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ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第6章:神の子は都(みな)沓(くつ)を履く(Каждый ребенок Божий носит обувь.)
133/165

133_愛が大きすぎて(Потому что Любовь слишком велика)

「チャイ……?」


 正面に立つ人物の名を、シュムは呼ぶ。後ろで無造作に束ねられた、色素の薄い金髪、古ぼけた眼鏡に、ベージュのトレーナー。目の前の人物の、ありとあらゆる特徴が、彼女がチャイハネであることを告げ知らせていた。それらを知覚しつつも、シュムはなお、チャイハネがいることが信じられなかった。


「どうして?」

「大変だったんだよ? 気付かれないように、キミたちの後を追うのは」


 シュムの方まで近づきながらも、チャイハネの視線は、がれき間に横たわるフランチェスカに注がれていた。


「フランが――」

「待った。分かってるけど」


 シュムの言葉を遮ると、チャイハネは、シュムの正面にしゃがみ込む。膝立ちになっていたシュムの手を、チャイハネはうやうやしく取った。


「今だけは、順序がある」

「いったい――」

「キミを愛しに来た」


 シュムの手の甲にキスをすると、チャイハネは頭を下げ、みずからの額を、シュムの手に当てがう。言葉にも、行動にも、チャイハネは迷いがなかった。家族の苦い記憶も、置き去りにされた悲しみも、海の潮が退くようにして、シュムの心から消え去っていく。あとにはただ、愛されているのだという、小さな実感だけが残った。


「お勉強を教えてあげたろう、シュム? だからさ、代わりにね、生き方を教えてほしい」

「ばか……」


 シュムは顔をそむける。泣き顔を見られるのは嫌だった。


「チャイは、ばかです……!」

「あっ!」


 そのとき、建物の入り口から声がした。シュムはとっさに、チャイハネの後ろに隠れる。オリガがそこにいた。


「どうしてここに……?!」


 オリガの視線は、チャイハネに注がれている。


「先に謝っとくよ、オリガ」

「水くさいな、無事で良かった――」

「そういうことじゃないんだ。悪いけどあたしは、星誕殿(サライ)には入れない」


 何かを言う代わりに、オリガはつま先立つと、チャイハネの後ろを見やる。シュムは、オリガと目が合った。


「ハハハ……」


 オリガは笑うが、目は笑っていなかった。チャイハネもシュムも、何も言わなかった。


 真顔に戻ると、オリガはため息をつく。部屋の奥、崩れた窓枠の側に寄り掛かり、オリガは腕を組む。


「破滅するかもしれない。分かってるよな?」

「分かっていても、愛を止めることはできない」


 チャイハネは言った。


「――マ、どんな愛も大きすぎて、人が引き受けるには足りないんだけど」

「ハッ! それいいな」


 オリガが吐き捨てる。


「明日使えるように、日記(ディニヴニーク)に書いとくよ。で、フランは?」

「あたしが助ける」

「できんのか?」

「誰かを助けたいと思うから、あたしは医者を目指してんだ」

「ハーン?」


 オリガは何かを読み取ったようだった。


「お前、ニフシェを殺してないな?」


 チャイハネは答えなかった。


 そんなチャイハネに()(ろん)な視線を送りながら、“(ソーム)”の能力で壁を透過すると、オリガは外へ出る。サリシュ=キントゥス帝国の地上軍に応戦し、フランチェスカを救護するための時間を稼ぐつもりなのだろう。


「いいんですか、チャイ?」

「結果オーライだよ」


 そう言うと、チャイハネはしゃがみ込む。


「聞こえるかい、フラン?」


 フランの肩を、チャイハネはたたく。たたき方は無造作で、しかし迷いがなかった。不安と安堵の感情が、シュムの中でないまぜになる。


「フラン! 会うんだろ、エリーに?」


 そのとき、フランチェスカがうめいた。声は寝息のような小ささだったが、シュムは確かにそれを聞いた。


「大丈夫、すぐに良くなる」


 一語一語をはっきりと区切りながら、チャイハネはフランチェスカに話しかける。その間にも、チャイハネは全体重を膝に預け、フランチェスカの脚の止血に取り掛かっていた。

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