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ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第6章:神の子は都(みな)沓(くつ)を履く(Каждый ребенок Божий носит обувь.)
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129_贖罪(Искупление)

 砲撃が止んだ。シュムのいる建物は、かろうじて持ちこたえていた。


「フラン……!」


 フランチェスカの耳元で、シュムは呼びかける。フランチェスカは目を固く閉じ、微動だにしない。顔は紙のように白く、唇は紫色に変わっている。血が流れ続けていた。


 血を止めないと――シュムは、そう自分に言い聞かせる。ナイフを取り出すと、焼け残っていたカーテンを切り裂き、フランチェスカの脚の傷口に、シュムはそれを当てがう。


 カーテンは血を吸って、たちどころに黒く染まった。止血の際に、チャイハネはどうしていたか。それを思い出そうと、シュムは懸命になる。チャイハネはもっと強く、出血部位を圧迫していた。フランチェスカの真横に膝立ちになると、シュムは患部に体重をかける。カーテンからは染み出した血が、シュムの手を濡らした。


 乾いた布が足りない。カーテンをもっと切らなければならない。――自分の膝を(おもり)の代わりにし、空いた手で、シュムはカーテンをさらに切ろうとする。血まみれになった自分の手が、視界の中心に映りこむ。


「あ……」


 呼びさまされた過去の記憶が、シュムの脳裏に殺到する。“黒い雨(ドーシチ)”が降る直前、シュムは自分の家で、父を殺そうとした。父の頭を直撃した酒瓶は、粉々になって、リノリウムの床に散乱した。痙攣し、手足を震わせながら、父も床に倒れた。チャイハネがやってきたのは、そのときだった。何やってんだ――そんなことを言いながら、チャイハネは手際よく止血を試み、救急車を呼ぶために、一階へと降りていった。


 しかしシュムは、父に蘇生してほしくなかった。気付いたときには、シュムは裸のまま、父に馬乗りになり、その首を締め上げていた。父の口から噴き出した血の泡で、シュムの手はびちゃびちゃになった。死ね、死ねと、いつしかシュムは呟いていた。


 結局チャイハネがやって来て、シュムは引き離された。あのあとどうなったのか、シュムには分からない。


 指先から、腕から、肩から力が抜けていくのを、シュムは感じ取る。これまでの自分の行いは、何かを壊し、誰かを死なせようとすることばかりだった。何かを生み出し、誰かを生かそうとすることは、過去に一度もやってこなかったのではないか。現にこうして、フランチェスカは死にかけていて、自分は何もできない。


「チャイ……!」


 シュムは泣いていた。


 記憶の続きが、脳裏によみがえってくる。父から引き離されてすぐ、シュムはチャイハネから平手打ちを受けた。あのときの自分も、確か泣いていた。痛いからでも、怖いからでもなかった。平手打ちから伝わってくるわずかなチャイハネの体温――これこそが、本当に自分を救ってくれるものなのだと、感じることができたからだった。


 そんなチャイハネは、もう側にはいない。


「そんなんじゃダメだ」


 そのとき、後ろから声がした。シュムの知る声だった。


 シュムは後ろを振り向く。


 チャイハネがそこにいた。

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