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ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第6章:神の子は都(みな)沓(くつ)を履く(Каждый ребенок Божий носит обувь.)
142/165

142_言葉(слово)

 雨が降り出してすぐ、クニカとリンは、通り沿いにあったあずまやへ避難した。そこで待ってろ、と言い残すと、リンは雨の中を舞い戻って、ペルガーリアとエリッサの亡骸を運んできた。


「濡れたら、かわいそうだからな」


 リンは言った。返事をする代わりに、屋根を這う蔦と、滴り落ちる雨を、クニカは眺める。雨粒が、つま先に当たって弾けた。


 シャンタイアクティの街は、雨に沈んでいた。街で喪われた多くのものは、雨のしぶきに覆い隠されている。見えない間は、考えから解放される。そんな期待に胸ははずみ、そんな期待を抱いてしまっていることに、クニカは逃げ出したくもなった。


――時間稼ぎなんだ、クニカ。何もかもが。


 ニフリートの言葉が、クニカの頭の中で渦を巻く。心臓が、口から飛び出してしまうのではないかと、クニカは思う。


 自分を守るために、死んでいった人たちがいる。死んでいった人たちが、自分に期待していた役割を、自分は果たしきれていない。救世主になんて、なれそうにもない。では、これからどうすればいいのか? ――正解を教えてくれる者もいない。罪を償おうとしても、赦しを乞うべき相手もいない。そもそも、自分の罪とは何なのだろう? ニフリートを斃せなかったこと? エリッサを救えなかったこと? どこから間違っていて、果たしてどこまでは間違いでなかったのだろう?


 やがて“霊長”は復活し、世界を崩壊に導くだろう。自分にできることなど、もはや何もないのではないか。世界は雨に閉ざされ、自分の上を滑っていくだけなのではないか――。


「クニカ、手ェ貸せ」


 そのとき、リンが言った。


「手?」

「そうだよ。早く」


 突き出されたリンの手を、クニカは握り締める。リンと手をつないだまま、クニカは天井を仰ぐ。霊長と竜――天井には、この世界の創世神話が、レリーフとして刻まれていた。


 クニカは息を吐いた。ウルトラにいた頃の記憶がよみがえってくる。


「懐かしい」

「だろ?」


 手から伝わってくるリンのぬくもりを、クニカはずっと感じていたいと、そう思った。


「リン、悪いけれど――」

「分かってるよ」


 リンは言う。心なしか、リンは愉快そうだった。


「じきにみんな来るさ。もう分かるんだ」

「ありがとう」


 クニカは答える。後はもう、クニカもリンも、あえて何も話さなかった。



   ◇◇◇



 はじめに現れたのは、オリガだった。黒いブラウスも、ズボンも、雨でずぶ濡れだった。髪も濡れそぼっていたが、赤髪のために、それは目立たなかった。


 オリガは一定の歩幅で、まっすぐに、速足でこちらに向かってくる。クニカとリンには目もくれず、ペルガーリアの亡骸の前に、オリガは立った。眉間にしわを寄せ、オリガは怒っているかのようだった。


「どうして」


 クニカの方に、オリガは振り向く。オリガの顔は蒼白で、声は押し殺したように低かった。


「お前がいながら、どうして……!」

「ペルジェが守ってくれたから、クニカは助かった」


 リンが言う。


「そのための戦争だった。そうだろ? だれも勝てなかったけど」

「生き返らせよう」


 座り込むクニカの正面に、オリガはにじり寄る。クニカは思わず、エリッサの亡骸に目をやった。エリッサに何が起きたのか、オリガは気づいていない。


「“救済の光”で。お前ならできる」

「オリガ、やめろ」

「あたしの魔力を使っていい――」

「やめろってば」


 オリガの真横に、リンが立ちはだかる。


 二人が言い合おうとした、そのとき。雨の向こうから、金属どうしの打ち鳴らされた、澄んだ音が響いてくる。錫杖(カッカラ)に通された、遊環(リング)の音だった。


 雨の中を、二人の人影が近づいてくる。ニフシェと、ミーシャだった。ニフシェは錫杖を携えており、ミーシャはニフシェのために、傘をさしている。


「お前……」


 雨に濡れるのも構わず、オリガはあずまやから抜け出すと、ニフシェの正面に立った。


「死にぞこなったさ」


 オリガが何かを言う前に、ニフシェが答える。


 クニカはニフシェの顔を見る。ニフシェの瞳は白く濁っており、別の意思を持っているかのように、あちこちに動いていた。ニフシェは失明しているようだった。


「当ててやろうか、オリガ」


 ニフシェが続ける。大瑠璃宮殿ラズール・ドヴァリエーツのときとは打って変わって、ニフシェの態度はぞんざいなように、クニカには感じられた。


「『どうしてお前が生きていて、ペルジェが死んだんだ』だろう?」

「あたしは別に……」

「ペルジェは死んだかもしれない。ボクは生きているかもしれない」


 オリガの言葉をよそに、ニフシェは語り続ける。


「けれど、それにどんな違いがあるって言うんだ? なぁ、ミーシャ?」

「キャー!」


 ミーシャが黄色い声を上げる。雨の中、ミーシャの声は異様に甲高く響いた。


「アアリ!」


 間髪いれずに、ニフシェが叫んだ。ニフシェはその場で叫んだだけで、身をよじることも、振り向くこともしなかった。目が見えないのだから、それは当然だった。にもかかわらず、ニフシェがどこに向かって叫んだのか、みな分かった。


 みなの視線が、一点に集まる。雨の向こうから、アアリが現れた。アアリは、双子の姉・ジイクを背負っていた。


 アアリの側に、オリガが近づく。手を貸そうとしているようだったが、そんなオリガに、アアリは一瞥もくれなかった。結局はオリガも、アアリに道を譲るしかなかった。


 あずまやの中にジイクを横たえると、アアリはきびすを返す。そのままアアリは、服の裾が汚れるのも構わず、泥水の中で、ニフシェに膝をついた。


「ニフシェ、赦して。ジイクの分まで、私を」


 アアリのそばを通り過ぎると、ニフシェはあずまやに入り、ジイクの横に腰かける。


「ニフシェ?」

「後悔するよ」

「え?」

「ジイク」


 アアリに答える代わりに、横たわっているジイクの肩を、ニフシェは数回、強く叩いた。


「起きるんだ、ジイク。キミは眠っているだけだ」


 肩を強く叩かれ、ジイクの頭が揺れる。次の瞬間、ジイクは咳き込みはじめ、口から闇の塊を吐き出した。闇の塊は地面に落下し、煙のようになって消え去る。


「ジイク!」


 身を起こそうとしたジイクの身体を、アアリが駆け寄って抱きしめた。アアリの勢いが激しすぎ、ジイクは重心を喪って、アアリと一緒に地面に転がった。


「アアリ……ここは……?」

「後で分かるよ」


 すすり泣くアアリに代わって、ニフシェが答える。椅子に腰かけ、静かに煙草を吸うニフシェの様子は、ジイクが生きているのを見切った態度と相まって、ただならぬ迫力を、周囲にいる者たちに与えた。


「シノンに手を貸してやれ、ミーシャ」


 口から煙を吐きながら、ニフシェはミーシャに指示を出す。傘を折り畳むと、ミーシャはあっという間に、雨の中へと消え去っていた。


「待とう。もうじきみんな来るから」


 リンと同じことを、ニフシェも言う。あえて異を唱える者はいなかった。

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