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ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第6章:神の子は都(みな)沓(くつ)を履く(Каждый ребенок Божий носит обувь.)
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139_私たちの勝利(Наша победа)

「勝った」


 エリカは目を開ける。言葉に意味はなく、単なる音の羅列にしか、エリカには聞こえなかった。


 ニフリートの霊気(アウラ)は消えた。ペルガーリアも同じだった。エリッサのも、ルフィナのも、アニカのも。残りの先輩たちの霊気(アウラ)でさえ、溶けのこった蝋燭の上で、かすかに揺らめく炎のようにか細い。


 消えた霊気(アウラ)が、何を意味するのか。


 消えかけている霊気(アウラ)が、何を意味するのか。


「勝った」


 それが分からないから、エリカは言葉を繰り返す。みずからに言い聞かせる言葉だった。言い聞かせているうちに、「勝った」という言葉に、「勝った」という意味が、再び吹き込まれるだろう。そうすれば、きっと心のうちに、確信を芽生えさせてくれる。


 しかし、本当は分かっていた。霊気(アウラ)が消えた意味を、エリカは分かっていた。分かっていながら、エリカは同時に、分からないふりをしようとしていた。自分たちがいるのはシドッチで、シャンタイアクティでも、星誕殿(サライ)でもないからだ。見てみなければ、自分の目で確かめなければ、本当のことは分からない。だから大丈夫。心配は要らない。何も起こらなかった。帝国軍は退却し、先輩たちはみな、涼しい顔をして、自分たちを迎え入れてくれる。今ごろお茶でも飲んでいる。


 破壊はなかった、裏切りはなかった、死はなかった。


 隣ですすり泣く声を聞き、エリカは現実に連れ戻される。口元を手で覆い、キーラが泣いていた。


 遠ざけようとしていた感情が、大波のようになって、エリカの心に押し寄せる。目頭が熱くなり、気付いたときには、頬を涙が伝っていた。


 祠のあちこちから、すすり泣く声が聞こえてくる。自分と同じように、みな現実から逃れようとして、しかし直感から逃れられなかった。昨日自分たちを送り出してくれた先輩たちも、市街も、もはや元の姿ではない。


 破壊があり、裏切りがあり、死があった。それで果たして、何に勝ったと言うのだろう? エリカには分からなかった。


「勝った」


 そのとき、祠の深奥から声がした。指に結わえていた糸が揺れる。イリヤが立ち上がっていた。


「イリヤ……?」


 エリカは声を掛ける。ほかの準騎士たちに背を向けたまま、イリヤは微動だにしていなかった。


「イリヤ?」

「勝ったよ、私たちは」


 イリヤの声は、この場に不釣り合いなほど明るく聞こえた。相変わらず、イリヤは背を向けたままだった。


 黒い予感が、稲妻のようになって、エリカの脳裏をほとばしった。ペルガーリアも、ルフィナも、イリヤの姉に当たる。二人の姉を、イリヤは同時に喪った。その喪失感に、イリヤは押しつぶされそうになっているのではないか――。


「こっち見て!」


 エリカは叫んだ。イリヤに振り向いてほしかった。もしここで振り向いてくれなければ、イリヤはそのまま、どこか遠くへ、エリカたちの知らないところへ、忽然と去っていってしまいそうだった。


「イリヤ! こっち!」

「私たちは、打ち勝つことができた」


 エリカの声は、イリヤの耳には届いていないようだった。ただならぬイリヤの気配に、祠は静まり返る。


「ひとりでは成し遂げられなかったことも、みんながいたから成し遂げられた。ひとりでは勝てなくても、みんながいたから――」


 イリヤが、みなを振り返る。血の涙は枯れ、頬にこびりついている。


「私たちの勝利――!」


 イリヤは叫ぶ。叫びの鋭さを前に、祠に集まっていた準騎士たちは、全員がひるんだ。準騎士たちは、誰も勝ったと思っていない。イリヤも思っていない。それでもイリヤは、「勝った」と言い切っている。


 イリヤの手首の筋には、静脈がくっきりと浮かんでいる。エリカの喉が自然と鳴った。安易に呼びかけようものなら、イリヤのぎりぎりの感情を前にして、たちどころに切り裂かれてしまうだろう。そんな予感を前にして、エリカを含めた他の準騎士たちは、誰も何も言うことができなかった。


 イリヤが歩き出す。足取りはしっかりしている。どこへ行こうというのか、それを見届けようとした瞬間、イリヤがつまずいた。イリヤの全身が、地面に叩きつけられる。


「イリヤ?!」


 サーシャが叫んだ。近くにいた準騎士たちが、イリヤを助け起こそうとする。


「イリヤ、どうしたの?!」

「しっかり――」


 イリヤの胸もとに手を当ててから、リーリャはその手を引っ込める。


「息をしてない」


 リーリャの表情が、さっと青くなった。


「心臓が止まってる……」


 祠の中が、たちまち騒然としはじめる。イリヤが死のうとしている――。


「死んじゃダメだよ」


 いつの間にか、エリカは呟いていた。みなの視線が自分に集まったのを、エリカは感じ取る。


「これ以上、誰も死なせちゃダメだよ。でなけりゃ、でなけりゃ私たち、何のために祈ってたっていうの?」

「そうだよ、エリカの言うとおりだよ!」


 キーラが呼応する。祠の準騎士たちが、みなうなずき合った。


「イリヤを助けるんだ――」

「そうだ、そうだ――」

「死んじゃダメだよ、イリヤ――」


 口々にそう言い合いながら、準騎士たちがイリヤを取り囲む。今度は、準騎士たちがイリヤを助ける番だった。

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