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ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第6章:神の子は都(みな)沓(くつ)を履く(Каждый ребенок Божий носит обувь.)
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131_迷いよりも速く(Быстрее, чем колебания)

――()はアダマスの破壊のために彼らの創造したる燃焼と容器(うつわ)なりて、彼らの彼らに属する者らに着せんとするために生み出したるものなり。【『大いなるセツ第二の教え』、第12節】

 ただならぬ気配を感じ、シノンは後方を振り向く。熱された空気を四枚の翼に抱きながら、レイラが後ろを滑空していた。レイラの視線は、自身の足下、燃えさかるシャンタイアクティの街並みに向けられていたが、その実、レイラが何も見ていないこと、見ようとしていないことを、シノンは感じ取っていた。


〈だれも助からない〉

〈迷うんじゃない〉


 念話を()()り、シノンはレイラに呼びかける。煩悩(プラネー)に憑かれてはならない。そのことは、レイラも知っているだろう。ただ、知っていることと分かっていることとは別だ。知識を持っていてなお、早鐘のように高鳴っている自分の心臓の鼓動から逃れられるほどには、レイラは習熟できていない。


 レイラを襲う感覚が、共感覚(テレパシー)となって、シノンにも伝わってくる。シノンは口の中には、血と鉄の味が広がり、鼻孔は火と灰の臭いを嗅いだ。まばたきをするたびに、“神の鉄槌”を浴び、青い炎に包まれて海へと墜落していくアニカの姿が、火花のように散った。


「レイラ!」


 念話を諦め、シノンは声を張り上げる。レイラの意識を“現在”に引き戻す目的だったが、レイラの精神がみずからを“記憶”に引きずり込む方が、やや早かった。


 記憶は想像と結びつき、感情を喚起する。――“蓮華の間”でのやりとりを、レイラは思い出しているようだった。今ごろタマラは、アニカのためにパズルを解いている。タマラはまじめだから、一生懸命解いているだろう。解けたとして、パズルを渡す相手はもういない。もう二度と会うことはできない。それを知ったとき、タマラは? タマラはきっと泣くだろう。


 レイラの全身から、魔力が解き放たれる。まだ準騎士の地位にあるとはいえ、レイラは“巨人”だった。その魔力の大波を前にして、さすがのシノンもひるむ。 その一瞬の隙に、レイラはシノンの脇を飛び去り、ひとり前線に躍り出ていた。


「レイラ、戻れ――」


 亜音速で飛び立ったレイラの後ろから、シノンは叫ぶ。しかし、レイラは止まらなかった。


 サリシュ=キントゥス帝国の戦闘機は、すでに大半が地上に落下するか、白鯨に体当たりするかで、喪われていた。残されたわずかな機体は、互いに寄り集まりながら、市街の南部へ飛び込もうとしている。


 そんな機体の一群に、レイラは肉薄する。手を伸ばせば届きそうなほどの距離で、レイラは翼をうねらせる。生み出された衝撃波を前にして、戦闘機の群れは絹のように裂け、空中で弾ける。


 それを最後まで見届けることなく、レイラは次の標的を探す。自分の命が尽きるか、相手が滅びるのが先か。レイラにはどちらでも良かった。迷いから逃れるためには、迷いよりも速く飛ばなければならない。考えれば考えるほど、レイラは喉の渇きを覚えた。


 編隊飛行を続けていた別の群れが、軌道を変える。レイラめがけて、ミサイルが発射される。翼を振り上げると、レイラは大気を打った。生み出された真空に向かって、空気がなだれ込む。空気は奔流となり、砲撃のようになって、ミサイルを弾き、戦闘機を叩きつける。戦闘機の機首は折れ曲がり、ねずみ花火のように回転しながら、海へと落ちていく。


 なおもレイラは獲物を探す。そのときだった。市街の北東部から、光が放たれる。


「あっ!」


 レイラは叫ぶ。“神の鉄槌”であると、レイラは思った。しかし、輝き方が違った。稲妻の白さではなく、炎の白さだった。鉄の蒸気が、雲のようになって、空へと舞いあがっているかのようだった。それらを直覚したときには、レイラの目と鼻の先に、炎の渦が迫っていた。


 身体は炎に舐められ、灰になって散るだろう。汗が吹き出し、四肢は反射的に逃れようとするが、炎の威容を前にして、レイラは釘付けになっていた。


 うるさいくらいだった心臓の鼓動も、どこかへ飛び出して行ってしまいたいという衝動も、レイラの中で完全に静止する。直感はレイラに、みずからの正体を告げ知らせる。それは“死の驚き”だった――。


 レイラの視界が、白に包まれる。それが翼の白さであると気づくのに、レイラは時間がかかった。止まっていた情動が、再び動き始める。レイラの前に、状況がつまびらかになる。


 地上から放たれた火球と、レイラとの間に、シノンがいた。火球の前に、シノンの白い翼がかざされている。


 火球は勢いを失い、レイラの目の前で潰える。シノンの翼は赤く光り、煙が上がり、黒ずんで、焼けただれ、大穴が開く。穴の周囲は水ぶくれになり、白い翼は、焼け残った紙のような、無残な姿になる。


 自分は生きている、自分は助けられた、“隊長”は翼を喪いかけている――。


「あ……そんな……」


 先ほどまで抱いていた感情が、自分の中でひしゃげていくのを、レイラは感じ取った。取り返しのつかないことをしてしまったという後悔が、レイラに押し寄せる。気が遠くなりかけ、レイラの脚は震える。


 火球が放たれた方角を、シノンはじっと見つめていた。


「そんな……ひどいケガ……」

「言っただろう? 『戻れ』って――」


 シノンが言った。その声は、いつになく低かった。


「次からは、ちゃんと戻るんだぞ。いいな?」

「――レイラ!」


 背後からの声と同時に、レイラの身体は、強く揺さぶられる。後ろから、マルタに抱き留められたのだと気づいたときには、レイラは泣いていた。


「センパイ……私……わたし……」

「マルタ、レイラを頼む」

「シノン……!」


 マルタの呼びかけにもかかわらず、シノンはずっと、街の一角を見つめていた。シノンが何を考え、何を予期しているか――火球から伝わってきた霊気(アウラ)を舐め、マルタもその正体を突き止める。


「死に急ぐなよ……!」


 そう言いながら、マルタは自分の声が震えるのを、止められなかった。


「死に急ぐんじゃない」

「当たり前だ――」


 そう言うと、燃え盛る街の、ある一点をめがけ、シノンは急降下を開始する。シノンが目指すところには、何があるのか。直感しつつも、その直感を前にして、マルタもまた迷いかけていた。


 目指すところには、ルフィナがいる。

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