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ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第6章:神の子は都(みな)沓(くつ)を履く(Каждый ребенок Божий носит обувь.)
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135_蠅の王(Повелитель мух)

 背後からの光が止んだことに気付き、クニカは振り向く。星誕殿(サライ)を覆っていたはずの鉛色の結界が、輪郭を喪失しはじめていた。リンは、リテーリアに勝ったのだ。


「やった……!」


 声を上げた刹那、クニカの周囲が点滅する。塀や柱にたなびいていたはずの影が、一点に集中する。


 その一点めがけ、アアリが跳躍する。振りかぶられたアアリの長剣は、影の集中する一点を前にして、高い音を立てる。影から姿を現した何者かの剣と、アアリの剣とが交錯する。相手の剣さばきの方が、アアリよりも機敏だった。アアリの剣は弾かれ、議事堂の屋上から落下する。丸腰になったアアリの影を踏むと、相手はアアリの影を引きずる。アアリの身体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。


「アアリ!」


 クニカは叫ぶ。土煙にまみれ、アアリは地面に横たわったままだった。


 そんなアアリを、ニフリートが見下ろしている。


「ニフリート……!」


 クニカの背筋が凍る。ここにニフリートがやって来たとして、ペルガーリアはどうしたのか。


「ペルジェをどうしたの?」

「ペルジェの魔法をコピーしたな?」


 クニカの輪郭から光が漏れていることに、ニフリートは気付いたらしい。


「ニフリート……答えて!」

「キミは、彼女の魔法をコピーした」


 機械的に言葉を繰り返すと、ニフリートは右腕を掲げる。その手のひらに、光がかき集められていく。“天雷”の奥義(ウパニシャッド)を、ニフリートは放とうとしている。クニカも覚悟を決めた。


 ニフリートが振りかぶったのと、クニカが両腕を突き出したのは、ほぼ同時だった。“天雷”はクニカの輪郭を伝い、屋上に四散する。


 ただ、“天雷”をこらえるのに必死で、次に何が起こるかまで、クニカは考えられなかった。クニカの脇は緩んでおり、両腕は前に突き出したまま、胴はがら空きになっている。光のまぶしさが止んだときにはもう、ニフリートはクニカの真横にいて、長剣を水平に振り切っていた。


「あっ――」


 クニカは声を上げる。間に合わない! 腹部に刀身が食い込んだと、クニカは錯覚する。しかし、代わりに響いたのは、剣どうしが触れ合う音だけだった。


「ペルジェ……!」


 クニカの目の前には、ペルガーリアが立っていた。すんでのところで、ニフリートに追いついたようだった。


星誕殿(サライ)に向かえ、クニカ」


 ニフリートと、長剣を互いに押し合いながら、ペルガーリアが言う。


「リンと、エリーがいる。“楽園函数”を復活させろ」

「わ、分かった!」


 “竜”の魔法の焦点を、クニカは切り替える。ペルガーリアの魔法をコピーすることから、空を自在に飛ぶことに、クニカの“祈り”が方向転換する。


「――させないぞ!」


 議事堂の屋上を蹴って、クニカが中空に躍り出したのと、ニフリートの声が背後から聞こえたのは、ほぼ同じだった。ニフリートの声の大きさに、クニカは振り返る。ニフリートは右腕に、闇を集めていた。


「こっちのセリフだ」


 ニフリートに負けじと、ペルガーリアが言い放つ。その身体が白く光り、光は七色に分かれ、ニフリートの周囲を、放射状に取り巻きはじめる。


 星誕殿(サライ)まで飛行を試みるクニカの背後で、闇と光が衝突する。闇は黒い煙となって、クニカの周囲で渦を巻く。光はその都度、七色に分かれたり、白い光に収束したりしながら、闇の黒い煙を切り裂いていく。


 ペルガーリアとニフリートの攻防を前にして、景色は点滅する。すべての魔力を解き放っているというのに、クニカは、自分がまったく星誕殿(サライ)に近づけていないような気がした。点滅の激しさのあまり、みずからの行動の一瞬一瞬は切り取られており、膨大な諸瞬間をいかに積み重ねても、時間には到達し得ないような、そんな感覚をクニカは味わう。


 闇の渦を、白い光が貫く。銅鑼の割れるような音とともに、闇が弾ける。闇は、幾筋もの青白い、鉛色の光に変わると、白い光と同じようになって、クニカの周囲を飛び交い始める。光と闇との対決は、光と、もう一方の光との対決に変わる。光と光は、互いに打ち消し合う。


 ペルガーリアの気配も、ニフリートの気配も、完全に消え去った。


「ペルジェ……?」


 クニカは尋ねるも、声は虚空へと吸い込まれていった。風の音と、遠くではぜる火の音だけが、クニカの耳に触れる。


 川を越え、水道橋の合間を抜け、星誕殿(サライ)へと続く大通りに、クニカは到達する。大通りの、白い石畳の中央に、二人の人影が見えた。リンとエリッサだった。


「リン――!」


 クニカの叫びに、リンが手を振る。エリッサが、リンよりも前に出る。


 二人とも無事だった。それを理解した瞬間、クニカの全身から力が抜ける。地面に着地したクニカは、慣性でそのまま大通りを走り、エリッサの胸元に飛び込んだ。


「クニカ!」


 エリッサが言った。エリッサの衣服には血がこびりついていたが、完全に乾ききっていた。


「無事だったんですね!」

「良かった……」


 エリッサの手に触れ、クニカは彼女のぬくもりを感じ取る。


「楽園函数を――」


 クニカは言いかける。エリッサの視線が、クニカから、クニカの背後に移る。振り返ろうとした矢先、クニカはエリッサに突き飛ばされる。クニカは尻餅をつく。


 周辺の影が、一点にたなびく。その点は、つい先ほどまで、クニカが立っていたところ――そこには今、エリッサが立っている――だった。


 クニカの周囲が暗くなる。直立するエリッサのことを、クニカは目で追う。


 一筋の闇が、エリッサの頭部に触れた。エリッサの頭が、縦に歪んで、割れた。真っ赤な中身が、周囲に飛び散った。エリッサの腕や脚が痙攣した。骨の砕ける音が、遅ればせながら、クニカの耳にも響いた。


 頭部を喪ったエリッサの身体が、大通りに横たわる。首から噴き出した血が、白い石畳を濡らしていく。


「エリー?」


 三つの思考が、クニカの中で乱反射していた。ひとつは、すぐ逃げなければ、自分も間もなく、エリッサのようになってしまうという怖れ。もうひとつは、はやくエリッサと協力して、“楽園函数”を復活させなければという焦り。あとひとつは、目の前で何が起きたのか、当事者であるエリッサに確認してみよう、という――ぞっとするほど奇妙で、あり得ないほど逃れがたい、理性だった。


「エリー、大丈夫?」


 思わず声を掛けてから、クニカは、自分の言葉のむなしさに気付いた。エリッサは動かない。なぜなら、頭部を完全に喪ってしまったからだ。


 エリッサは死んだ。直観が、クニカの心に降り注ぎ、ほかの思考を黒く塗りつぶしていく。


 クニカはだらしなく、エリッサの死体のそばに座り込む。クニカの穿くハーフパンツが、エリッサの血に濡れる。


「どうした、笑えよ?」


 誰かが、クニカに声を掛ける。


 ニフリートだった。

――(しか)して我らの眼上に()()が降り注ぎたるなり。【『アダムの黙示録』、第8節】

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