ術を何ひとつ持たないような、気持ち悪い生き物のように思えてならなかった。
戦争は終わった。地位は逆になった。ニフシェは高みにいて、オリガは低みにいる。ニフシェは正当で、オリガは不正である。ニフシェは巨人で、オリガは小人である。
さまざまな想像や、記憶や、奇妙な考えが、異常な速さと明晰さで、オリガの脳裡を去来する。何もかもがおしまいになったのだと、オリガは考える。
そのときふと、オリガの視界に、机に置かれたままの拳銃が留まった。
テーブルに近づくと、オリガは拳銃を取る。傍らにあった銃弾を、オリガは装填する。撃鉄を起こしてから、オリガは物思いにふける。自分はどこから間違えたのか。緊張の中で、思考の糸をたぐり寄せる。
「ハッ――」
オリガは笑った。どこからでもない。初めから間違えていたのだ。
銃をこめかみにあてがう。オリガは引き金を引いた。




