表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第6章:神の子は都(みな)沓(くつ)を履く(Каждый ребенок Божий носит обувь.)
127/165

127_悪人(Блудный сын)

「ウオーッ!」


 艦橋(艦の司令室のこと)の小窓から外を眺め、カイが声を上げる。


 白鯨――プヴァエティカが氷上にあらわれ、艦隊の関心がそちらへ向いた。その隙に、ミーシャとカイは、標的としていた巡洋艦に飛び乗った。


 魔力で操った海流を、二人は艦内に殺到させる。搭乗員たちは海水にもみくちゃにされ、ほとんどが外へと押し流されてしまった。わずかに残った搭乗員たちも、大量の海水を呑み、気を喪っている。


「キャーッ!」


 気絶している兵士のひとりに、ミーシャは近づく。兵士の胸元にぶら下がる()章から、ミーシャはその人物が、戦艦の操縦者であると知る。


 徽章に触れ、自分の額と相手の額を合わせると“空白(プラバイェル)”のテレパシーをミーシャは送る。自然は空白を埋め尽くさずにはいられない。記憶もまた(しか)り。テレパシーは兵士の記憶を吸着し、発信者であるミーシャの脳内に、それらを流入させる。ほんのわずかな時間で、巡洋艦の操縦方法をミーシャはマスターする。


「みゅーん……」


 (なん)語を口にしながら、配置されているレバーのひとつを、ミーシャは傾ける。艦尾から、低くうなる音が聞こえ、艦橋が小刻みに震える。


「キャー!」


 レバーの隣に配置されているボタンを、ミーシャは押す。振動とともに、艦尾に備えられていた砲台から、一発の砲弾が発射される。


「ウオーッ!」


 ミーシャの声と、砲声に呼応して、カイが再び声を上げる。


「ニンゲンを捕る漁師!」

「キャー!」


 ミーシャの黄色い声。


 巡洋艦の砲撃は、星誕殿(サライ)にまっすぐ飛び、その断崖の一部を、きれいに撃ち砕いた。



   ◇◇◇



「やってくれた……!」


 土煙を吸わないように、口元を袖で隠しながら――ニフシェは言った。


――あたしはさ、誰かを生かすために医者になろうと思ったんだ。


 昨日のチャイハネとの会話を、ニフシェは思い出す。オリガから、自分の処刑を任されていたはずのチャイハネは、とうとうニフシェを殺さなかった。


――どこへ行く?

――自分の本心に嘘はつけない。そのときが来たらさ、ここを脱出するんだ。それで、クニカに合流してほしい。

――ずいぶんと簡単に言ってくれるな。

――何とかするよ。


 軽口を叩くニフシェに対し、チャイハネは笑うだけだった。


――工夫してみる。


 そして今、砲撃が舞い込み、ニフシェを閉じ込めていた鉄格子が、木っ端微塵になった。まるで、ニフシェがどこにいて、どの辺りを狙えば、ニフシェを傷つけることなく、鉄格子だけを粉砕できるのか、全て分かっているかのような狙い方だった。


 硝煙の合間から、ニフシェはミーシャの霊気(アウラ)を嗅ぐ。地下牢を抜け出てすぐ、チャイハネはミーシャに事情を伝えたのだろう。作戦遂行の傍らで、ニフシェを助けるための機会を、ミーシャは見計らっていたのだ。


 土煙の中から立ち上がると、現状とその解決策を、ニフシェは頭の中に並べてみる。状況が最悪なことに変わりはない。ニフシェは魔法を封印されており、おまけに丸腰である。星誕殿(サライ)はリテーリアに掌握され、エリッサは(たお)されてしまった。何より、ニフシェは失明している。立ち上がったは良いものの、つまずかずに歩くことさえ、今のニフシェにはままならない。


 活路があるとすれば、「自分が生きていることを、リテーリアが知らないだろう」ということだった。使徒騎士ほどの実力者になれば、魔法使いが持つかすかな霊気(アウラ)にも敏感になる。しかし、ニフシェの魔力は封印されているので、リテーリアは却って、ニフシェのことを感知していない可能性が高い。


 となれば、ニフシェが採り得る可能性はひとつだけ――みずからの封印を解除し、すかさずリテーリアと対峙する――だった。


 壁伝いに、ニフシェは歩を進めようとする。そのとき、海から吹き寄せる風の音とともに、何者がこちらへ近づいてくることに、ニフシェは気付いた。


「誰だ」


 相手からの返事はない。なおも尋ねようとした矢先、ニフシェの鼻孔を、血のにおいがくすぐった。風の音にまぎれ、相手の浅い息が聞こえてくる――。


「エリッサ……?」

「ニフシェさん……」


 相手はエリッサだった。地面に膝をつく音が、ニフシェの近くで聞こえてくる。


「良かった……」

「どうしてここが?」


 音のする方向に歩み寄ると、ニフシェはしゃがみ、エリッサに手を伸ばす。ニフシェの指が、エリッサの肩に触れた。


 エリッサの腹部にまで、ニフシェは指をそっと下ろす。ニフシェの指先が、冷たくて固いものに触れ、そこからの霊気(アウラ)が、ニフシェにリテーリアの存在を告げ知らせた。リテーリアの長剣だった。


「砲撃がして……目が覚めて……」


 エリッサの全身は、血糊で湿っていた。


「もしかしたら……ニフシェさんが……生きてるかもって……」

「喋らないで、エリー。傷にさわる」


 上着を脱ぎ捨て、ニフシェは上半身をはだける。


「じっとして」

「ニフシェさん……?」


 エリッサの前で、寝そべるような体勢になると、ニフシェはみずからの背中に、エリッサの身体に刺さったままの、長剣の尖端を這わせようとする。


「やだ……」


 ニフシェの意図を察したらしく、エリッサが泣きべそをかく。


「死んじゃう……」

「キミに言われちゃおしまいだ……!」


 長剣の先端を、ニフシェは自分の背中にあてがう。ニフシェの背中の肉が切り取られ、背中全体が、湯がかかられたよう温かくなる。それが湯でないのは、激痛と、血なまぐささが証明している。


 痛みとは別に、耳を覆っていた見えない膜が、完全に取り払われたかのようになる。魔法陣は肉ごと切り取られ、ニフシェは魔力を完全に取り戻す。


「エリー、ありがとう……!」


 自分の皮膚の一部を地面に投げ捨てると、ニフシェは上着を着て、立ち上がる。目は見えなかったが、魔力を取り戻した以上、怖れるものは何もなかった。麒麟(ジラファ)の魔法使いは、音を操ることができる。ニフシェはみずからの才能のために、音の逆、超音波をも操ることができる。足音や、相手の息づかい、風のうねりから、建物の構造を看取することなど、ニフシェには造作もないことだった。


「じっとしていて、エリー」


 そう声をかけると、エリッサの身体に刺さる長剣に、ニフシェは手を掛ける。


「い、いや……!」


 エリッサが声を上ずらせる。今の状態で、長剣を引き抜かれたらどうなるか。エリッサにもそれが分かるようだった。


 しかしニフシェはお構いなしに、エリッサから長剣を抜き放つ。と同時に、ニフシェはエリッサの傷口に向かって、みずからの手を開いた。


「あ……?!」


 エリッサは息を呑む声が、ニフシェの耳にも聞こえてくる。その声で、ニフシェは自分の企みが成功したことを理解した。


 ニフシェが放ったのは、”救済の光”。――今の世代では、”竜”の魔法属性である、クニカだけが使えるはずの奥義(ウパニシャッド)だった。


「完全に失われていなければ、治せるみたいだ」


 光が収まったのを感じ取ると、ニフシェはエリッサの腹部に触れる。傷口は跡形もなくなり、血も乾ききっている。


「だから、自分の目はもうダメ。そもそも自分自身は、救済の対象にはなり得ない。そんな感じか」

「ど、どうして……?」


 エリッサが声を震わせる。エリッサの声は、相変わらずか細い。しかし、声の芯から死の恐怖が取り除かれたことを、ニフシェは聞き取った


 なぜ、ニフシェはいきなり”救済の光”を使うことができたのか?


「説明する時間が惜しい」


 みずからの背中に、ニフシェは手をあてがう。”救済の光”を自分自身に使うことはできなくとも、一般的な沈痛・止血のための療術魔法は、使うことができる。


「隠れていて、エリッサ。けりをつけてくる」


 あっけにとられた様子のエリッサの視線を背後に感じながら、ニフシェは階段を駆け上がり、星誕殿(サライ)に復帰する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ