140_歴史の終わり(Конец истории)
――我は其を、すなわち小さき思念を、世に置いたるなり。【『大いなるセツ第二の教え』、第16節】
がれきのすき間から身を起こすと、シュムは外に目を向ける。
一瞬の出来事だった。じゃまになった肉の一部を、チャイハネが切り捨てた矢先、シュムの耳元を、光と轟音が突き抜けていった。目で見る光でなければ、耳に聞こえる音でもない。心が直接感知したかのような、光と音だった。
「左右大腿部に外傷多数、特に右足部に深裂傷あり――」
隣から、チャイハネの声が聞こえる。あれほどの光と音でさえも、チャイハネの興味の対象にはならなかったようだった。
「血はきれいにかたまってる。安心しな、フラン。キミは死んだりしない」
切り裂いたカーテンを包帯の代わりにして、チャイハネは、フランチェスカの足をきつく縛る。フランチェスカは身を横たえ、相変わらず目を閉じたままだったが、血色は良くなっていた。
シュムは再び、外に目を向ける。砲撃は聞こえない。市街は静寂に包まれている。たった今突き抜けていった轟音に、すべての音がさらわれてしまったかのようだった。
「終わったね」
チャイハネの言葉に、シュムはドキリとする。ちょうど今、同じ言葉を言おうとして、しかしシュムはためらっていた。それが見せかけで、もし終わっていなかったとしたら、もう自分は耐えられないだろうと、そう思ったからだ。
どう答えて良いのかわからず、シュムはチャイハネを見つめる。がれきに腰を下ろし、足を思い切り伸ばした姿勢で、チャイハネは煙草に火をつけていた。
「終わったんだよ」
突然、扉の付近で、大きな音がした。オリガが立っている。汗と煤にまみれた額を拭いながら、オリガは遠くを見つめていた。瞳孔は開き、唇はふるえ、顔は青くなっていた。
「オリガ?」
ただならぬオリガの気配に、シュムは声を掛ける。オリガは振り向かなかった。
そのまま、オリガは建物から飛び出した。シュムは追いかけようとしたが、そのとき、視界に雨粒が映り込んだ。
呪いは解けた。もはや雨は黒くない。頭では分かっているつもりでも、身体は行動をためらう。ほんの少しの足踏みの間に、オリガはもう、手の届かない遠くにいて、やがて見えなくなった。
雨が本降りになってくる。炎が、硝煙が、煤が、洗い流されていく。
「追いかける?」
チャイハネが尋ねてきた。どうしていいか分からず、シュムは首を振る。
「それでいいよ」
煙草の煙を吐き出しながら、チャイハネが答える。
「ですが――」
そう言いかけた矢先、シュムの耳に、うめき声が聞こえてきた。目を閉じたまま、眉をひそめ、フランチェスカが咳き込んでいる。フランチェスカの口元に、血の泡がこぼれた。
「フラン――」
煙草の吸殻を投げ捨てると、フランチェスカの側に、チャイハネはしゃがみ込む。シュムも駆け寄った。
傾きかけた建物を、雷鳴がきしませた。雨が降り続いていた。