129_贖罪(Искупление)
砲撃が止んだ。シュムのいる建物は、かろうじて持ちこたえていた。
「フラン……!」
フランチェスカの耳元で、シュムは呼びかける。フランチェスカは目を固く閉じ、微動だにしない。顔は紙のように白く、唇は紫色に変わっている。血が流れ続けていた。
血を止めないと――シュムは、そう自分に言い聞かせる。ナイフを取り出すと、焼け残っていたカーテンを切り裂き、フランチェスカの脚の傷口に、シュムはそれを当てがう。
カーテンは血を吸って、たちどころに黒く染まった。止血の際に、チャイハネはどうしていたか。それを思い出そうと、シュムは懸命になる。チャイハネはもっと強く、出血部位を圧迫していた。フランチェスカの真横に膝立ちになると、シュムは患部に体重をかける。カーテンからは染み出した血が、シュムの手を濡らした。
乾いた布が足りない。カーテンをもっと切らなければならない。――自分の膝を錘の代わりにし、空いた手で、シュムはカーテンをさらに切ろうとする。血まみれになった自分の手が、視界の中心に映りこむ。
「あ……」
呼びさまされた過去の記憶が、シュムの脳裏に殺到する。“黒い雨”が降る直前、シュムは自分の家で、父を殺そうとした。父の頭を直撃した酒瓶は、粉々になって、リノリウムの床に散乱した。痙攣し、手足を震わせながら、父も床に倒れた。チャイハネがやってきたのは、そのときだった。何やってんだ――そんなことを言いながら、チャイハネは手際よく止血を試み、救急車を呼ぶために、一階へと降りていった。
しかしシュムは、父に蘇生してほしくなかった。気付いたときには、シュムは裸のまま、父に馬乗りになり、その首を締め上げていた。父の口から噴き出した血の泡で、シュムの手はびちゃびちゃになった。死ね、死ねと、いつしかシュムは呟いていた。
結局チャイハネがやって来て、シュムは引き離された。あのあとどうなったのか、シュムには分からない。
指先から、腕から、肩から力が抜けていくのを、シュムは感じ取る。これまでの自分の行いは、何かを壊し、誰かを死なせようとすることばかりだった。何かを生み出し、誰かを生かそうとすることは、過去に一度もやってこなかったのではないか。現にこうして、フランチェスカは死にかけていて、自分は何もできない。
「チャイ……!」
シュムは泣いていた。
記憶の続きが、脳裏によみがえってくる。父から引き離されてすぐ、シュムはチャイハネから平手打ちを受けた。あのときの自分も、確か泣いていた。痛いからでも、怖いからでもなかった。平手打ちから伝わってくるわずかなチャイハネの体温――これこそが、本当に自分を救ってくれるものなのだと、感じることができたからだった。
そんなチャイハネは、もう側にはいない。
「そんなんじゃダメだ」
そのとき、後ろから声がした。シュムの知る声だった。
シュムは後ろを振り向く。
チャイハネがそこにいた。