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ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第6章:神の子は都(みな)沓(くつ)を履く(Каждый ребенок Божий носит обувь.)
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141_君は僕の目(Ты - мои глаза.)

 巡洋艦から抜け出すと、カイとミーシャは、泳いで海岸を目指す。海の表層は重油に覆われていたが、降り出した雨のお陰で、わずかなすき間があった。そのすき間を縫うようにして、カイとミーシャは、海から顔をのぞかせる。やがて二人は、シャンタイアクティの浜辺へと降り立った。


 海岸はめちゃくちゃになっていた。戦闘機の尾翼や、プロペラの残骸が、砂にまみれ、煙を噴いている。テトラポットの近くでは、溶けのこった氷が、海藻とともに油にまみれ、転がっていた。


 身体を汚さないように注意しながら、カイとミーシャは、浜辺を歩く。やがて二人は、目的地までたどり着く。プヴァエティカが倒れている場所だった。


「私は大丈夫です」


 二人が近づいてきたことに気付くと、プヴァエティカはそう言った。しかし、立ち上がることはおろか、起き上がることさえ、いまのプヴァエティカには難しいようだった。プヴァエティカは肩で息をしており、顔は青ざめ、ひどく疲れているようだった。


「それよりも、ニフシェのところへ」

「キャー。」


 ミーシャが黄色い声を上げる。それからミーシャは、


「にぎってくださーい。」


 と、カイに手を差し出した。


 カイはその手をじっと見つめるだけで、取ろうとしない。


 ミーシャは首を傾げてみせた。


 やはりカイは、ミーシャの手を取らなかった。


「手を貸してください、カイ」


 ミーシャをよそに、プヴァエティカは、カイに声を掛ける。プヴァエティカの腕を取ると、カイは彼女の身体を起す。


 カイが、プヴァエティカを立ち上がらせたときにはもう、ミーシャはその場にいなかった。星誕殿(サライ)にいるニフシェのところまで、ミーシャは向かったようだった。


「ミーシャの手を取りませんでしたね?」


 堤防まで、カイはプヴァエティカを運んでいく。一つ目の段差を乗り越えたとき、プヴァエティカが、カイに尋ねた。


「ン!」

「わざと残ったでしょう? あのままニフシェのところへ向かったら、あなたは捧げ物にされていた」

「ウーン。」

「殺すつもりですよ、あの子は、ニフシェのことを」

「ウーン……」


 神妙な顔つきのまま、カイはしばらくうなっていたが、それからおもむろに、


「ワカンネ!」


 と答えた。とびきりの笑顔だった。


「フフフ……」


 プヴァエティカは笑った。



   ◇◇◇



「来たな」


 ニフシェは言った。星誕殿(サライ)の正門を背後にし、ニフシェはずぶ濡れだった。


 足音のする方向に、ニフシェは顔を向ける。視力を喪っているために、そうすることに意味はなかったが、目が見えていた頃の名残(なごり)だった。


「ミーシャ!」


 ニフシェは叫ぶ。茂みをかき分け、足音が近づいてきた。


 目は見えなくとも、周囲の生命や、静物が放つ霊気(アウラ)から、ニフシェはそれらの本質を直観することができていた。足音はミーシャのもので、かき分けられた茂みは、ゼラニウムが生えていたところだ。ゼラニウムの花の赤さを、赤さの質感を、ニフシェはまざまざと思い浮かべることができる。


「キャー。」


 声とともに、衣擦れの音がニフシェの耳に入る。ミーシャは、手を差し伸べようとしていた。


「にぎってくださーい。」

「ボクを殺そうとしたろう、ミーシャ?」


 ニフシェは言う。


「『強い魔力を備える者は、身体に疾患を来す』。失明を原因にして、ボクは魔術性疾患の因果を逆転させた。逆魔法さ。ボクは“巨人(ギガント)”だ。ペルガーリアも、ニフリートも、もうボクには勝てない。キミもだ、ミーシャ。だからボクを殺すのを諦めた。どうした? 何か言ってみろ」


 ニフシェに言い寄られても、ミーシャはただ、


「キャー。」


 と、黄色い声を上げるだけだった。


「『死ぬのを待つ』? ハッ!」


 ニフシェは鼻を鳴らす。差し出された手を、ニフシェは握り締めた。


「まあいい、ミーシャよ。ボクが星誕殿(サライ)を去るその日まで、キミはボクの目だ」


 二人は連れ立って、“救世主”のところまで歩いていく。

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